第30話 激戦の後の一幕
「んで、どうだったのよ?」
「あん? 何が?」
病院から帰ってきた翌日、夏休みということで、人の多い公園でのごみ拾いのボランティア中、凪が手に持った火ばさみを鳴らしながら、和佐ににじり寄ってくる。
「検査の結果。体がどうの、って言ってたじゃない」
「あぁ、それ。ん~、まぁ、良くはないってさ」
「え、悪化してるって事?」
「そんなとこだ。ま、原因が分からないから、今は薬を飲んで対応するしかないってさ。ま~た薬の量が増えた」
「キツイなら、別に休んでてもいいのよ?」
「え゛」
和佐の表情が驚愕の色に染まったまま固まっている。まるであり得ない物でも見たような……。
「何よ、その顔」
「先輩が、人を気遣ってる……」
「ねぇ、そこ驚くの? そこ驚くの!?」
「ヤバイ、雨具持ってきたかな? こりゃ午後から雨だぞ」
「たまに優しくしてやったらこの仕打ちか!! 上等よ、表出なさい! その体に私のありがたみを直接叩き込んでやる!」
「おいこらやめろ! 近寄るな!!」
「何やってるんですか、二人とも……」
「凪先輩、また和沙先輩に絡んでるんですか?」
じゃれあいだした凪と和沙に近づいてきたのは、袋の中身を半分以上ゴミで埋めた七瀬と日向だ。七瀬は、二人のやり取りに呆れたような視線を向けている。
「痴話喧嘩なら、もっと人目に付かない場所でやってもらえませんか? 下手をすれば、私達の評価に関わってくるので」
「ちょっと待て、これと痴話喧嘩ってのか? 俺とこれがペアだと言いたいのか!?」
「流石の私も怒る時は怒るのよ?」
「凪先輩って結構怒ってるイメージありますけどね~」
「なんだとぅ!!」
矛先が日向に向いた事で、ようやく和沙が解放される。日向を追い掛け回す凪を横目に見ながら、七瀬が和沙の持つ袋を指差す。
「あまり溜まってませんね。この辺りは人が来ないんでしょうか?」
「遊具も無ければ、見る物も無いからな。広い原っぱがある程度、そりゃ誰も来んさ」
周囲を見回す和沙の目に止まる物など、この辺りにはほとんど無い。あったとしても、それは今の和沙にとって目に付くゴミくらいであって、到底一般の人々が気に留めるようなものではない。
「そういや、また引佐姉妹の姿が見えないけど?」
「あの二人は……、もう言わなくても分かっているでしょう?」
「まぁ、分からんでもない」
ここに着くなり、どこかへ飛んで行った風美を追った仍美。今頃は無情な姉に振り回されている頃だろう。
「それで、結局のところどうだったんですか?」
「ん? 何が?」
「そのいちいち聞き返すのは素で分かってないんでしょうか? それとも分かっててやってるんですか? ……体の事です」
「気にするような事じゃない。多少薬漬けになるだけの話だ」
「大事じゃないですか!? 全く……、ここ最近は調子が良さそうな素振りを見せていたから油断していましたが、これでは監視を強化しないといけませんね」
「……監視?」
そう言って七瀬が取り出したのは、支給されている端末。それを和沙に向け、何等かの操作を行った。
『認証しました』
「ん? 待て、今何した!?」
「祭祀局から支給されている端末には、一般に出回っている物とは異なるGPS機能がつけられています。それは、GPSに洸珠の情報を登録する機能です。これで、戦闘中、何等かの理由で端末が手元に無い場合でも、その人を見つける事が可能となります」
「ちょ、ちょっと待て。それって、洸珠を持っていればどこにいても居場所が丸わかりって事か!?」
「まぁ、そうなりますね。端末はともかくとして、洸珠を手放す事はほぼほぼありませんので、実質常に場所を把握しているのと同じです」
「流石にその監視体制を見過ごすわけにはいかん! 今すぐ消せ! 消せ!!」
「すみません、登録の仕方は知ってても、消し方は分からないんです」
「そんな言い分が通ると思ってんのか!?」
「さて、どうでしょう」
悪戯っぽく微笑む七瀬を和沙は睨みつける。ふと視線を感じ、横に顔を向けると、いつの間にかじゃれ合いを止めていた凪と日向がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「おやぁ、随分と仲の良いことで」
「これは七瀬ちゃんにも春が来たんですかね~」
「首輪を付けられたんだぞ!! これを青春だと抜かすお前らの頭を開いて中を見てやりたいわ!!」
「そうですよ。この程度のやり取りなら以前からやっているでしょう?」
「え……? もしかして、前々から監視されてたの? 俺」
「……」
「おい、こっちを見ろ。目を逸らすな。やってないよな? な!?」
「ノーコメントで」
「今すぐさっきのやつを消せぇ!!」
「駄目です」
二人のやり取りを腹を抱えて笑いながら見ている凪と日向。周りに人がいれば、奇異の目で見られただろうが、幸い、ここに人が来る気配はない。
「ぬぐぐ……、なんで俺ばっかりこんな目に……」
「和沙先輩の言葉はあんまり信用できないからな~」
「なんでだよ!!」
「だって、なんだか信じちゃいけない、って気がして……」
「なぁ、俺なんかした?」
「命令無視」
「ひっとあんどあうぇいだ、って言ったのに突っ込むし」
「周囲の人にあまり相談しない、というのもありますね」
「ぐぬぬ……」
なるほど、不満を言わせれば出るわ出るわ。普段から和沙がどれだけ信用されていないのかが、ここにきて露見する。
「クラスでも、あまり他の人に話しかけないのは、まぁボロが出るかもしれないので分かりますが、私に対しても本当に最低限の受け答えしかしませんし」
「そうそう、ほっといたら変な場所で一人でご飯食べてたこともあったわよね。何? あんたハブられてんの?」
「たまに聞こえてるはずなのに、指示されてるのと違う動きするし」
……もはや和沙にとっては耳を塞ぎたくなる状況であるのは間違いない。その証拠に、今現在和沙は視界の隅で地面に蹲っている。
これはこれでいじめととられそうな図でもあるが。
「ただいま帰りましたー!」
「はぁ、はぁ……、戻りました……」
和沙が地面にのの字を書いている間、後ろで好き勝手に言っていた三人だったが、それにも飽きて他愛の無い雑談へとシフトした頃、ようやく引佐姉妹が凪達に合流する。まだまだ元気が有り余っている風美とは異なり、仍美は息が荒く、すぐにその場に座り込んでしまう。どうやら、相当振り回されたようだ。
「双子の収穫はどうだった?」
「こんだけとれたよ~」
「また凄い量ですね……」
年頃の女子学生ならば、近寄るのも躊躇いそうなほど大量のごみが入った袋を掲げる風美。
「まぁ夏休みだしねぇ……。多少ゴミが出るのは仕方無いとは思うけど、物持ってくるなら、ゴミを持って帰るくらいの事はしてほしいわよねぇ」
この公園は、夏休みになると、家族で遊びに来る人もいれば、若者が集まってバーベキューや花火などを楽しんでいる様子もちょくちょく見られる。それが原因かは分からないが、毎年大量にゴミが出るので、凪達がボランティアでゴミ回収をしている、というわけだ。
「看板とか、張り紙とか結構あるんですけどね~」
「最初からポイ捨てするような人間が、そういうのを見たところで大人しく従うはずがないでしょ」
「それもそうですね」
「納得するなよ」
復活した和沙が突っ込むも、日向はあっけらかんとした笑みを浮かべるだけだ。
「そんなことよりも! 来週予定してる海! この間買いに行った水着で渚の男共を悩殺するわよ!!」
「おぉ! さっすが凪先輩!」
「海にいる男の人は全員凪ちゃんにメロメロになるんだね!」
「悩殺って……、そもそも祭祀局が準備したプライベートビーチだから人は……」
「言ってやるな。夢くらい見させてやれ」
「あはは……」
巫女隊のみんなが行く場所はプライベートビーチだ。とはいえ、近くには普通の海水浴場もあるため、そちらに行けば確かに凪の望み通りの事が出来る。まぁ、多すぎる人の中、彼女に視線が集まれば、の話だが。
「そういえば、そのプライベートビーチって、鴻川家が所有している場所なんですよね?」
「ん? らしいな、俺もよく分からん。けどまぁ、あの家の規模を考えれば、ビーチの一つや二つ持っててもおかしくはないのか」
「確か、以前鈴音さんに誘われた際には、クルーザーに乗せていただきましたね」
「屋敷のインテリアなんかもそうだが、成金趣味なのは否めないな……」
「それでも、私達の装備開発の為に資金提供をしていただいたり、こうして休養の為の保養地も用意していただけるのですから、十分尊敬に値する方々ですよ」
「……俺には首輪を付けておいてそれを言うか」
「……首輪? え、七瀬先輩、そんな趣味が!? いけませんよ! いくらそういうのが好きだからって、現実と想像をごっちゃにしちゃ!」
「GPSの事ですよ。洸珠の方の」
「じ、GPSの……」
一瞬、何を言われたのか分からない、といった様子を見せたが、自身の誤解を自覚したのか、仍美の顔が瞬間沸騰したように真っ赤になる。彼女もまた、このメンツにふさわしい思い込みの激しさを持ち合わせているのだ。
「仍美が変な事言ってるー。ムッツリだー」
「お姉ちゃん!!」
「なるほど、仍美はムッツリだったと……」
「凪先輩まで何を言ってるんですか!?」
「いやほら、部下の性癖を把握しておくのも隊長の務めでしょ?」
「そんな務めはありません!!」
「テンション上がり過ぎて全員変な事になってるな……」
いつの間にか出来ているボケと突っ込みのサイクルを、輪の外から眺めながら和佐が呟く。
「和佐先輩は楽しみじゃないんですか? 海」
「別に。俺はそもそもインドア派だ。それを無理矢理連れ出されるのに、楽しみなはずがないだろ」
「まぁ、そもそも今回の海水浴は和佐君の出不精を矯正するための企画ですし。それこそ喜んで海に行くような人なら、ここまでする必要はありませんし」
「七瀬ちゃんは山推奨派だったよね? どうして海に変えたの?」
「定番だからです!!」
「あぁ、またいらんスイッチを押しやがった……」
「やっぱり学園モノの定番として、各季節の行事は抑えておくべきなんです。その中でも、海へ行くというのは、全イベントで一二を争うレベルの恒例イベントですよ! 青い空、白い砂浜、そしてどこまでも続く海! 夏のひと時の思い出づくりに開放的になった少年少女達は、いつもより大胆になり、普段恥ずかしくて言えないあんな事やこんな事……! そうして赤裸々に話す事で距離は縮まっていき、やがてお互い気づくんです。実は両者相手の事を前々から意識していた事。一夏の勢いで背中を押された少年と少女達は、自身の想いを吐露し……」
「なぁ、あれどうにかしろよ」
「あ、あははは……。あぁなった七瀬ちゃんはしばらく止まらないかなぁ……」
「お前がスイッチ押したんだろ? なら責任取らないと」
「う、うーん……」
目の前で暴走を続けている七瀬を止められる者は、親友である日向しかいない。そう考えて背中を押すも、歯切れの悪い返答が返ってくるのみだ。
「はぁ、仕方ないなぁ……。ね、ね、七瀬ちゃん。七瀬ちゃんはそういうイベントをやりたいの?」
「現実と想像をごっちゃにする気はありません。でなくとも、相手がいないのに、どうしろと言うのですか!?」
「十分混同してるだろ……」
「似た状況を作り出しているだけです! あくまでシミュレーション。ヴァーチャルは所詮ヴァーチャルです……」
「なるほど……」
日向は止められなかったのではなく、止めなかったということか。その行動力はともかくとして、区別は付いているから止める必要はないr、と。
「あれ? でも、相手なら一人いますよね?」
仍美の視線が和佐に止まる。が、七瀬はその視線を追った後、首を横に振る。
「いえ、私はもっと男性らしい方が好みですので」
「あ゛!?」
「やーい、和佐君振られたー」
「マズイわね。痴情の縺れによる部隊内崩壊の危機よ!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! これ以上面倒事にするな!!」
和佐がキレた。持ち前のフットワークでまずは風見を捕獲すると、その場でくすぐりだす。
「あ、あははははははは!! タンマ、タンマ?!」
「俺の恐ろしさを思い知ったか!」
しかし、それを見ていた七瀬と仍美が若干引いているようなリアクションをとる。
「女子中学生に襲いかかる男子高校生ですか……、事案ですね」
「今回ばっかりはお姉ちゃんに同情……しない事もないかも」
「あ゛?」
和佐が鬼気迫る表情で二人を睨みつける。
「俺は男だろうが女だろうが平等に接する。それは制裁でも同じ事だっ!!」
声高々に言うも、その内容は酷いものだ。ちなみに、やり取りの間も、風見をくすぐる手は止まってない。
「はぁ、はぁ……、もう、むりぃ……」
その声にふと我に返った和佐が自身の体の下で、妙に艶やかな姿になった風見を見る。
「……これはちょっとやり過ぎたか?」
「これをちょっとだって言うアンタの頭はどうなってんのよ……」
「あわわ……、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……」
「まぁいいか。報復は完了した。次は……」
ジロリ、と和佐の視線が凪を捉える。思わず身悶えした凪はゆっくりと後退りをする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。その手は何? その妙に蠢く手は何なのよ!!」
「天誅!」
「あーーーーーー!!」
「……止めなくていいんですか?」
「和佐先輩もストレスが溜まってたんじゃないかな? たまには発散させた方がいいと思うんだ」
「発散って……」
「間違いなんて起こらないでしょうし、大丈夫ですよ。それに、見た目が女性みたいですから、見ようによっては百合……」
「はーい七瀬ちゃんストップー。それ以上は言わせないよ!」
「……私一人じゃ収拾出来ませんよう」
一人流れに取り残された仍美が、悲しげに呟いてた。
「日頃の恨みじゃあああああ!!」
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