二話 御前市

「ん~……着きましたねぇ」

「はぁ……もう疲れた……」

「駄目ですよ兄さん。これから私達は敵とも言える相手の懐に飛び込むところなんですから、もっとシャキッとしないと」

「誰のせいだよ……」


 そこまで重くはないはずだが、荷物を両手に持った和沙の顔は酷く疲れた様子だった。それもこれも、最近フリーダム気味な妹が原因なのだが、それを口にするような愚は冒さない。どう言ったところで、和佐が鈴音に口で勝てる筈も無いのだ。

 荷物を降ろし、ぐるりと周囲を見回す。流石は現在の日本の執政機関が集中しているだけある街と言える。その発展具合は佐曇市の比ではなく、まさしく都会といった様相だ。しかし……


「……」

「どうしました? 初めての都会で緊張でも?」

「いや……別になんでもない。うん、特に何も、無い」

「??」


 確かに、佐曇市と比べるとかなり街らしい街だろう。行きかう車の量も遥かに多く、道行く人々の姿もスーツ姿が多く、ここがビル街である事を思い知らせてくれる。


 しかし、だ。

 和佐の知るそれこそ都会と言えば、所謂東京なのだが、実のところ行った事が無いわけでは無い。むしろ、神社関連でまだ温羅の動きが活発化していない頃は一年に一度は行く機会があり、和佐にしてみれば都会とは見知った場所、と言っても過言ではないものだ。

 この御前市は、まさしく当時の東京のような光景が広がっている。つまり、変わっていないのだ。あれから二百年も経ち、技術も進化し続ける中、何故か街の様子などには目立った変化が見られない。それこそ、インフラやエネルギー関連での変化はあるだろう。しかし、外観に関するものが変わっているか、と言われると首を傾げざるを得ない見た目であり、そのせいで和佐の頭は少々混乱していた。


「もしかして、貴女が佐曇市から来た鴻川さん?」


 不意に、少し離れた場所からそんな声が聞こえて来た。

 鈴音がそちらに振り返ると、手を振りながらおそらく和沙と同年代と思われる少女が近づいて来る。人の良さそうな柔和な表情を浮かべ、傍まで近寄ってくる姿は、近所のお姉さんが知り合いを見つけて寄って来る、といったイメージを浮かび上がらせてくれる。


「あの……鴻川さん、で良いわよね?」

「……え? あ、はい! 私が鴻川鈴音です」


 鈴音の視線が一点に集中し、そのせいか一瞬反応が遅れた。


「よかった~……。ごめんなさい、迎えに来るのが遅くなって。色々と野暮用が重なっちゃって、なかなか抜け出せなかったの」

「大丈夫です。私達も今来たばかりなので」

「ふふ、ありがとう。そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は筑紫ヶ丘つくしがおか睦月むつき。貴女が御前市にいる間、私が色々と面倒を見る事になるからよろしくね」

「あ、よろしくお願いします」


 綺麗な九十度の位置で腰を折る睦月の立ち振る舞いは、どこぞの良いところのお嬢さんそのものだった。加えて、うなじの辺りで結われた青みがかった髪がサラリ、と音を立てて流れ落ちる。そんな何気ない事にすら上品さ感じさせる少女だ。

 しかし、そんな上品さを印象の隅にやる程、彼女の体の一部が異様に主張している。胸だ。

 今しがた、一瞬鈴音の返事が遅れたのも、その豊満な胸に目が引き寄せられたからだろう。

 佐曇でも凪や葵といったそれなりに恵まれた体形をしている者は少なくない。が、凪はそもそもバランスという点で見ると、極端に大きいわけでは無いし、葵も体の小ささが強調させているだけで、身長さえあれば多少大きい程度でしかない。

 しかしながら、この睦月は違った。

 男性が十人通りがかれば、十二人が振り返るであろう凶悪な物を持っていた。


「それで……こっちの子は?」

「こちらは兄さんです。今回、私の一人旅では色々と問題があるかもしれない、との事で付き添いという形で来てもらいました」

「どうも、鴻川和佐、です」


 目立たず、と言われた手前、あまりインパクトのある自己紹介などは不要だろう。和佐の役目は、あくまで鈴音のフォローと裏側での調査だ。わざわざ覚えてもらう必要も無い。


「そう……ごめんなさい、そういった話を聞いてなかったから」

「いえ、事前に話しておくべきだったこちらの落ち度かと。それに、兄さんの引率も土壇場になって決まった事ですから」

「そうなの? まぁ、そういった事もあるわよね」


 疑う事を知らないのか、それとも単にお人好しなだけなのか、睦月は案外簡単に鈴音の言葉を信用した。

 しかし、睦月の聞き分けの良さもどうかとは思うが、それ以上に……


「……よくもまぁ、あそこまで口から出まかせを……」

「何か言いました? 兄 さ ん?」

「何でもないよ」

「??」


 二人でこそこそと何かを話している様子を見て、疑問符を浮かべる睦月。しかし、次の瞬間には元に戻っている二人を見て、あまり詮索しようとしない辺りその人の良さが窺える。


「とりあえず、これから祭祀局の本局に案内するわ。二人共……お兄さんの方も連れて行っていいのかな……」

「来た以上は無関係ではありませんので、一緒に行く事を希望します」

「そ、そう? 鈴音ちゃん……で良いわよね? 貴女がそう言うなら私も文句は無いわ。一緒に行きましょう」

「ありがとうございます」


 グッ、と睦月には見えない角度でサムズアップを向けてくる鈴音。本気で和沙は妹がどういう方向性を目指しているのかが分からなくなっていた。

 何にしろ、彼女の機転の良さはその強かさと並んで折り紙付きと言える。こういった人との交渉関連は鈴音に任せるつもりなのか、下ろした髪の向こうで苦々しい表情を浮かべながらも、大人しく後に付いていく和沙だった。

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