第65話 新学期なのに……
「……」
今回は余計な来賓がいない為、多少早めに終わるでろうと予想されていた始業式だが、その場にいる者の期待を裏切るかのようにして、延々と学長がしゃべり続けていた。
始業式が行われているホールの中は、非常に熱が篭もりやすく、そのせいもあってか、先程から七瀬の隣で和佐がふらついている。周りを見回すと、同じような様子の生徒がチラホラ見える。彼らが倒れる前に、あの学長をどうにかすべきではないのか、とはここにいる者全員の総意だろう。
「……大丈夫ですか?」
「……無理かも」
周りに聞こえるか否かと言った小声で和佐に問いかけるも、返ってきたのは今にも消えそうなか細い声で一言だけ。
その様子を見て、流石にそろそろマズイのではないか、と七瀬が思い始めた頃、未だにノンビリした口調で話し続ける学長の話を遮るかのようにして、巨大なサイレンが響き渡る。
音は建物の外からだが、式が行われているホール全体が振動する程の大音量で鳴らされている。その振動のおかげか、まばらに見えていた、今にも倒れそうな生徒達が我に返っている。
サイレンを耳にし、所々で話し声が上がるが、取り乱した様子を見せる者はいない。強いて言うなら、スピーチを中断させられた学長が、不機嫌そうにしていた事くらいだろうか。
「和佐君」
「……今だけは、音羅に感謝しても仕切れない」
「何を訳の分からない事を言ってるの」
終業式の時と同じく、後方で待機していた菫が巫女関係者に声を掛けて回っていた。二人の元へも同様の理由で訪れたわけだが、和沙の言葉に不謹慎な言葉に呆れている。いや、強く咎めないのは、菫自身も多少なりともそう思っているからだろう。
「先生」
「出動要請よ。二人共、準備して」
頷き、出口へと向かう七瀬に付いていく和沙。その後ろ姿を、少しばかり心配そうな目で見つめる菫だったが、一先ずは様子見といったところだろうか。彼女もまた、同じように七瀬を追うようにしてホールから出て行く。残った生徒達は、和沙達が戦闘に入り次第、この場所から避難する手筈となっている。その辺りは巫女隊の仕事とは関係無く、菫も関与しない。
……関与しないのだが、菫はどうにもこの空気が好きになれなかった。
慌てず騒がず、は感心すべき事柄だが、自分達の街に侵攻されているにも関わらず、彼らの反応はどこか他人事だ。それはここだけではなく、街中でも同じような反応が見られる。
巫女隊を信頼しているのか、それとも自分には関係無い事だと割り切っているのか。どちらにしろ、悪い事ではない、が、それは同時に彼女達に理解が無い、という事でもある。どこか遠い話のように認識している、一般に人間にとっては、仕方が無いとは言えるが、身近な事とは思えないにしろ、理解はしてほしいものだろう。巫女隊の役目は、常に死と隣合わせの危険なものであると。そして、それはいつ自分に降りかかってもおかしくないという事を。
「今すぐには無理かしらねぇ……」
その意識を根付かせるにはどれほどかかるのか。頭の痛くなる悩みだろう。少なくとも、今すぐに出来るような事ではない。
認識の乖離は、時として軋轢を生むこともある。今菫に出来る事は、そんな事が起こらないように祈る事だけだった……。
「現在の状況を簡単に説明するわね」
警備隊の拠点にて、菫が巫女隊の一同を見回した後に、自身の手元にあるう端末へと目を向ける。
「数は中型が五、小型が十二……、これを規模が小さいと思ってしまうのは、大型ばかり目にしてきたせいかしら……。ともかく、今回はこんな感じよ。まだ海から上がったばかりで、廃墟群にも達していないけど、小型が多い事から侵攻はそれなりに早いはずよ。出来るだけ早めに対応する事。それと、二人にとっては初戦闘だから、あまり無茶はしない事」
「分かってる……とは言いたいけど、流石に数が多いわねぇ……。また隊を分ける事になるかもね」
「先輩、それは……」
「分かってるわよ。だからこそ、今回はあまり離れないようにするわ。それと、分かれるとは言っても、私と和沙だけ。他の四人は、現地に着き次第指示するから、そのつもりで。あと、観測担当には、私達の様子を常にモニタリングしておくように言っておいて」
「分かったわ」
「……承知しました」
どことなく、七瀬の表情から、納得がいっていないようにも感じられるが、今回は流石に前回と同じ轍を踏む気がないであろう凪を前にし、不承不承ではあるが納得せざるを得ない。
作戦が決まった……方針が決まったところで、凪達は警備隊の拠点から隔離区域へと向かう。
「和沙君」
……向かおうとしていたのだが、菫が一番最後に出ていこうとする和沙を呼び止める。
「あの子達の事、お願いね」
「どういう意味でだ?」
「そのままの意味よ。何かあったら、その時は貴方があの子達を助けてあげて」
「元よりそのつもりだ。が、俺が手を出す必要があるほど、あいつらも弱くはないだろ」
「……そうね。そうだといいわね」
意味深な事を呟く菫に背を向け、踵を返す和沙。拠点となっている駐屯所から出た和沙を待っていたのは、先に行ったはずのメンバー達の怪訝な視線だった。
「何話してたのよ」
「気にすんな。大した事じゃない」
「話してた事は否定しないのね……。まぁ、いいわ。さっさと行くわよ」
凪の頭の中では、菫と和沙でどのような会話が繰り広げられていたのだろうか。少し気になった和沙であった。
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