三十一話 準備の裏では……

「首尾はどうでしょう?」

『まぁまぁ、といった感じですね。押せる時は押して、下がるべき時は下がる。それを徹底させているからか、向こうもだいぶ痺れを切らしているようです』


 本部長室、そのデスクの上で、織枝が宙に浮かんだホログラム式のモニターの向こうにいる人物と何かを話している。

 おそらくは、画面の向こうの人物から報告を受けているのだろうが、その内容がそれなりに芳しいものだと聞くも、織枝の表情は優れない。当然の話だ。画面の向こうにいる人物――紅葉には他の巫女隊メンバーとは異なり、独自の任務を与えている。その任務内容は、薄氷の上を歩くかのような極めて危険性の高いものであり、一歩間違えれば大惨事になりかねないものだからだ。


『ですが、やはり広範囲に渡って襲撃を行うと、あまり大きな戦力は出てこないように感じられます。温存をしているのかと』

「一定以上の戦力には限りがある、という事ですね。でなければ、今頃この街は大量の大型によって制圧されているはずですから」

『もしくは維持にはかなりの力が必要か……。どちらにしろ、こちらとしては向こうの戦力の最大値が分かったような気がします』

「それは僥倖ですね」


 紅葉に課された任務、それは彼女の従巫女と、現在例の装置の設置に割り当てられていない守護隊メンバーを率い、壁の向こうのいたるところで襲撃を行う事だ。当然、今回の任務は和沙達の設置をスムーズにするため、陽動の意味もあるが、それ以上に敵がどれだけの戦力が保持しているのか、それを確認する事が主な目的となっている。

 普通なら、こういう事は和沙が適任だと思われがちだが、いかんせん彼の脳内には敵を見たら片っ端から殲滅する事しかない。それでは、敵の戦力を調べるという当初の目的を果たせない可能性があった。それを避ける為にも、和沙は装置の設置に行ってもらい、代わりに紅葉を調査に任務に割り当てた、という事だ。その成果は上々で、報告によれば装置の設置も問題無くクリアし、尚且つ敵の戦力がそこまで大きいものではない事が分かった。それどころか、いくつかの地区から完全に温羅が撤退した、という話まで上がってきている。

 流石に出来すぎだと思い始めるも、流れに沿うのも重要だと考えたのか、最悪の状況は考えてはいるものの、それに関して紅葉に伝えるような事はしていない。


「装置の設置に関しても、上がってきた報告から現時点で全ての作業が完了しているとの事です。あとは、本作戦がどれだけ上手くいくか、ですね」

『そのあたりは問題無いかと。先日以上の戦力が出てくれば問題ですが、あれが最大戦力と考えれば手古摺る事はあれど、負ける事は無いでしょう。鴻川があの女性に勝てば、の話ですが』

「そうですね……」


 目下の問題はそこだ。紅葉の目から見ても、神流の実力は異常と言える。そんな相手に、和沙が今度も負けたとしても生きて、もしくは引き分ける事が出来るのか。それが一番の懸念点と言えよう。

 いや、それに加え、もう一つ気になる事がある。それは智里が見せた奥の手の存在だ。彼女が何かしようとしていたのは確かだが、結局それを目にする事は無かった。それを幸ととるか、不幸ととるかは人によりけりだが、少なくとも敵の手の内を知る事は叶わなかった。いざという時、その手を使われれば対応どころか反応すら出来ない可能性も出てくる。

 場合によっては、誰かが犠牲になる事も考えなければならないかもしれない。


『一先ず、こちらで得た情報を報告書に纏めて後程提出します。他の連中はどうでしょう?』

「全員こちらに帰還予定です。どうやら、装置の中に一部規格が異なるものがあったようですが、特に問題無く設置は完了したらしいですが、それに関しては起動しない事も頭に入れておいた方がいいかもしれませんね」


 織枝の懸念点に対し、紅葉は短く了解、とだけ答えると通信が切れる。椅子に深く座り込むと、彼女の口から深い溜息が漏れる。


「……随分と無茶をさせたから、しばらく休みをあげないと」


 織枝が調査を頼んだ少女達はいわゆるエリートと呼ばれる部類ではあれど、その体は人間だ。どこかの誰かさんのように、即死でなければ即座に治癒したり、奇想天外な力で空中を飛び回る事など出来るはずが無い。

 にも関わらず、彼女達にはかなり無謀で無茶な事をしてもらった。幸いな事に、怪我人は少数で済み、犠牲者は出ていないとの事。


「この分は和沙様に補ってもらいましょうか……」


 本人が聞けば渋い表情を浮かべた後、嫌そうな反応を隠しもせず、だが結局文句を言いながら織枝の頼み事を聞く和沙の姿が思い浮かべられる。

 だが、それも一線を越えなければの話だ。いくら身内であろうと、自身の遠い子孫であろうと、自らを害すると判断された場合、どんな相手であろうと排除は免れない。織枝の立場ならば、彼自身を社会的にどうこうするのは容易だ。だが、相手は二百年前に温羅の大軍勢と渡り合ったミカナギ様だ。社会的に抹殺出来たとて、物理的には織枝の方が遥かに弱い。

 そう考えると、温羅の対処よりも厄介であり、やはり敵に回すのは最も避けたい人間でもある。


「……偶にはお休みも必要ですね」


 時には羽を伸ばさせてやるのも飴の一つだ。……休みとなれば、布団から一切出てこない様子が思い浮かばれるが、それもそれで一つの過ごし方だろう。

 和沙のそんな姿を思い浮かべながら、口元に小さく笑みを作り、任務を終えた彼女達をどう迎えてやろう、などと考える織枝であった。




「あ~、疲れたぁ~……」


 二手に分かれた巫女隊の内、比較的局から近い方を担当していた四人は、既に任務を終えて本部局へと戻っていた。しかし、もう一方が帰ってきていない、との事なので彼女達は巫女専用の部屋で思い思いに過ごしている。紫音などは普段そこまで激しく動く事が無いせいか、かなり体に疲労が溜まっているようで、机の上に突っ伏して先ほどから疲れたの一言しか喋っていない。


「そうかい? なら、ボクがその疲れを癒して……」

「ノーサンキュー」

「おや、つれないね。そちらの二人はどうだい? ボクの触れればたちまち昇天にまでもっていく超絶テクを体験してみる気は無いかな?」

「……」

「……近づかないでもらえますか」

「いやぁ、予想はしてたけど、なかなかに手厳しい」


 瑠璃からは無視をされ、千鳥からは絶対零度の視線を受ける。そんな二人の反応を前にしても、明はそのジゴロな態度を崩さない。まぁ、この空間の中では、持ち前の美形などは一切通用しない。一笑に付されるか、もしくは瑠璃のようにガン無視を決められるかだ。

 だが、めげもせず更に追い打ちのようにちょっかいを出そうとした彼女の行動を防ぐかのように、背後にある扉が音を立てて開く。扉の向こうには、今しがた帰ってきたのであろう睦月、鈴音、和沙の三人が立っていた。


「おかえり~……」


 未だテーブルに突っ伏しながら、顔だけをそちらに向けて出迎える紫音。彼女の姿を見て、少し睦月の表情が険しくなったが、彼女も自分も疲れているのは同じ、という事に気づいたのか、紫音の姿勢にどうこう言う事は無かった。


「よく帰ったね、マドモアゼル。さぁ、ボクの腕の中に飛び込んでじっくりと疲れを癒し……、ちょ、突かないで!!」


 大きく腕を広げて三人を出迎えた明だが、そんな彼女の腹部辺りを和沙が鞘に入った長刀で突いている。流石に抜き身でやるほど非常識ではなかったか、しかし、どこかつまらなそうにしている。


「抜いてないだけマシだろ?」

「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……」


 二人を横目に、鈴音が部屋の中心へと向かう。即ち、テーブルに突っ伏している紫音の下へ。


「そちらはどうでした?」

「どうもこうも、設置自体は問題無く終わったわ。それよか、厄介なのはこのメンツよ。何? 上の人間はアタシに恨みでもあるわけ!?」

「あぁ……」


 見回してみると、彼女と共に例の作戦に従事した面子が目に入る。瑠璃はマイペース、千鳥は基本的に瑠璃と離れる事はほとんどないし、多少マシとはいえ、作戦中でもお構いなしに守護隊の隊員を口説こうとする明。……考えるまでもなく酷い面子だ。紫音の苦労が伺われる。


「どうかな、睦月君。この後ちょっとお茶にでも行かない?」

「行きません。私なんか誘わなくても、あれだけファンがいるんだから、連絡すれば一人くらい来るでしょ?」

「来ないとは言わないさ。それでも、今日のボクは君と一緒がいいんだ……」

「疲れてるんだから、これ以上変な事に付き合わせないでくれる?」


 見てると、守護隊や同じメンバーにすら温厚な睦月があれだけ邪険にするのも珍しい。対して明は、少し苦笑いを浮かべた程度で、そこまで反省した様子は無い。気を取り直して次へ、などと小声で言ってたりもする。


「お断りです」


 が、話しかける前に視線を向けただけで鈴音には一蹴された。特に不機嫌だからという訳ではない。むしろ、彼女の顔は笑みで埋め尽くされている。逆にそれが怖いとも言えるのだが。

 鈴音には一瞬で断られた事もあり、少し手持ち無沙汰にしていた明だが、最後の希望とばかりに和沙へと近寄る。先ほど鞘に入っているとはいえ、刀で突かれたにも関わらず、よくそんな風に近づけるな、とは口には出さない。

 とはいえ、見た目だけなら少しボーイッシュめな少女、もしくは女性と言える姿をしている和沙だ。明にとっては守備範囲内だったようで、非常に気安く話しかける。


「ね、和沙君、この後暇かな? ボクもちょっと暇をしてるんだけど、よかったら付き合ってくれない?」


 だが、明はこの和沙という少年の性格を理解していなかった。


「あぁ、いいぜ」

「!! ホントかい!? 素晴らしい! この出会いに感謝を……」

「ちょうど不完全燃焼だったところだ。そこまで暇ならちょいと付き合え」

「……え?」


 明がポカンとした表情になったのもつかの間、和沙が彼女の首根っこをふん捕まえ、そのまま外へ連れて行こうとする。


「どこに行くんですか、兄さん?」

「ん? なぁに、ちょいとした運動さ。ちょいとした、な」


 ニヤリ、と笑みを浮かべる和沙を見て、これは必要以上に触れるのは止めておこうと、鈴音はこれ以上追及はしなかった。

 おそらく、明は今日まともな姿では帰ってこないだろう。下手をすれば、立ち上がる事すら困難になるかもしれない。いや、彼女もなんだかんだと言いながらそれなりに鍛えているはずだ。そう簡単に倒れるような事は無いだろう。

 そう、自分に言い聞かせる事で、引きずられていく明に哀れみの視線を送る鈴音。


「え? え?」


 当の明は、自分がこれからどうなるか一切分からないのだろう。何度も首を振って説明を求めるも、それに答える者はいなかった。

 余談ではあるが、明が扉の向こうに消えた数秒後に、瑠璃と彼女を追う千鳥もまた、部屋から出ていった。

 残された三人は頭痛を抑えるかのような仕草をしていたという。

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