第31話 パラダイス 1
「青い空! 白い砂浜! どこまでも広がる海!! これぞ最高のロケーションね!!」
バスから降りるや否や、凪が海を眺めるようなポーズを取りながら叫ぶ。それを後ろから諌める七瀬だったが、彼女もまた、真夏の海に目を取られながら荷物を降ろしていた。
「海に着いたよ! 今度は泳げるね!」
「お姉ちゃん、分かったからそんなに引っ張らないで」
「七瀬ちゃーん、これどうするのー?」
「先に別荘の方に持って行って下さい」
以前は合宿で堪能出来なかった事もあり、巫女隊メンバーのテンションは最高潮に達している。
「うぅぇ……」
まるで昔の和製ホラー映画のように這いずりながらバスから出てきた一人を除いては。
「大丈夫ですか、兄さん」
死人のような様相の和佐を支える鈴音。今回は祭祀局関連とはいえ、訓練といった公的なものではない為、彼女も付いてきている。と言うより、今回用意されたものの殆どは鴻川家が管理しているものなので、彼女がいなければ分からない事が少なからず存在する。そういった事も含め、同伴するに至った。
「なんでアイツらは平気なんだ……?」
「そこまで乗り物に弱いわけじゃないので。多分、兄さんは乗り物酔いしやすい体質なんだと思います」
「これなら引きこもってた方がまだマシだ……」
怨嗟の籠った声で呻いたところで、気分が戻るわけがない。大人しく、自分の荷物だけ持って鴻川家が所有している別荘へと向かう和沙。
とは言っても、別荘はバスが停車した場所から目と鼻の先にある。そこまで体力を使わずに済んだことを幸いととるか、それとももう少し歩いて気を紛らわせるべきだととるか。
「う~わ~、すっごい広~い!」
「ね、ね、ここって玄関なんだよ! 玄関なのに、私の家の居間よりも広いんだよ!」
先行していた日向と風美の感嘆の声が聞こえる。それに続き、和佐も別荘の中へと足を踏み入れる。
別荘の中は、本宅とは異なり、過度な調度品などは無い。が、まるで別荘そのものがインテリアのような空気を醸し出している。おそらく、建て方、素材、素材の整え方、その全てが職人の手に掛かり、これほどの物が生み出された結果だろう。正直なところ、和佐は本宅よりもこちらの方が気にいったようだ。
「決めた」
「? どうしました、兄さん?」
「俺、ここに住む」
「気持ちは分からないでもないですが、駄目ですよ。年がら年中こちらに人をやる余裕はありませんし、何よりここからじゃ学校には通えませんし、巫女としての役目も果たせないじゃないですか」
「い~や~だ~、ここに住む~!」
「どうしたんですか、全く……」
理由も分からず駄々をこねる和沙を諫める鈴音。そんな彼女の傍に近づいてきた凪が鈴音に耳打ちをする。
「普段から結構ストレス溜まってるみたいだしねぇ。たまにはいつもと違う側に回りたいって事なんじゃないの?」
「どういうことですか……」
鈴音の理解が及ばないところで一体何が起きているのか。彼女がそれを理解する日はまだ遠い……。
「ね、ね、凪ちゃん! 海まだ!?」
「私は既に準備万端であります!!」
「そこの突撃ガールズはもう少し落ち着きなさい。後で好きなだけ泳がせてあげるから」
『えー』
今にも飛んでいきそうな風美と、既に浮き輪まで用意している日向が同時に不満の声を上げる。
「まずは荷物を片付けましょう。部屋を割り当てますので、そちらに自分の荷物を持って行って下さい」
『はーい』
「……隊長の私にはあれだけ
落ち込む凪の肩に手が置かれる。振り返ると、哀れんだような目をした和佐が立っていた。
「その青白い顔で哀れむな!!」
凪の悲痛な叫びが別荘内に響いた。
「いーやっほー! 海だあああ!!」
「なんで年少組よりはしゃいでるんだ? あれ」
海に着くなり、待ち侘びた、とでも言いたげな二人を差し置いて、まず最初に突っ込んで行ったのは凪だった。パラソルを刺して呆れた声を出す和佐を気にもせずに、一直線に向かっていくその姿は、年長者とは思えないものだ。
各々、荷物を置くと、先に行った二人を追いかけるようにして海に向かう。が、パラソルを立てた和佐だけは、海には向かわず、パラソルの下に敷いたシートの上に座り込んだ。
「兄さん? 行かないんですか?」
「暑い。これ以上日の下にいたら溶ける。と、言うわけで、俺の事は気にするな」
「兄さん……」
鈴音が頭を抱えている。こうして外にいるのだから、出不精ではなくなった、とでも言いたげな和佐に、どう言えば分からない、といった様子だ。
「鈴音さん、どうしました?」
「……ご覧の通りです」
「和佐君……」
鈴音の様子を見に来た七瀬もまた、隣の妹と同じような表情をしている。
そもそも、ここに来た目的の一つは和佐を外に引き摺り出す事だ。そう考えると、目的は達成しているように思えるが、外に出ただけで何もしなければ、引きこもっているのと大差は無い。
「はぁ……。ほら、行きますよ、和佐君」
「やめろ! 俺を影から出すな! 溶けるぞ! いいのか、溶けるぞ!!」
「はいはい、気がすむまで溶けて下さい」
「扱いが雑すぎやしないか!?」
「このくらいがちょうどいいんです」
「ちょ、まっ……、熱い!! 砂浜が熱いから待って!! 引き摺るのは待って!!」
その細腕のどこにそんな力があるのか。七瀬が和佐の首根っこを掴み、海へと向かっていく。
「やめろ! やめて下さい、死んでしまう!!」
「死にません」
ピシャリと言い放つ七瀬に流石と言うべきか。実に和佐に扱いを分かっていらっしゃる。
「鈴音! 後生だから助けてくれ!!」
「兄さん……、愛の鞭というのをご存知ですか?」
「ご無体な!!」
日の光に焼かれた砂の上を断末魔のような声を上げながら引き摺られていくその姿は、出荷されていく家畜のように哀れなものだった。
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