第21話 明るくも憂鬱な休暇日和 後

「いやぁ、良いのがあってよかったじゃない」

「そうですね」


 少し離れた場所で休憩している和佐以外の全員が満足した顔でショップから出てくる。それぞれの手には紙袋が握られている。それは、和佐も例外では無い。


「やっぱり、私はこの魅惑溢れるぼでーを存分に引き立たせるビキニが最適ね!」

「……何だっけ? 喋らなければ美人、とか、動かなければ芸術品にも勝る、だっけ?」

「よし、その小生意気な口を出しなさい。私の杭で縫い付けてあげるわ」

「目が笑ってない……。待て待て待て、悪かったから、武器は止めろ!!」


 ピアス型の洸珠に手をかけながら、凪が和佐へとにじり寄っていく。急いで止めようとしたのが運の尽き。近づいて来た和佐を、凪お得意のチョークスリーパーが襲う。


「さて、この後はどうしましょうか?」


 窮地に陥っている兄の事はスルーして、鈴音がこの後の予定について尋ねる。


「特にこれといって予定があるわけではありません。ここは何でもありますから、その時にでも考えればいいと思っていたので……」

「みんなで外出する時って、あんまり予定立てませんしね」


 どうやらこの面子は意外と行き当たりばったりな人間が多いようだ。


「仕方ありませんね。それじゃ……、あれ? そういえば風見さんは?」

「え? お姉ちゃんならここに……いない」


 仍美がキョロキョロと見回すも、姉の姿は無い。先程まですぐ側にいたはずだが……。


「はぐれたのかな?」

「そんな……、店を出てまだ目と鼻の先ですよ? そんな事……、どうしましょう。風見さんの事だからあり得ると思ってしまう自分が……」

「本当に、姉がごめんなさい……」


 仍美が頭を下げるが、彼女を責めるのはお門違いだろう。むしろ、風見の行動を先読みしていなかった、この場合では年長である凪の責任といえよう。


「ん? 何? どしたの?」


 が、当の本人は和佐を絞め上げるのに夢中で周囲に気が回っていない。


「風見さんが消えました」

「え、迷子?」

「いや、さっきまでここにいたんですが……」


 仍美が自身の後ろを指差しながら言う。凪はそちらに視線を向けようとしたが、不意に後ろから服の裾を引っ張られ、強引に元に戻される。


「ねえねえ、凪ちゃん」

「何よ! この……、って、いるじゃない」

「あれ? お姉ちゃんどこに行ってたの?」


 と、そこまで言ってから、仍美は気づく。風見の後ろに誰かがいる事を。


「この子、迷子なんだって」


 そう言って風見が手を置いたのは、5、6歳くらいの小さな女の子だった。




 少女の名前はさえちゃんと言うらしい。迷子になった経緯は至極単純。母親と一緒に来ていたが、このショッピングモールの着ぐるみに気を取られ、ついて行った結果、知らない場所だったという。

 そうだと分かれば、対処方法は明瞭且つシンプルだ。


「迷子センターに……」

「この子の母親を探してあげましょう」

「え……」


 和佐が絶句する。まさかのこの場での責任者が思いもよらない行動を取ろうとしている。


「いやいやいや、迷子センターに届ければ良い話だろ」

「何言ってんの。こう言う時に人の役に立つのが私達じゃない」

「だったら、無難な手段をだな……」

「却下よ。それじゃあ、この子を知らない大人と一緒にするって事よ? それがどれだけ心細いか」

「……諦めましょう。こうなった先輩を止める方法を私は知りません」

「全く……」


 舵取り役が対処方法無しと判断した以上、 この場は凪に従うしかない。


「それでね、こっちが去年やった劇の写真」


 幸い、少女の相手は日向がやってくれている。随分と手慣れているところを見るに、妹か弟でもいるのだろうか。


「まぁ、そのうち気が済むだろ」


 とりあえずは凪だ。このショッピングモールは広い。これだけの人数で探したところで、簡単に見つかるとは思えない。

 おそらく、ある程度経てば母親側から呼び出しがあるだろう。そうなった時に、規定の場所に連れて行けば良いだけの話だ。


「それじゃ、それっぽい人を探してくるわ」


 凪が七瀬と、鈴音、風見、仍美は三人で探すとの事。


「……あれ? 俺は?」

「あんたは日向とその子の相手してて。そんなに時間はかけないから、よろしくね?」


 言うが早く、凪達はそれぞれべつの方角へと歩き去っていく。発言する暇も無く残された和佐を、日向とさえが不思議そうに見ていた。


「俺、子守とか出来んぞ……」

「さえちゃんは私が見てるから大丈夫ですよ?」

「はぁ……」


 溜息を吐きながら、和佐が日向の隣に座る。さえに持っていたお手玉を教えている姿は、姉妹と言っても信じられそうな程その姿がよく似合っている。


「……ていうか、なんでそんなもん持ってるんだ?」

「ふふん、不肖この大須賀日向、バッグの中には常に暇を潰せるよう七つの隠し道具を隠し持っております!」

「言っちゃったら隠してないじゃん」

「しまった……!」


 どこか間の抜けた会話をしながら、さえが教えてもらったお手玉で遊んでいるのを見つめる。


「……」

「……」


 沈黙が痛い。いや、さえが時々日向に分からないところを聞いているから、完全な沈黙とは異なる。が、そもそも和佐は自分から話を振るのが得意ではなく、日向もまた、和佐に振れるような話題を持ち合わせているとは限らない。


「え~っと……、最近調子はどうですか?」

「その、父親が思春期の娘や息子相手に会話に困った時に言うような事言わないでくれない!?」

「あはは……。なんか、あんまり話す事無いですね」

「まぁ、普段から良く話す間柄でもないからな。それに、俺は会話よりも見てる事の方が多いし」

「凪先輩に絡まれなかったら、ですけどね~」


 和沙にとって、凪の影響は良くも悪くも大きなものだ。彼女が率先して絡んでこなければ、こんな風に面と向かって会話する事も出来なかったかもしれない。変人奇人が多いとはいえ、彼女達は一般的な女子学生と何も変わらない。多少荒事に秀でているくらいだ。


「実はですね、七瀬ちゃんも最初はあそこまで人当たりが優しくなかったんですよ~」

「優しいか? あれ」

「あはは……。七瀬ちゃんの実家ってどんなとこか知ってます?」

「いや、知らん」

「自分からそういうこと言いませんしね。実は、老舗の呉服屋の一人娘なんですよ」

「あんな趣味してるのに!?」


 和沙が驚愕の表情を見せる。それもそのはず、彼の知っている七瀬は、普段人の前では人柄の良い淑女で通っているが、その本質はかなり濃い。アニメやゲームなどを趣味とする、いわゆるオタク、と言うやつだ。


「あれはまぁ、厳しく育てられた反動と言いますか……。そ、それはともかく、私にはある程度優しい七瀬ちゃんですけど、巫女になった当初はかなり厳しかったんです。多分、巫女になった、という事を重く考えてたんだと思います」

「そういや、初めて会った時、ぽっと出とか言われてたな」

「あの後、まともな訓練を受けてないのに~とかなんとかぼやいてました。それだけ、この役目の事を重く考えたんですけど、ある時温羅の襲撃で私が怪我をした事があったんです。その時、私の一番近くにいたのが七瀬ちゃんで、その事を責任に感じちゃって、かなりふさぎ込んでたんです」

「責任感が強い奴はなぁ……、一度沈むとどうしたら良いか分からんな」

「はは、私もそうでした。今みたいにみんながみんな仲良くしてたわけじゃなかったし、当時隊長だった人もあまりそういうのが得意な人じゃなかったから。でも、凪先輩が行ってくれたんです。『責任感を持つのは結構よ。重い物を自分から担ぐのもね。けど、それで勝手に潰れて、うじうじしてるだけの人間に構ってる暇なんて無い』って」

「なるほど、随分と説得力が……あれ? なんか今と違うぞ!」

「一緒ですよ~。ただ、みんなが落ち込んでいる時は明るく振る舞う、締めるべきところは締める。そして、怒るところは怒る。そういう人です」

「俺の抱いている印象と全く違う……。理不尽の塊みたいな人だった気が……」

「信用されてるんですよ。そういうこともあって、七瀬ちゃんは無事復活。昔と同じ、役目に対しての責任感は強いけど、柔軟に考えるようになれたんです」


 あの傍若無人な振る舞いにも理由はあったのか、と和沙は納得する。


「……けどまぁ、和佐先輩に対しては、少し違うみたいだけど」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないですよ~」


 日向の呟きが小さくて聞き取れなかったのか、聞き返す和沙だったが、日向は何でもないように振る舞う。


「って、さっきから他の人の話ばっかりだな。日向自身の話は無いのか? 七瀬との馴れ初めとか」

「私と七瀬ちゃんか~、う~ん、そんなに面白くないですよ?」

「劇的な出会い、なんてのは期待してないさ」


 まさか、温羅に襲われていた日向を、七瀬が助けて友達になった、なんて事はないだろう。それこそ、小説とか創造物の話だ。


「簡単ですよ。私と七瀬ちゃんの家が隣だった、ってだけで。そのおかげで、小さい頃から一緒に遊ぶことがよくあったんです。礼儀作法には厳しい家だったけど、交友関係にはあまり口を出さない方針だったみたいで、私もしょっちゅう七瀬ちゃんの家にお邪魔してました」


 交友関係に口を出さなかったのは、日向が相手だからだろう。人畜無害どころか、純真無垢と言ってもいい日向を友人として認められなければ、後は生まれたての赤ん坊くらいしか条件をクリアできる者はいないだろう。


「幼馴染ってことか」

「そうですね。昔からずっと一緒にいます」


 幼馴染。その言葉を口にした和沙が、小さく眉を顰める。何かが頭の隅に引っかかっている、そんな様子だった。


「ふ~ん、道理で普段から仲が言い訳だ」

「妹とも仲が良いですよ。ただ、最近ちょっと七瀬ちゃんの影響を受けちゃって、趣味が……」

「小さい子の扱いが上手いと思ったら、そういえば妹がいたって言ってたな」

「小さい頃からずっと相手をしてますから。今は初等部の六年生で、私と同じ巫女の適性があったから、そっちに進むかどうか悩んでました。でも……」


 先日の大型の事を思い出しているのか、日向の表情が少し曇る。あのような事があった以上、妹には危険な事をしてほしくないのだろう。悩んでいるのは妹だけではなさそうだ。


「まぁ、進路についてはおいおいでいいだろ。これだけが妹に最適な道とは限らないんだし」

「そうですね……。小説家になりたいとも言ってたんで、そっち方面を勧めてみるのもいいかもしれません」

「しかし、そう考えると、俺たちより年齢が上の兄姉を持ったメンバーっていないんだな」

「そういえばそうですね」


 凪は弟、日向は妹、引佐姉妹は言わずもがな、七瀬は一人娘、そして和沙には鈴音がいる。しかし、自分達より上の兄弟姉妹がいるメンバーはいない。


「全員、後に託す世代、か」

「頑張らないといけませんね~」


 日向がさえを見る。その目は心無しか慈愛のようなものに満ちている気がした。和沙の周囲には、真っ当な”姉”というものがほとんどいなかったため、真の意味で姉というのはこういうものなのかと認識する。


「でも、みんな遅いですね」

「場所が場所なだけにそう簡単には見つからないだろ。まぁ、別に無理に探さなくても、向こうから呼び出しがかかると思うんだけどな」

「でも、こっちから行った方が早いと思いますし、それに……」

「こっちの方が外聞が良い、か?」

「……あんまりこういうのって良くないと思うんですけどね」


 巫女の評判を少しでも緩和する、そういう目的もあるのだろう。温羅との闘いでは、街にも少なからず被害が出る。それに対する住民感情は決して良いものではない。ボランティアやこういった善行は、巫女にとって、自身の首を絞めているものを少しでも緩める為の行動と言える。


「……命を張って、善行も積んで、これだけやってようやく上から目線で褒められる。よくもまぁ、こんな事を続けられるよ」

「それが役目だから。それに、悪い事ばかりじゃないんですよ? この間の合宿中のボランティアでも、色々選別貰いましたし」

「あれなぁ……」


 あのボランティアにいい思い出は無い。遠い目をした和沙の表情が暗にそれを物語っている。


「いい事っていうのは、たまにあるから嬉しいんです。しょっちゅうそんなことがあると、嬉しさが半減どころか、それが当たり前になっちゃうから」

「なんともまぁ……」


 目の前にいる少女は聖人か。こんな子を戦わせる祭祀局という存在は、悪の秘密結社に違いない。和沙がそう思いかけていた時、目の前に小さな手でお手玉を差し出された。


「ねえねえ、これできる?」


 さえが、和佐にお手玉をやってみてほしいらしい。少し何かを考える素振りを見せるも、それは一瞬。すぐにさえの手からお手玉を取り、その場でやって見せる。


「わぁ~、上手」

「これは意外な特技が発覚しましたね」

「意外ってなんだ、意外って」


 ぽんぽんとリズム良く手の上で回るお手玉に、さえの視線が一心に注がれる。何周かした後、それをさえの手の上に戻した。


「すごいですね、あんなに簡単にやっちゃうなんて。常に持っている私でも、あんなに簡単には出来ませんよ。誰から教えてもらったんですか?」

「ん? 誰だろな……、多分、母親じゃないか?」

「もしかして、記憶が戻ったんですか!?」

「いや、単なる憶測だ。こういった遊びって、母親か祖母から教わるのに強い印象を持ってたから」

「そういうことですか……」


 少しがっかりした様子の日向。自分の気晴らし道具が和沙の記憶の手がかりになった、と一瞬喜んだが、どうやらぬか喜びだったようだ。


「すごいね、とっても上手だったよ、お姉ちゃん」

「……ん? 今聞き捨てならない事を聞いたような気が……」

「ねえねえ、やり方教えて、お姉ちゃん」

「お前もか……」

「えいっ」

「もごっ!?」


 さえの言葉に、一瞬で激高した和沙の口を後ろから塞ぐ。さえは日向の唐突な行動に疑問符を浮かべていた。


「怒っちゃ駄目ですよ。あいてはその辺上手く判断出来ない小さな子なんですから。それに女の子っぽいってことは、可愛いっていう事ですよ」

「それは喜ぶべきなのか?」

「少なくとも、喜んじゃいけない、なんて決まりはありませんよ」

「そのポジティブさは見習うべきか否か……。あぁ、くそ、論点をすり替えられた。まぁ、この際見えるものは仕方ない」

「そーそー、人生楽しく考えましょうよ」

「途端にアホの子になってないか、お前」


 呆れている和沙だが、目の前にいるさえの視線が未だ自分を向いている事に、いたたまれなくなり、仕方なく相手をする。とはいえ、和佐自身も、いつどこで身に着けたかすら分からないものを、手の動くままに行っているため、感覚でしか教えられない。お手玉口座はものの数分で破綻することになる。




「じゃあね、お姉ちゃん!」


 さえが頭を下げている女性の隣で、大きく手を振っている。

 凪達が探しに行ってから、一時間ほど経った頃、ようやくさえの事を探している母親を見つけ、ここまで連れてきた捜索班一行。母親は化粧が崩れているのも構わず、娘の事を必死に探していたのか、最初さえが見たとき、その見た目から少し涙目になっていた。

 去り行く二人の背中に、小さく手を振る日向と和沙。その様子を見て、凪がにやり、と笑みを浮かべる。


「へぇ~、ふぅ~ん……、随分と仲良くなったみたいじゃない。ねぇ、『お姉ちゃん』」

「……そうだな。たまにはそういうこともあるさ」

「……ありゃ?」


 てっきり反論すると思っていたのだが、和佐の反応は予想に反して淡泊なものだった。身構えていた凪はの口からは、拍子抜けしたのか、間抜けな声が漏れている。


「日向、何かあったのですか?」

「ん? 何でもないよ」


 七瀬が嬉しそうな笑みを浮かべている日向を見て声をかけるも、彼女の反応から何かを得られる、と言ったことはなかった。

 その場にいる誰もが、和佐と日向の様子に首を捻っていたが、最後までその真意を知る事は出来なかった。

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