三十五話 作戦決行
結局、朝一番遅くに起きた和沙を叩き起こし、織枝を連れて局までやってきた和沙と鈴音、そして今にも倒れそうな和沙を支えるように睦月が立っていた。
そう、立っている。三人は今現在、少し広めのホールのような場所で作戦前のブリーフィングに立ち会っていた。参加者は主に局の重鎮や、出資者、自衛軍の士官、そして守護隊の隊長格と、巫女隊メンバーだ。和沙は正確には巫女隊では無いが、オブザーバーとしてこの席に招かれている。当然、巫女隊とその関係者以外に和沙の性別は明かされていない。ここでバレれば、智里を確保する前に和沙が研究所行きになりかねない。そんな事をすれば、現在本部で一番の戦力を自ら手放す事になるのだ。それだけは絶対に避けたいところである。
「……では、これより『皇樹討伐作戦』を決行します。各位、それぞれ持ち場に付いて下さい」
織枝のその言葉を発端に、集まっていた人々がホールから出ていく。その表情は全体的にあまり芳しいものではなかった。技術班曰く、装置の機能に関しては問題無いが、自動で装置自身を繋ぐ機能が土壇場まで完成しなかった。それ故、結界を繋ぐのは、完全に手動となる。当然、そうなれば作戦の成功確率は一気に下がる。しかし、今を逃せば次がいつになるかは分からない。温羅の大体の戦力を把握し、尚且つ彼らの支配地域の中に空白地帯も作り出した。活用するには、今すぐにでも行動を起こすしかない。そう織枝が判断したのだ。従わない訳にはいかない。
巫女隊の面々と、未だ微睡の中にいる和沙は、瑞枝の案内で主な持ち場を説明される。
説明などされるまでも無い。彼女達は支配地域のど真ん中、正面から従巫女を伴い、温羅へと大規模な襲撃をかける。そうして迎撃に出てきた主要の戦力を彼女達が食い止めている間に例の装置を起動、結界発生器へと細かい敵を誘導し、それを従巫女以外の守護隊や自衛軍が叩いていく、というもの。
必然的に巫女隊の負担が重くなるが、ここさえ乗り切れば作戦は成功も同然だ。技術班がうまく結界を繋げば、の話だが。
ブリーフィングの際、やはり自分達にどれだけの責任がかかっているのか理解しているのか、技術班の班長は終始思いつめたような表情をしていた。それを何度か織枝が和らげるように声をかけるも、イマイチ効果があるようには見えなかった。
和沙にしてみれば、畑違いの話だ。気にも留める必要は無いが、巫女隊がうまく温羅を引き寄せる事が出来れば、彼らにかかる負担も減るというもの。つまるところ、巫女隊が最も優先すべきは、技術班の事を心配するのではなく、自分の役目をきっちりと果たす事にある。
非常に重々しい足取りでホールから出ていく彼らを横目で見ながら、巫女隊のメンバーもまた、その場を離れていった。
「さて、と」
準備を終えた紅葉が振り返る。彼女の後ろには、従巫女が待機しており、いつでも出られる、といった様子だ。
「我々巫女隊は正面から奇襲をかける。奇襲と言っても、ここまで大規模な動きを見せれば、向こうも気付かないはずがない。その為、守護隊の攻撃は我々の少し後に行う。敵の戦力が出きった頃合いを見て、例の装置を起動、今後はそちらを順に潰していく事になる」
「技術班の準備が終わるのは二時間後、それまで何とか耐え忍んでくれ。こちらでも逐一突っ込んでみるが……、あまり期待はするなよ」
紅葉に続き、瑞枝がそう口にする。一応彼女は監督官という立場上、この場での扱いは指揮官になるのだが、積極的に戦況に介入してくる事は無いだろう。その辺りの判断は現場にいる者に任せる、といった具合だ。現場としては、必要以上の指令は混乱を招く要因となりかねない。その為、彼女のこのスタンスは非常に助かるものではあるが、非常に詳しい指示を受けられない、などのデメリットも存在する。
「隊を二手に分ける。こちらは私が指揮し、櫨谷、灘、樫野だ。そちらは筑紫ヶ丘が指揮し、鴻川、真砂と一緒に行ってくれ。当然、”彼”も連れてな」
チラリ、と紅葉が和沙を一瞥する。二手に分かれるとは言ったが、奇数をどうやって割るのか、という疑問はそれで氷解する。和沙自身もまた、予想が付いていたような顔をしている。が、二手に分かれる以上、大きな問題が一つある。
「そちらに例の二人組が現れた場合、どうします?」
鈴音の疑問、それは今この場における全ての人が抱いたであろう疑問でもある。
「とりあえず……、我々だけで耐えてみるのが第一だが、あの大型もどきなら何とか出来たとしても、もう一人の方はなぁ……」
「具体的な解決策は無い、と?」
「つかず離れずで耐えるだけならどうにかなるとは思っているんだが、いけるか?」
紅葉が振り返る。その視線の先には、彼女の従巫女が付いているが、渋い表情をしていた。
「無理……とは言えませんが、それでも辛い事には変わりはありません。私達も一通り映像を見ましたが、あの動きに付いていけるとはとても……」
「そうだな……、おそらく私達でさえ攻撃を当てる事すら出来ないだろう。だが……」
和沙を自身のところに付いてこさせれば、その分睦月達の戦闘力が大きく下がる。正直なところ、紅葉としてはどちらに来ても耐える事くらいは出来る配分に分けているつもりだった。だが、実際にこうしてみれば、なかなかに穴だらけのようにも思える。
顎に手を当てて考えてこんでいた紅葉だが、唐突に彼女の目の前に何かが差し出される。それは、小さなお守りだった。
「ほれ」
それを手にしているのは、今しがたどう扱うか迷っていた和沙だ。半分押し付けるようにして、持っていたお守りを紅葉に渡すと、睦月の下へと戻っていく。
「……何だこれは?」
「何だとは何だ、罰当たりな奴め。お守りだよ、見りゃ分かんだろ」
「いや、それは分かるんだが……何故?」
「時がくれば分かる。それはウチの神様を奉じた特別なお守りだからな。持ってて損は無いぞ」
怪訝な目で手のひらに乗ったお守りをしばらく見つめていた紅葉だが、言われた通り、大人しくそれを懐にしまおうとする。が……
「私が持ってる」
「また何故?」
「いいじゃん、別に誰が持ってても」
それをいつ間にか隣に来ていた瑠璃にひったくられる。なんとも強引だが、紅葉自身あまりお守りの意味を理解していなかったのか、特に何も言わずに瑠璃がその手に持ったお守りを数秒見つめた後、改めて一同に向き直る。
「解決策は都度考える事にしよう。どちらにしろ、そっちならば問題は無い。もしこちらに出た場合は、上手く誤魔化して見せるさ」
方針が決まる。非常に簡易的ではあるが。とはいえ、実際にその状況になってみなければ分からない、というのは事実だ。それが分かっただけでも儲けもの、と思うべきだろう。
作戦決行の号令は欠けられているが、未だ出動命令は出ない。自衛軍が防衛準備に入っているのだろう。統率された動きとしては、守護隊よりも自衛軍の方が上だが、彼らも彼らでやる事が多い。こうやって時間がかかるのは皆承知の上だ。
各々が待機をしている中、一緒に出動予定の紫音がすすす、と近づいて来て、和沙に耳打ちする。
「ね、ね、あのお守りって何なの?」
「あん?」
寝ぼけまなこを擦っていた和沙は、面倒くさそうな表情を浮かべ、数秒の間考え込む。別段あのお守りの正体を口にしたところで効力が無くなる、といった事は無い。そもそも、あれはお守りの形をしているが、神様の力が宿っている、といった事は無い。
いや、その力の一端、と言えばそうかもしれないが。
「さぁな、鈴音にでも聞いてみたらどうだ」
やはり教えるのが面倒くさくなったらしい。それだけ告げると、和沙はあくびを噛み殺しながらどこぞへと足を向ける。今すぐにでも出動の指示が出るかもしれないのに、随分と呑気なものだ。
だが、どうしても気になったのだろう、紫音は次に鈴音の下へと近寄る。
「鈴音ちゃん、あのお守りの中身、気にならない?」
「不謹慎ですよ。お守りの中身というのはご神体です。中身を暴く、などといった行為は神様への冒涜となり、罰が当たりますよ」
「むむむ……、それもそうか……」
「……ですが、あのお守りの効果、というのは少しばかり心当たりがあります」
「え、ほんと?」
「えぇ、あれはおそらく『目印』、ですよ」
「目印?」
その言葉の意味が分からず首を傾げる紫音。そんな彼女を見て、鈴音が小さく笑っている。
更に詳細な話を聞こうとするが、それは叶わない。何故なら、睦月が全員に出動の声をかけたからだ。
結局、あのお守りの正体が最後まで分からずにもやもやとしていた紫音だが、それは後々分かる事になる。
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