第61話 新人到来 中

 夏休みもあと一週間程で終わりを迎える。そんな日に、巫女隊のメンバーは突然の招集を受ける。

 連絡を受け、向かったのは祭祀局佐曇支部。先に別の場所で集まっていた凪、七瀬、日向の三人は、局に着き次第応接室のような場所へと通される。

 それから少し遅れて、和佐が姿を見せる。腹部の傷は快方へ向かっているのだが、まだ昏睡していた時の体力が戻っていないのだろう。少しばかり足がふらついている。

 挨拶を交わす事もなく、近くの席に座った和佐。それだけで、少女達の談笑の声が途切れる。病院から抜け出したあの一件以来、和佐と他のメンバーはほとんど顔を会わせていない。お互いの認識の擦り合わせ、誤解の解消などはされていない。

 唯一、鈴音だけは凪が退院した後も通い続けていたようだが、本隊所属ではない彼女はここにはいない。他に仲介者でもいれば、双方の間で言葉の一つでも交わされただろうが、それがいない以上、だんまりを決め込んでいる和佐に話しかけるのは難しいだろう。


「悪いわね、こんな時期に集まってもらって……、何? この空気」


 沈黙が棘のようにその場にいる者を刺し始めた頃、ようやく彼女達に招集をかけた人物が姿を見せた。


「……まぁいいわ。全員揃っているわね。先日、ようやく本隊に昇格する候補生の選定が終わりましたので、こうして集まってもらった次第です」


 菫の言葉に、メンバー各々がそれぞれの反応をする。


「早いですね。欠員が出てからまだ三週間しか経ってませんよ」

「そうね、いつもは選定にそれこそ二ヶ月とかかかっていたけど、今回は例外。唐突な欠員だったし、何よりここ最近の襲撃傾向を見れば、いつもみたいにじっくりと選んでいる時間は無い。いくら大型を二体撃破した後だとは言え、ね」


 チラリ、とその視線が和佐へと向けられる。が、当の本人は我関せず、といった様子だ。


「なるほど、新学期が始まるまでに私達に馴染ませたい、ってことね」

「そういうこと。とはいえ、そこまでチームワークに苦戦する事は無いと思うわ。……二人共、入ってきて」


 菫が扉の向こう側へと声をかける。その呼び声から一拍程置き、ゆっくりと開かれた扉から入ってきたのは、二人の少女達。

 二人の内、一人はよく見る顔だった。しかし、もう片方はこの場にいるメンバーのほとんどが初めて見る顔なのだが、例外が一人だけいた。


「神戸さん?」


 声をかけたのは七瀬だった。彼女は意外そうな表情を浮かべながら、他の面々が面識の無いもう一人を見ている。そして、声をかけられた少女はというと、一瞬だけ和佐を見たかと思えば、次の瞬間には七瀬へと目線を戻していた。


「感動の再会は後にして、まずは自己紹介からね。それじゃあ、もうみんな分かってるとは思うけど、貴女から」


 指名された少女が背筋を真っ直ぐに伸ばして、一斉に向けられる視線を堂々と受け止める。


「この度本隊に合流する事になりました、鴻川鈴音です。中等部二年生です。武装は太刀で、主に前衛を担当します。よろしくお願いします」


 ……そう、誰もが面識のある一人とは、鈴音の事だった。本隊合流への責任感からか、外出時の雰囲気よりも更に凛とした空気を纏っている。


「鈴音さんは、現候補生の中では成績がダントツだったわ。正直、迷う余地は無かったわね」


 菫が先日口にしていた無駄だった、とはそういう事だ。直談判に来ていた時には、既に彼女の合流は決定していたのだから。


「実技の成績もそうだけど、彼女の場合は隊長の適正もあるから、将来的にはそちらを任せる事になるかもね。藤枝さんに色々……、水窪さんに色々教えてもらいなさい」

「はい」

「ねぇ、今私の名前出したわよね? 何で最後まで言い切らないの? 私の何が悪いって言うのよ!?」


 菫が次に紹介を促したのは、鈴音の隣にいる、先程七瀬が神戸と呼んだ少女だ。


「神戸……葵です。学年は中等部の一年、です。武器はランチャーなので、主に後方支援がメインになります……。要はDPSです」

「でぃ、でぃー……、って何?」

「『Damage Per Second』、時間内にどれだけダメージを与えるか、というゲーム用語です。詳しい説明は日向の頭で理解するのは難しいでしょうから省きますが、彼女の場合はロールを意味します。つまりダメージ量の高い役職、アタッカーという事ですね」

「ほぇ……?」


 果たして理解しているのかどうか。そして何気に酷い事を言っているような気もしたが、本人が気にしていないのならば良いのだろう。

 しかしながら、この葵という少女、そこはかとなく七瀬と同族の香りがしてくるのだが、それ以上に目を惹く部分がある。

 大きいのである。どこが、とは言わないが、その年齢にしては、かなりご立派な物を持っている。流石に凪に並ぶ程ではないが、順調に成長していけば、彼女すら越えるやもしれない。少なくとも、個性として見れば、十分過ぎる程だ。


「……」


 しかし、何故だろうか。先ほどから度々和沙へと視線を送る葵。何か気になる事でもあるのだろうか。


「どうかした? さっきから和沙の方を何度も見てるけど」

「いえ、別に……」

「……あぁ、そういえば、神戸さんは男性が苦手なんでしたっけ?」

「苦手、と言うとまた誤解されそうですが……。単純に、嫌いなんです。男の人が」

「嫌いって……、またキャラの濃いのを合流させたわね……」

「初耳だわ、その情報。資料には記載が無かったのだけれど」

「普通、そんな事まで書かないでしょ」


 凪の言葉通り、菫が参考にした資料は、あくまで候補生の巫女としての能力の評価が記載された物であって、その人物の紹介が書かれている訳では無い。故に、こういったイレギュラーが発生するのは仕方が無い事なのだが……。


「……」


 あまり友好的とは思えない視線を投げかける葵とは対照的に、和沙はただ頬杖を付いて彼女をジッと見ているだけだ。最初は、その珍しい体系に目を取られているのかと思ったが、その視線は葵の目を注視したまま微動だにしない。

 いや、そもそも目が開いているからと言って、その意識が彼女に向けられているとは限らない。和沙の表情も、目の前の少女を探るようなものではなく、ただつまらなそうにしているのが見て取れる。


「あの……、何ですか?」


 散々声をかける事を躊躇っていた葵だったが、その視線には耐えられなかったのか、ついに和沙へと言葉を投げかけてしまう。


「……」


しかし、やはり答えない。無機質な瞳が、ただただ少女に向けられるだけだ。室内に気まずい空気が流れる。原因は葵なのだが、彼女に対し一言も発さない和佐もそれを助長させている。


 そんな空気の中、一同の視線は和沙へと集中するが、当の本人が言葉を発する事は無かった。



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