三話 祭祀局本局
当初、和佐が想っていた通り御前市の街並みはそこまで未来的なものではなかった。むしろ、和佐が元いた時代と比べると、全体的にコンパクトな印象を受ける。それは建物然り、今和沙が歩いている歩道然り、だ。
しかしながら、コンパクトではあるものの理路整然と整えられた街並みを見るに、やはりここが未来の都市である事を再度確認させられるようで、まるでお上りさん、と呼ばれても仕方が無いほど周囲に視線を巡らせている少年が一人。
「どうしたの? 何か珍しいものでもあった?」
「え? あぁ、いや……うんまぁ、そんなところ」
一応取り繕ってはいるのだろう、いつものような険のある話し方ではなく、どこか引っ込み思案な、マイナスのイメージを持ってしまう口調の和沙だったが、そんな相手にも真摯に接する睦月はやはり善良な部類に入るのだろう。時彦の話していた本局のイメージからはかなりかけ離れた人物だ。
「兄さん、あまり地元から外に出ませんから。やっぱりこういう大きな街に来ると、色々と物珍しい事が多いんですよ。好奇心だけは一人前にあるので」
鈴音からのフォロー……なのだろうが、最後の一言は余計だ、とでも言いたげな視線を向ける和沙。しかし、今の彼女は所謂外行き用の顔だ。こうなったら最後、完全にプライベートな空間に入るまで、崩れる事は絶対に無いと言える。
「確かに、ここは一応今の日本じゃ一番大きな街だから、珍しい物が沢山あると思うけど……気を取られてはぐれないでね」
腰に手を当て、人差し指を立てるその仕草は、まるで小さな子に言い聞かせているようにも見える。確かに、睦月自身はその体格や雰囲気から年上のように錯覚する事もあるが、それでも和沙とそう離れてはいない。……と言うよりも、終始そのような仕草や態度を見せるので、もしかしたら癖になっているのかもしれない。
「はぐれないで下さいね、兄さん」
非常ににこやかな笑みを浮かべる妹に抗議の視線を送るものの、受け取る方はどこ吹く風だ。
「寛容過ぎるのも考え物か……」
ここ最近の妹に対する姿勢はそれなりに柔らかいものだった。それに味を占め、調子に乗り出している、と思いたくは無いだろうが、それでもこういう状況になったからには、ある程度線引きはしておいた方がいいだろう。
「どこらへんがいいかねぇ……」
少女二人の後に続きながら呟くも、自問自答のそれに答えられる者は誰一人としていなかった。
「さて、ここが祭祀局の本局よ。正式には本部管理局、って言うんだけど、みんな本局って呼んでるわ」
流石は国の省庁の一つにもなっている組織、その見た目は佐曇支部とは比べ物にならない程、役所といった雰囲気を醸し出している。しかしながら、祭祀局などと大仰な名前が付いているものの、元は神道関連の組織のはずだ。和沙のイメージでは、大きな神社、といった様相を浮かべていたのだろう。完全に想定外の建築物に、全ての元凶でもある本人は茫然としている。
「付いてきて」
睦月に言われるがまま、本局の中へと招かれる鈴音と和沙。入ってすぐ、エントランスホールのようなスペースが広がり、少し飾り気の無いところを除けば、ホテルのエントランスと言われれば納得してしまいそうな内装をしている。
「二人共、こっちよ」
手招きしながら、睦月がエントランスを抜け、奥へと向かっていく。流石は本局所属と言うべきか、警備員が塞いでいる場所も、睦月の顔を見た途端に横に避け、特に何かを見せるわけでもなく通る事が出来た。
脇目も振らない睦月の後ろを黙ってついて行く二人。心なしか、彼女の醸し出す雰囲気が外にいる時よりも重く感じる。それだけ厳粛な場所ということか、もしくは彼女をそうさせる別の理由があるのか。
「着いたわ。ここよ」
そう言いながら、睦月はある扉の前で止まった。相も変わらず神聖さなどカケラも感じられない重々しい扉を開き、二人を招き入れる。
中に入ると、五人の少女と、菫よりも少し年上と思われる女性が待っていた。それぞれ背丈も年齢も違うところから、佐曇のように年齢に関係無く実力で選ばれているようだ。
入ってきた睦月と、その後ろに付いてきた二人の人物を見て、各々独自の反応を示しているが、共通しているのはただ一つ、興味だった。
「ようやく来た「これはこれは、何と愛らしいお嬢さんだろうか!」
監督官か、もしくは指揮官と思われる女性の口が開いた瞬間、その隣にいた少女が大仰なポーズを取りながら、鈴音へと近付いてきた。
「こんな可愛らしいお嬢さんが新しい仲間かい? これはボクも捗りそうだ!」
少女、と表現するには少々ボーイッシュな見た目と口調のその人物は、恭しく鈴音の手を取ると、まるでガラス細工でも触るかのような手つきで撫でている。一見、鈴音の顔は平静を装っているが、和佐の位置からは鈴音の首元に鳥肌が立っているのが見えている。見た目は悪くはないのだが、如何せんその仕草が受け付けないのだろう。若干笑顔も引き攣っているように見える。
「あの……すみませんが、手を放して頂けますか?」
「おっと、失礼。あまりにも君が魅力的だったものでね」
バチン、と音でも聞こえそうな程、大げさにウインクをして見せると、彼女は他のメンバーの元へと戻っていく。背後から見ていた和沙は、鈴音が先ほど握られた手を後ろに回し、前から見えないようにしてさすっているのが見える。
「……そろそろいいか?」
「あぁ、これはこれは申し訳ない。心配しなくても、後で貴女も可愛がってあげるよ」
ピキ、と何かに罅でも入るかのような音が聞こえた。周りで見ていた他の少女達は、またか、とでも言いたげな表情をしている。
「……はぁ。思わぬ前座に時間を取られたせいで後が閊えている。悪いが自己紹介はシンプルにやらせてもらうぞ」
「問題ありません」
菫とはまた違った雰囲気を醸し出すその女性を前に、鈴音は物怖じ一つせず、頷いて見せた。
「では……
「あぁ」
力強く頷き、前に一歩踏み出したのは、横一列に並んでいた少女達の中で、ちょうど中心の位置に立っていたくすんだ赤毛で短髪少女……いや、見た目からは女性と言われても違和感が無い人物だ。先ほどのボーイッシュな少女とは別の意味で中性的な雰囲気を纏っている。
「私は
流石は本局の巫女隊の隊長、と言うべきだろう。その目から伝わる力強さは、佐曇では終ぞ感じる事の無かったものだ。強い意思や責任感がひしひしと感じられる。
「それじゃあ次はボクだ。ボクは
「よろしくお願いします、
なかなかに手厳しい。というより、断りも無く手を握られた事を許して無いのだろう。にこやかではあるものの、その声色は冷たい。
「やれやれ、恥ずかしがり屋さんめ」
「……」
「明先輩、そういうのはいいですから。アタシは
「いえ、そういった事には疎いので……」
明を押しのけて前に出てきたのは、明るい色の長髪をサイドテールにしている少女だ。モデルをしている、と聞くと凹凸のはっきりとした体形などを想像させるが、顔はそれなりに整ってはいるものの、体形自体はそこまででもない。もしかしたら、被服関係の関係のモデルなのかもしれない。
「そっかぁ……結構有名なんだけどなぁ……」
「……モデルだから有名なのではなく、巫女がモデルをしているから有名なのでは……」
紫音に辛辣なコメントを薙げるのは、端に立っていた紫音とは対照的に地味めな印象を受ける少女だ。肩口で刈り揃えられた黒髪や、それなりに整った身だしなみなどから、地味ではあるものの、見た目自体は悪くは無い。そもそも、ここにいるメンバー全員が何かしら整った見た目をしている辺り、容姿で選んでいるのではないか、と邪推するのも仕方ないだろう。
「
簡潔に、かつ必要な情報のみを口にした少女は、そのまま元いた場所へと戻ってしまう。
「悪いね、千鳥君はシャイなんだ」
「……違う」
これまた短く否定された明だったが、堪えたような様子は見せない。相当にメンタルが強いのか、もしくはただの馬鹿か。
「次は……」
「私はもう自己紹介済みです」
睦月は先ほどここへの道すがら、自己紹介を済ませている。改めて、は必要無いと判断したのか、最後の一人へと視線が向けられる。
「ん~……何?」
「いや、何って……貴女の順番よ?」
「あぁ、そう……。
果たして本当によろしくする気があるのか。そう思われているであろう瑠璃は、金色の長髪の髪先を指に巻きながら遊んでいる。会話すらする気が無いようだ。
「知っているかどうかは分からないが、この瑠璃が現状ではウチの最大戦力となる」
「という事は、この人があの……」
和佐も耳にした事はあるだろう。本局にいる”神童”の事を。二年前にここ御前市に出現した大型温羅を討伐する際、一番に先陣を切り、最も被害を与えた事で有名だ。
本人はそんな事気にも留めてはいないが、その実力はいかに、と言ったところだろう。
「最後になるが、私が監督官の
「こちらこそ。……改めまして、私は鴻川鈴音です。未だ若輩の身ですが、どうぞよろしくお願いします」
腰を折り、頭を下げる鈴音を、一同は黙って見ていたが、そこでここまでは一切触れてこなかったある事を言及する。
「ところで、だ。その後ろのは……」
瑞枝が横目で和佐を見やる。
「あぁ、兄です。鴻川和佐、と言います。今回、私一人では心配だ、とのことで付き添いとして来てもらいました」
「兄……?」
訝しげな視線で和佐の足先から頭のてっぺんまで目を通す瑞枝。そんな視線を向けられながらも、和沙が気にした様子は無い。いや、無いと言うよりも目を付けられないよう、大人しく振舞っていると言った方がいいか。
ある程度品定めが終わった瑞枝は、和沙から興味を失ったのか、視線を外して鈴音へと向き直る。
「一先ず、兄の事は理解した。が、身内とは言え、ここは祭祀局本部局。紹介も終わった事だ、ご退室願おうか」
瑞枝がそう言うと、鈴音は背後にいる和佐に目配せを行い、小さく頷く。それを見た和沙は、そのまま黙って部屋から出て行った。
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