四話 神前市巫女隊

 和沙を追い出した後、本局の中を案内すると言い、鈴音を色んな場所へと連れて行く瑞枝。その後に続く鈴音が抱いた印象としては、省庁としての機能も有している為か、基本的には部屋が多く、そのどれもにいついかなる場合でも即座に会議やミーティングが行えるよう設備が整えられており、巫女隊の本拠地としては、少々場違いにも思えたようだ。彼女が周囲に向ける視線は、決して友好的なものではない。


「何か気になるものでもあったか?」

「そうですね……、本局の巫女の本業はデスクワークなのでしょうか?」

「それはどういう意味だ?」

「いえ、ただ体を動かすのが本業の私達には似つかわしくない部屋ばかりが目立つので」

「……なるほど、確かにそうだな。鴻川の言いたい事も分からないでもない。だが、ここは紛うことなき神奈備の巫女の拠点だ。当然、その為の施設もある。付いて来ると良い」


 随分と自信満々に口を開く瑞枝を追いかける鈴音。その足は、本局の建物を更に奥へと進んでいく。

 ふと、ここで鈴音は気付く。この施設、正面から見た時は、高さと幅があり、それなりに大きな建物だとは思っていたが、その実奥行きがかなりある。いや、この場合、奥行きではなくこの建物から広がっている、と表現した方がいいだろう。そして、その考えは、すぐに間違いではない事を思い知らされる。


「見るが良い、これが祭祀局本部局の全体だ」


 いつの間にここまで高い場所まで登って来たのか。いや、そんな事よりも、出っ張ったバルコニーから望むのは、その余りにも広大な敷地が広がる本局の全容だった。


「……」


 ただ茫然とするしかない。何せ、その広さときたら、佐曇支部が丸ごと一つどころか、十は入りそうな広大さがある。それも、屋内で、だ。おそらくは、機密上や悪天候でも訓練が出来るようにこうやって屋内として建築したのだろうが、それにしても広すぎる。

 更に言えば、ただ広いだけではなく、ところどころに専用の施設があり、単純なトレーニングから訓練後のケアまでこの場所一つでそれが可能になっている。まさに至れり尽くせりと言ったところか。


「どうだ? この設備、広さ、そしてサポート、一地方の支部には到底用意出来ないものだろう? これだけでもここに来た意味があったと、私は思うがね」

「そう……ですね」


 そう頷くしかない。残念だが、この施設に比べれば佐曇支部など、自前で訓練施設すら用意出来ない有様だ。財力の問題もあるのだろうが、やはり力の入れようが違う。

 ただ、訓練をするだけならば、ここ以上の施設は無いだろう。しかしながら、それはあくまで訓練だけ、の話だ。実戦を想定するならば、この屋内の施設は逆にデメリットになりかねない。

 そんな事を思っていた鈴音だったが、ふと背後から誰かが近づいて来る気配を感じ取ったのか、そちらへ勢いよく振り向く。明がまたいらぬちょっかいをかけようとするならば、それに反撃する為でもあったのだが……


「ほう、これはこれは、君が佐曇から来た巫女かね?」


 そこにいたのは、恰幅の良いおそらくは四十代半ばくらいのスーツ姿の男性だ。鈴音の姿を見るや否や、親愛の混じった口調で話しかけてくるも、その口元には隠し切れない下卑たものを感じる。


「これはこれは、長尾ながお本部局長。何か御用ですか?」


 長尾、と呼ばれた男性が視界に入ると同時に、鈴音と彼の間に割り込んだのは紅葉だ。その鋭い鷹のような目が彼女よりも頭一つ分低い長尾の目を睨みつけている。どうやら、あまり友好的な関係ではないようだ。


「なに、あの《・・》佐曇から巫女が出張してきていると聞いてね。本部局長として一目会っておかなくては、と思って来たまでだ。この場所は私もお気に入りの場所でね、忙しい合間の一服にもちょうどいいしな」

「それは結構。では、自己紹介も済んだ事ですので、ご退場願えますか? あまり長く仕事から離れていては他の者の業務にも差し支えが出るでしょう」

「これは随分と手厳しい。……では、わしはこれで。活躍を期待しておるぞ、鴻川鈴音」


 一瞬、ほんの一瞬ではあったが、長尾の目が紅葉へと向けられる。そのまなこには、言いしれようの無い嫌悪感を煽る感情が籠められていた。そんな視線を残しながらも、長尾はただ黙って踵を返す。その幅広な背中が見えなくなった頃に、ようやく残されたメンバーが口を開く。


「あの男には気を付けた方がいい。局内でも話を聞くだろうが、正攻法とは言えない方法で今の地位にまで上り詰めた男だ」

「関わらないで済むならそれでいいんだけど、自分の益になりそうなものには積極的に近づいて来るから、気を付けてね」

「……はい、そうします」


 どうやらあの支部局長、その肩書に反して随分と評判が悪いようだ。その席に着いている以上、それなりに有能ではあるようだが、同時にそこに至るまでの道のりはあまり褒められたものではないようだ。その立場故に、絶対に関わりを持たない事は出来ないものの、他の巫女が注意するように言ってくる以上、進んで関わるものではないだろう。

 とはいえ、トラブルというのは、大概あちらからやって来るものだ。どうしても避けられない場合は、覚悟するしかあるまい。


「さて、一先ず局内の案内はこんなところだ。何か質問はあるか?」

「訓練施設の詳細をまだ説明していただいていませんが?」

「それはまた追々だ。どのみち使用する事になる。その時でいいだろう」

「若宮監督官がそう仰るのでしたら……」


 やはり気になるのだろう。ここの充実した環境というものが。ただまぁ、いずれ使用する時が来るのであれば、その時に説明を受けても遅くはない。それまで楽しみに取っておくのも一種の妥協点だろう。


「もうこんな時間か……。和田宮、例の会議だが……」

「場所は取ってある。あとは人だけだ」

「よし、ならばこのまま向かうとしよう。そういう事で、本日はここで解散とする。筑紫ヶ丘、鴻川を家まで送り届けてやれ」

「はい。それじゃ、行こっか」

「はい!」




 巫女隊の他のメンバーと別れ、エントランスへと戻ってきた鈴音と睦月。その視界の先には、エントランスの隅でソファーに身を沈めながら端末を見つめている和沙の姿があった。


「兄さん」

「ん? 終わった?」


 鈴音を見上げると同時に、端末の画面を消す和沙。その画面には一瞬、書類のような画面が映ったが、幸い睦月からは見えない角度だった為、特に言及される事は無かった。


「終わりました。これから家に行きますよ」

「ここからちょっと遠いから、また歩く事になるけど若いから大丈夫よね」

「その言い方だと、筑紫ヶ丘さんが年増みたいな……」

「なぁに?」

「……いえ、何でもありません」


 和沙の言葉に笑顔で返す睦月。しかしながら、笑顔であるにも関わらず、そこから伝わってくる異様な圧力に流石の和沙も口を慎む他無い。年齢関係の話はご法度なのだろうか? 学年だけを見ても、さして和沙と違いは無いのだが……。


「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。あまりここに長居するわけにもいきませんし」

「そうね。それじゃ、案内するから付いてきて」


先にエントランスから出て行った睦月の背を追い、和佐と鈴音も同じように祭祀局から出て行った。

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