三十六話 決戦の前準備

「私達はここから北の方角、樹を正面に見た状態から左に回り込みます」

「「はい!!」」


 睦月直下の従巫女だけでなく、他からも集めてきた守護隊のメンバー達が応える。それと同時に、睦月が合図を出し、該当のポイントへと侵攻する。

 そう、侵攻だ。

 今彼女達が目指している場所は、依然温羅の支配域の中であり、この直前にも複数の中型が確認されている。それだけであれば、守護隊で対処は可能なものの、問題は大型が出てきた場合だ。

 まず守護隊や従巫女ではまず歯が立たない。その為、睦月達が出る事になるが、それはそれで和沙の戦闘力が相手を上回り過ぎて戦いにならない可能性がある。

 最悪、和沙は最後の最後まで温存する事を考えなければいけないかもしれない。そんな懸念が睦月の心中を駆け巡っていた。

 が、残念ながら、彼女のそんな心配など知った事ではない、といった様子の和沙のとる行動は、実にシンプルなものだ。


「さぁて、ひと暴れしますか」


 かつては環境が戦わざるを得ない状況であったため、仕方なくといった様子で戦っていた和沙だったが、その本質は暴れん坊であり、戦闘狂に他ならない。でなければ、たとえ精神が摩耗してようとも、たった一人であの防衛線を戦い抜く事など出来なかっただろう。ただまぁ、根っからではなく、そうならざるを得なかった、と言えばそうなるが。


「お願いだから、あの二人組と戦う余力くらいは残しておいてね?」

「気が向いたらな!!」


 睦月が頭痛でも堪えるかのように頭を押さえている。とはいえ、ここ最近の和沙のストレスの溜まり方は尋常ではない。織枝からの無理難題をこなし、ようやく休みだと思い、家で羽を伸ばしていると干渉され、挙句の果てには疲れなどほとんど取れていない状態で駆り出される。もう暴れずにはいられない、といった状態なのだろう。

 今か今かと飛び出しそうな彼の様子を見れば、まるで久しぶりに散歩に連れ出してもらえた犬のようだ。

 しかしながら、和沙のいる方に必ずしも強い敵が現れるとは限らない。紅葉達の方に出るかもしれないし、もしかしたら全く関係ない場所に出没する可能性だってある。その場合は、長距離を移動する必要が出る為、和沙にはますます力八分どころか半分すら出して欲しくない睦月であったが、その思いが届く事は無い。


『作戦、開始して下さい』


 そうこう考えているうちに、端末の向こう側から織枝の声が聞こえてくる。昨晩、鴻川家で聞いたものとは声の質が全くと言っていいほど違っている。まるで、前線にいる兵士を鼓舞する歌姫のようなものだ。

 睦月が合図を出すと同時に、彼女の従巫女が前に出る。また、彼女達に伴って従巫女では無い守護役もまた、各々が戦闘態勢を取り、例の作戦を実行する。

 皇樹を討伐する、大規模作戦が始まった。




「にしてもあれだな、この構図を見てたら、まるで守護隊を囮にでもしてるかのようにも見えるな」


 作戦開始早々、一区画の温羅を殲滅し戻ってきた和沙が、つまらなそうに呟いている。彼の眼下では、地上を次々と制圧していく守護隊の姿があった。だが、そこに巫女はいない。何せ、二名は指揮官として、もう一人は最後方からの援護を行う為だ。おそらく、巫女だけの単純な戦闘力で言えば、紅葉が連れて行ったメンバーの方が遥かに高いだろう。そんな二方の戦闘力の差を相殺しているのが和沙とはいえ、こうも露骨に斬り合いが苦手とは言わずとも、本業では無い者を集めるのはどうかと思う。

 とはいえ、今目の前の光景を見れば、その判断でも別段間違ってはいない事を痛感する。何せ、巫女が指揮を執っているとはいえ、本来であれば中型相手にも苦戦する程度の装備しか持たされていない守護隊が、温羅を次々と殲滅しているのだ。直接的な戦闘力が低いのは、必ずしもデメリットでは無い。逆に言えば、斬り合い以外の何かに秀でている可能性がある、という事だ。そして現に今彼女達がそうなっている。

 下が無能でも、上が有能ならばなんとでもなる。いつかどこかで誰かがそう言った。それは真理だ。今こうして眼下に広がる光景がそれを物語っている。だからと言って、守護隊の少女達が無能、というわけでは無い。むしろ、彼女達は数多くの候補から選ばれたエリート達だ。そんな少女達が駒となっているのだから、動かす方としてはこれ以上のやりがいは無いだろう。

 だが、そんな彼女達にも限界はある。

 まるで湧き出るかのように地面から這い出てくる無数の白い触手。それらは守護隊が戦っている小型、中型を巻き込み、一気に自分の下へと引き寄せて貪り食っている。その気持ちの悪さに、一同は嫌悪感を見せながらも、パニックにはなっていない。同時に、冷静な彼女達はこう思っただろう、これは自分達ではどうしようも出来ない、と。


『和沙君!』

「……」


 端末から睦月の声が聞こえてくる。考える必要などない、出てくれ、という事だろう。和沙にしてみれば、普通の大型とは違い、地面から這い出てきた量産型など片手間でどうにか出来るレベルだ。……そのレベルだからこそ、和沙は動かない。


「……こいつは外れか?」


 残念ながら、量産型の頭上に智里はいない。数は次から次へと湧き出てくるも、そのどれにも主となるべく人間は乗っておらず、温羅単体のみだ。

 しかし、紅葉の方から連絡も無い。連絡が出来ない状況に陥っている可能性もあるが、それならそれで瑞枝からの通信があるはずだ。それも無い、という事は現状どちらにも件の少女と女性は出ていないという事になる。


『和沙君!!』


 そろそろ痺れを切らしたのだろう、少し怒気を孕んだ睦月の声が端末から響いてくる。が、それでも和沙は動かない。動く必要が無いのだ。


「……量産型だけだろ? んじゃあ守護隊に任せてみたらどうだ?」

『確かに、オリジナルの大型のマイナーチェンジのようなものだけど、それでも大型は大型よ、あの子達に任せるには少し早いわ』

「戦いに早いも遅いもあるか阿呆。仮に巫女が別の敵との戦いに集中しなきゃいけない場合はどうするんだ? その時もあいつらに下がれ、なんて言うつもりか? ……俺が初めて大型と戦ったのは十一歳の時だ。その頃に比べたら、装備も人も揃ってるんだから、少しは無茶をさせてみろ。危なくなったら介入するから、安心して、な」

『……』


 睦月が黙る。別に、和沙の言い分に腹を立てている、などでは無い。いや、可能性としてはあるかもしれないが、彼の言葉にも一理はある。常に巫女が付いていられるわけでは無いのだ。仮の可能性としても、彼女達だけで大型と戦う事は少なからず存在するだろう。というより、現に今そうなっている。

 であれば、この機会を活用すべき、と和沙は言っているのだ。実戦訓練、というやつだ。見てくれる人がいる時に無茶をするくらいでなければ、いざとなったら何も出来ない、なんて事もあり得なくはない。


『分かったわ。不安ではあるけど、あの子達に任せる事にする。何かあったら、ちゃんと助けてね』

「酷い言い草。それだと、守護隊も俺の事も信用してない風に聞こえるんだけど?」

『信用はしてるわ。実力に関しては、だけど』

「なんとも厚い信頼関係だことで」


 和沙の悪態を流しつつ、睦月は各守護隊の小隊長に指示を飛ばす。それは彼女達だけで量産大型を対処してみせろ、と。当然、中には困惑する者も少なからず存在したが、睦月は対処をしろとは言ったが、倒せとは言っていない事に気づきそれぞれが武器を強く握りしめ、温羅に立ち向かっていく。


「なんとも勇ましい事で……」


 その様子を眺めながら、和沙は依然起動の兆しを見せない伐採機械に思いを馳せていた。

 時間がかかるとは言っていたが、作戦開始からそろそろ一時間が経過する。既に各地に設置した誘因装置は起動済みで、後は結界で樹を切るだけ、なのだがどうにも動きが見られない。

 土壇場で技術班が逃げたか、それとも想定外の事態か。どちらにしろ、今の和沙に出来るのはこれくらいしかないのだ。のんびりと待つ他無い。それまでに温羅が向かってくればそれを迎撃したのだが、その役目も守護隊に譲渡済みだ。

 ……端的に言えばやる事が無い。いや、こんな状況で暇な事はむしろ喜ばしいことではあるが、当の本人としては不満極まり無いのだろう。それならば、大型の相手をすればよかったのでは? という疑問が湧いてくるが、それはまた別の話だ。


「藪を突いても蛇は出てこず……、出てくるのは小物ばかり、か。締まらない話だな」


 そもそもがどちらに出てくるかが分からない状態でのチーム分けだった為、こうして文句を言ったところで仕方の無い話だ。ケチをつけるのなら、和沙の方に出てこない例の二人組に言うべきだろう。あちら側としても、神流を単騎で打倒しうる可能性を持つ和沙は無視出来ないはずだ。そうでなくとも、量産型であれば、どれだけ大型を用意したとて片っ端から倒されていくのが目に見えている。何なら、温羅側の最優先目標が和沙だと言われても驚きはしない。

 いずれにしろ、姿を見せないというのは何かを企んでいるのと同義だ。これだけ大規模な襲撃が行われているにも関わらず、智里が出てこないのだから、裏でオリジナルの大型を複数作成中だと言われても驚きはしない。

 とはいえ、焦らせる事は出来るはずだ。今回の襲撃は、以前行った時と違い、中型大型が出てきても撤退はしない。むしろ強力な敵を優先的に倒そうとする動きすら見られる。

 話題の量産大型はというと、満足な攻撃手段を載せられていないのか、それともそもそも作ったばかりでまだ機能が全て完成していないのかは分からないが、攻撃面だけを見ると守護隊に容易に凌がれている辺り、そこまで強いわけでは無いらしい。しかし、逆に防御面で見れば中型以上、大型未満の性能を持つ為か、なかなか守護隊の少女達の攻撃が炉心に届かないでいた。

 動きは非常にのろく、鈍重そのものであるが巨体からその場にいるだけで足止めの役割を果たす事が出来ている。これでは一体目で苦戦している内に、他の量産大型が守護隊の脇をすり抜けてくるだろう。

 だが、予想に反して他の大型は動かない。順番待ちのように攻撃を受けている量産大型の後ろに並び、まるで次は自分だ、とでも言うかのようにその場に鎮座していた。


「……」


 何かがおかしい。和沙は大型の動きを見てそう感づく。あの大型達からは、確かに戦意は感じられるものの、他の小型でさえ見られる明確な殺意が無い。ただその場で留まり、足元に群がる守護隊の群れを払い続けているだけだ。何なら彼女達の命を奪う程の火力も無いように見える。

 ならば何故出てきたのか? 真っ当な火力を所持しておらず、戦うというよりも単に攻撃を払いのけているだけのあの量産大型の意図とは? いや、こう表現すべきだろう、奴らは何を目的にあそこに配置された?


「陽動の陽動……、なるほど、こっちがやってる事を、向こうもやってきた、ってだけの話か」


 よくよく考えれば簡単な話だ。向こうにはブレインも、それを実行するポーンも存在する。駒の数だけ見れば、和沙達よりもはるかに多いレベルだ。それらを使って陽動をする事もおかしくは無い。


「あ、あー、聞こえる?」


 懐から端末を取り出した和沙は、ワンタッチで折り返しかけ直す。当然、相手は変わらない。


『何? 今ちょっと忙しいから、世間話なら後に……』

「こっちは陽動だ。本命は向こう……とは限らないが、何にしろこっちに連中は出てこない」

『陽動……、さっきから感じてる違和感はそれね。どうりで守護隊の装備で簡単に攻撃が捌けると思った。そもそもこっちを本気で倒す気が無い、そういう事よね?』

「分かってくれたなら話が早い。とりあえず、和田宮達の方に行ってくるけど、なんか手土産とかあるか?」

『……さっさと装置起動してくれると助かる、とだけ言っておいて』

「別にあいつらがそれ担当じゃないんだけどなぁ……。まぁ、いいや」


 距離的には紅葉達の方が樹伐採の為の装置には近い。その為、睦月の言い分も分からなくは無いのだが、それを紅葉に伝えたところで微妙な顔をされて技術班に頼めと言われるのがオチだ。


「そんじゃ、行きますかね」


 軽い口調で言いながら、ゆっくりとその場で立ち上がる和沙。次の瞬間、蒼い光と共にその姿が消えた。

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