第66話 一蹴

「な~んか、一体突出してるわね……」


 侵攻している温羅の予測侵攻上へとやって来た凪達は、眼下で侵攻している温羅に目をやる。すると、中型の中に一体、他の中型とは明らかに侵攻速度が違うものがいた。


「あの一体だけ、他の中型よりも早いですね。どうしますか?」

「ん~……、ちょうどいいわね。当初の予定通り、私と和沙、それ以外の四人で別れて迎撃しましょうか。四人であの突出している中型を叩いて頂戴。私達は二人で残りの中型を抑えるわ」

「二人で、ですか?」

「ま、足止めするだけなら問題無いでしょ。それでも、長く見積もって十分くらいがリミットだけど。それよりも、そっちは新人二人を上手く扱う事だけを考えなさいな」

「承知しました。こちらは出来るだけ早めに対処します。それまでなんとか耐えてください」

「まっかせなさい!」


 元気よく返事をする凪の後ろでは、こちらもいつも通りの日向と、特に危機感も抱いてなさそうな表情の和沙が二人のやり取りを眺めているが、その隣では不安そうな葵と、緊張したような顔の鈴音が温羅を見下ろしている。


「それでは私達は先に……二人共、大丈夫ですか?」

「少し不安ですが、頑張ります」

「うぅ……帰りたい……。帰ってゴロゴロしながらゲームしたい……」

「その気持ちは分からないでもありませんが、でしたらさっさと済ませるのが一番です。大丈夫ですよ、私と日向が付いていますから」

「はぁい……」


 やる気が無い、訳ではなさそうだが、葵のそのダウナー気質を見ると、どうしても勘違いをしてしまいがちになる。


「後ろの中型が追いつくのも時間の問題よ。迅速且つ、正確に、ね」

「はい」


 七瀬が三人を連れて、突出している中型とその周りの小型を叩くべく、先に出る。残った凪と和沙は、まだ後の方でゆっくりと侵攻している残りの中型へと視線を向けていた。


「さって、時間を稼ぐわよ」

「どのくらい?」

「さっきも言ったけど、十分くらいかしらね。それだけあれば、あの子達の方も終わるでしょ」

「十分……それは流石に長すぎる。せいぜい三分が限度だ」

「三分? 和佐ともあろう人が三分しか持たないって言うの?」

「あぁ、三分だ。あの程度なら、三分あれば片が付く」

「そっちね……」

「なんだ、何体か残しておいて欲しいのか?」

「新人二人の経験の事を考えると、中型との戦闘は結構重要な経験値になるからそれも吝かじゃないけど……、ここはさっさと終わらせるのが吉ね」

「じゃあ、さっさと終わらせるか」


 言うや否や、和佐が確認の為に上っていた高台から飛び降りる。着地点は、進行中の温羅達の目と鼻の先。まるで飢えた狼の前に餌を置くかのような無謀な行動に、凪が呆れ果てた目で見ている。


「あいつ、馬鹿なんじゃないの!?」


 一瞬、凪もその後に続こうと足を踏み出すも、いかんせん場所が悪い。和沙のような不意打ちならまだしも、凪の場合は着地を取られる可能性がある。


「あぁもう!!」


 あの馬鹿と同じ事は出来ない。技術や度胸の問題ではなく、状況がそれを許してくれない。不承不承といった様子で、和佐とは別の方角から下に降りる凪の事など知ったことか、とでも言うように、戦闘音が響き渡る。


「やっぱり和沙残したの失敗かも!!」


 今更公開しても後の祭りである。

 一方、先に飛び降りた和沙はと言うと……。


「ん? 問答無用でかかってくると思ったんだが……」


 温羅の目の前で誘うように仁王立ちをしている和沙を見て、本人が言うように温羅はいきなり襲い掛かるような事はしなかった。むしろ、和佐の動向を窺うかのように、ジッと視線? を向けている。


「来ないなら来ないで、こちらが先手を取るだけだからいいんだが、な!!」


 踏み込む、と思いきや、その場で大きく振りかぶった和沙は、次の瞬間、全力で長刀が投擲される。勢いの乗った長刀は、そのまま一番前にいた温羅に突き刺さる……と思いきや、温羅の体に命中したが止まらず、そのまま貫通する。しかし、体のど真ん中に風穴が空いたにも関わらず倒れないのは、おそらく炉心を破壊出来ていないからだろう。だが、少なくとも動きを封じる事には成功している。そして、和沙からしてみれば、その温羅はただの的でしかない。


「まずは一体……おっと」


 何かを察知したのか、和佐がその場から大きく飛び退く。すると、和佐のいた場所が大きく抉られる。


「重力の圧縮かなんかかね? まぁ、何度かやれば掠るくらいはするかもしれないが……、二発も三発も撃たせるわけがないだろ!」


 後方の敵、明らかに今何かやりました、とでも言うように自身の体の全面を大きく開いた温羅目掛けて突進……したと思ったその時には、既に和沙は蒼い光と共に、自身の間合いにまで踏み込んでいた。そして、閉じようとしているその部分目掛けて腕を突き出す。先程投擲したので、その手は無手だ。しかし、和佐にはもう一つ大きな武器があった。

 刹那、蒼い光が該当の温羅を走り抜ける。断末魔を上げる間も無く崩れ行く温羅を足場にし、大きく跳躍すると、次の目標目掛けて突っ込んでいく。向かってくる和沙を迎撃しようとし、攻撃態勢を取るが、何故か和沙はそのままその温羅の横を抜けて行ってしまう。


「そ……こぉ!!」


 すり抜けたかと思いきや、すぐさまその温羅の後ろに回り込み、背後から思いっきり……蹴り飛ばした。

 その小さな体からは想像も出来ないほどの威力で蹴飛ばされた温羅は、その対角線上にいた別の温羅目掛けて吹き飛ぶ。そして、不幸にもその温羅もまた攻撃態勢を取っており、今にも攻撃を放とうとしていたところに、味方の温羅が突っ込んでくる。咄嗟に避ける機動力等あるはずもなく、なすすべなく衝突してしまう。

 完全に崩れ切った体勢を整えようとしているのか、もがいている姿を見せるが、その動きが完了する前に、背後から長刀が突き立てられる。


「そら、仲良く逝きな!」


 柄の部分に足を乗せた和沙がそう言いながら、自身の体から蒼雷を迸らせる。派手な演出などは一切無い。ただ一度、一瞬だけ重なり合った二体の温羅の体に光が走ったかと思うと、次の瞬間にはその体が霧散していった。

 戦闘、などと表現するのは甘い。これはもはや一方的な蹂躙。和沙にしても、ただ抵抗しようともがいている相手を、一体一体踏み潰してく作業でしかない。


「さて……、残るは一体。この程度じゃあ、十分なんぞ到底持たんわな」


 ゆらり、と長刀を担ぎ上げ、残る一体の目の前に立ちはだかる。流石の温羅でも、恐怖くらいは感じているのか、その足は完全に侵攻を止め、むしろ後退すらしているくらいだ。

 その様子を面白がっている、と思いきや、その目はあくまで無感情だ。ただただ、目の前の温羅を無機質に見つめている。


「ちょっと和沙! あんた……ね……」


 ようやく降りて来た凪が、怒った様子で和沙に近づいて来るが、そこで中型一体しか姿が見えない事に気づく。辺りを見回せば、戦いの跡くらいは確認出来るが、肝心の姿形はどこにも無い。


「ちょっとあんた……、もしかして全部倒しちゃったの?」

「十分どころか、三分も持たなかったな。全く、随分と優しくなったもんだ」


 和佐はこう言っているが、凪の作戦ではあくまで足止めが目的。それだけしかしない、のではなく、出来ないという意味だ。少なくとも、凪一人では中型温羅四体を一度に相手するなど不可能に近い。

 それを、凪が上から降りてくるまでの間に済ませているのだ。彼女が愕然とするのも仕方の無い話だろう。


「で、どうする? 上手いこと一体だけ残ったが、あいつだけでも向こうの四人にぶつけてみるか?」

「なんちゅう物騒な事考えるのよ……。向こうは向こうでまだ決着が着いてないわ。そいつはこっちで始末するのが一番よ」

「へぇ、そう」


 相槌を打った後、和佐は少し考えているような仕草をする。何を考えているのか。正直、あまりいい予感はしない。


「なら、後は任せようか」

「え? ちょ、どういう事よ!?」

「四体だったから、足止めしか無理だと判断した。なら、一体ならどうだ? むしろ先輩一人でも十分だろ?」

「あんた、その為に一体だけ残したってわけ!?」

「いぃや。たまたまだ」

「絶対嘘よ!!」


 嘘ではないだろうが、それでもすぐに全滅しないように一体ずつ狙っていた事を考えると、あながち間違いでもない。


「何事も経験、経験。ほら、奴さんも、俺が相手じゃない事察してやる気になってるぞ」


 凪の背後へと回った和佐が、彼女の背中をトン、と押す。柔らかなタッチとは裏腹に、かなり力が込められていたのか、そのままつんのめる形で、温羅の前に押し出された。


「■■■■■■」


 和佐の言った通り、向こうもやる気のようだ。その体が、ゆっくりと戦闘形態へと変わっていく。


「あぁもう! こうなったら何でもやったるわ! さぁ、どこからでもかかってきな……さい……」


 威勢良く啖呵を切ったと思いきや、言葉がどんどん尻すぼみになっていく。その視線は温羅に固定されており、気のせいか、その目には徐々に涙が溜まっていく。


 彼女が泣きそうになっているのは単純明快だ。


「でっかいムカデ……、いや、丸まってたし、ヤスデか?」


 そう、虫である。正確には虫型の温羅、なのだが、当の本人には温羅であろうがなかろうが関係無い。その形をしているだけでアウトなのだから。


「……」


 凪が無言で、涙目になりながら和佐にゆっくりと振り返る。


「……そんな目で見られてもなぁ。ほら、さっさと構えろ。来るぞ」


 どうやら、何があっても和佐は助けないようだ。助力が無いと知った凪の表情は絶望そのものだったが、何とか自分を振るい立たせて温羅と対峙している。以前戦った蜘蛛型の時から、随分と成長したものだ。


「あぁもう! こうなったら自棄よ! おらぁ、かかってこぉい!!」


 涙目で温羅に啖呵を切るその姿に同情を禁じ得ない。しかしながら、凪の背後にいる和佐からは、援護をする気配が伝わってこない。完全に観戦モードに入っている。


「チクショーーーーーー!!」


 涙声で、哀愁が漂う叫び声が、辺り一面に響き渡っていた。

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