六十四話 想定外
現場は非常に混乱していた。その理由としては、まず第一に指揮系統が混乱しているから、というのがある。現場に出ている彼女達は守護隊として戦う訓練は受けているものの、それらはあくまで本部からの指示があるという前提に上に成り立つものだ。現在のように、上が機能していなければ、全体の動きは鈍くなる。それどころか、場合によっては戦う事が困難な状態にすらなり得るのだ。
かと言って、何も行動しなければ、被害が広がるばかりだ。それだけは何としても避けたい。
「狼狽えるな!! まずは状況を確認しろ!!」
やるべき事は分かっているものの、まずは何から手を付ければいいのか迷っている守護隊のメンバーであったが、そんな彼女達を奮起させるかのような声がその場に響き渡る。――紅葉だ。彼女の勇ましい声が辺り一帯に広がり、その声を耳にした者達は、これまでの混乱が一気に引き、それぞれが周囲の状況を確認するなどといった動きを見せ始める。紅葉の一言で冷静に戻った、という事か。もしくは、自分達を導いてくれる人物が現れた事で、本来のパフォーマンスを取り戻したと言うべきだろう。
元々団体行動を主としていた彼女達は、リーダーさえいれば十全の力を発揮する。それを示すかのように、突如として現れた多数の温羅をサーチ、そしてその殲滅へと移っていく。
「……」
「何か心配事でも?」
紅葉の傍へとやって来たのは、彼女の従巫女である充だ。守護隊でもかなり上の立場にいる充は、その実績や実力から紅葉の副官のような扱いになっている。彼女が従巫女の中でも最も信頼を置く人物、と言っても過言ではない。
そんな充が何やら難しい表情を浮かべている紅葉に問いかける。しかし、紅葉はその表情を崩さず、また口を開く事も無い。従巫女である自分には言えない事なのか、と充は傍から見ても明らかな落胆の姿勢を見せる。
そんな彼女の様子に気付いたか否か、ボソリと紅葉が呟いた。
「……おかしい」
「どうかしましたか?」
その呟きを聞き逃さなかった充は、同学年でありながら、巫女隊の隊長という大役を仰せつかっている少女へと問う。立場上の事もあるのだろう、充の紅葉に対する態度は少なくとも同年代に対するものではない。
「いや、各方面からの報告を纏めていたんだが……この分散の仕方は何だ?」
「分散ですか?」
「これまでの奴らの傾向から、小型が多数出現する時は必ず固まって出現していた。多少離れる事はあれど、基本的には群体だ。でなければ、個々の能力が生かしきれず、守護隊に押し負けるからな。しかし、今の奴らはその反対……、広範囲に広がってはいるが、そのほとんどで我々の攻撃に対応出来るだけの数が揃っていない。何か意図があるとしか思えないな」
「意図? 温羅が作戦行動を行っていると?」
「可能性はある。実際、百鬼などはこちらの行動を見て学ぶ。そして、こちらの動きに合わせるだけではなく、時には行動そのものを完全にコピーしてくる事がある。それで瑠璃の居合を真似られ、手古摺った事もあったくらいだ。百鬼がそうなんだ、温羅全体が何かの指示通りに動いていたとしてもおかしくはないだろう」
百鬼の凄まじさは、実際に体験した事が無い充には分からない。しかし、巫女隊のOGや現役からはその恐ろしさを何度も聞いており、少なくとも何度も相対したくはない存在だという事は伝わっている。しかし、百鬼が物を考えるというのは初耳なのだろう、驚いた表情を浮かべていた。
「仮にそうだとして、私達はどうすればいいんでしょうか?」
「……迎え撃っていてはキリが無い。敵は見つけ次第殲滅。それに合わせて、温羅が通ったと思われる道を見つけ、それを辿る。行き着く場所に、今回の大量発生の元凶があるはずだ」
「了解しました」
紅葉の指示を受けた充は、端末で矢継ぎ早に受けた指示を伝えている。その横で、方針が決まったにも関わらず、紅葉は苦い顔をしていた。
この判断が最善と言うわけでは無い。これは言ってしまえばごり押しのローラー作戦だ。見つけた敵を有効活用するのではなく、見敵必殺且つ、痕跡を片っ端から洗っていくという非常に効率の悪い方法でというわけだ。睦月がいれば、こんな判断を下した紅葉に文句の一言でもあったのだろうが、いかんせん彼女もまた自分の従巫女と共に別の地区で対応を行っている。行動を共にする余裕など無いだろう。
指示を終えた以上、紅葉に出来る事はただ一つだけ。
判断が間違っていない事を祈るだけだった。
「さって……、これは当たり……か?」
少し離れた場所から、和沙はソレを眺めていた。
茶色の肌に、尾のようにうねる足。丸々と太ったソレは、そこいらのビルなど容易に倒壊させてしまうだろう。
和沙の視線の先にあるのは、大方予想通りの物体。いや、生物だろうか、どちらにしろ、和佐にはソレが『温羅の何か』、である事以外は分からなかった。
何せ、その太い根からは、次々と温羅が生み出されていたのだから。
そう、根だ。
下水道であの根を目撃した時から、その正体は巨大な木である事は予想できたが、よもや根、のみだとは思わなかった。何しろ、地面からは生えているのは根だけであり、その根が本来繋がっているはずの幹がどこにも存在しない。いや、もしかすれば地上に出てきていないだけかもしれないが、そうなれば根が上に来るという事で、非常にシュールな体勢を取っているのだと思われる。
「名前は逆さ樹、ってところか?」
そんな頓珍漢な事を呟きながら、温羅が這い出てくる根を見つめている。何やら、ロクでもない事を考えている顔だ。
「なるほど、それもアリか」
終始不敵な笑みは崩さず、懐から取り出したSIDで誰かに連絡を取る。果たして、その相手とは……
「ね~、鈴音ちゃん~、私達はこれでいいの~?」
ちょうど紅葉の隊が温羅の痕跡の捜索を行っている場所から少し離れた所、そこで鈴音を初めとした第八小隊の面々が揃って待機していた。そんな中、日和が不満げではないものの、今の事態を考えるとこんな場所で待機を命じられた自分達の状況に疑問を抱えていた。オープン状態にするように言われた端末からは、常に他の小隊からの報告が流れている。戦いたいわけではないだろうが、守護隊の役目は何も戦う事だけではない。今現在他の隊が行っているように、温羅の痕跡調査なども普段彼女達が行っている仕事の一つだ。
「とは言ってもねぇ……。本部からは緊急事態に備えて迂闊な行動は控えろ、って言われてるし……。睦月さん達も頑張ってるから、私もそれに続きたいとは思うけど、私のここでの立場を考えると、本部の指示を無視するわけには……」
鈴音が尻すぼみになりながらも、そんな事を言っていると、唐突に彼女のSIDが呼び出し音を鳴り響かせる。その音に面々は一瞬ギョッとした表情になったが、その画面に表示されている名前が鈴音の兄という事もあり、すぐにどこか呆れたような溜息が漏れる。
「こんな時に通信なんて~、愛されてるね~」
「そういうのじゃないって……。はい、何ですか、兄さん?」
囃し立てる従巫女達を背に、鈴音は端末を耳に当て、兄に問いかける。が、つい今まで困惑の表情だった彼女の顔が、驚愕の色に染められる。
「それ、本当ですか?」
「ん~?」
「何かあったんですか?」
流石に他のメンバーも鈴音の様子がおかしい事に気付いたのか、彼女の傍までやって来る。
「兄さんが言うには、今回の事態の大元がどこにあるか分かったって」
「大元……発生源という事か?」
玲が真っ先に反応する。そして、彼女のその言葉が間違っていなかった事を示すかのように、鈴音の首が縦に振られた。
「え、ちょっと待って下さい! どういう事で……切れた」
「何て言ってたの?」
「いや、場所を教えるから、私達が頑張ってどうにかするように――って」
「ここまで信用出来ない人もそうそういない」
「まぁ確かに、そうなんだけど……」
燐の辛辣なコメントに悲しいかな反論が出来ない。しかし、この中で唯一和沙の正体を知っているのが鈴音だけである事を考えると、彼女達の言う事は分からないでもない。
「でも~、このままここで不毛な時間を過ごすよりも~、信用出来なくても~、何かありそうなそこに行ってみればいいんじゃないかな~?」
「それもそうか……。なら、行くだけ行ってみれば良いんじゃないか? 八田隊長にこの場を少し離れる事を伝えておけば、後々言い訳もつくだろうし」
「そだね~」
「まぁ、みんながいいなら……」
立場的には通常のメンバーと変わらないが、この中で最も年長の玲の言う事に、他のメンバーは異論が無い様子だ。鈴音もまた、それに同調するも、和沙の言っている事が本当ならば、守護隊のメンバーを非常に危険な場所に連れて行く事になる。一応、彼女達の指揮権を預けられてる鈴音の一言で彼女達を止める事は出来るが……
「ほら~、行くよ~」
日和に呼ばれ、慌てて彼女達の後を追いかける中隊長。しかしまぁ、彼女達が良しと決めたのであれば、それを否定する気が無い鈴音は、大人しく付いて行く事に決めた。
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