七話 思惑

 鈴音が新たな友人? の扱いに四苦八苦している一方、和佐は出来る限り目立たない事を念頭に置き、他の生徒と一切関わりを持たずに一日を過ごそうとしていた。

 流石に転校生に興味を持つ生徒はチラホラ見かけるも、声をかける程の勇気は無いのか、あくまで遠巻きに眺めているだけで、実際に声をかける者は誰一人としていなかった。ただ、一部を除いて、だが。


「おいおい、聞いたか? このお坊ちゃん、あの鴻川の兄貴なんだってさ」

「鴻川って、あの中等部に転校してきた、佐曇のエースとか言われてる鴻川の事か? そんなすげぇ妹がいるんだから、兄貴の方はさぞ大層なモンなんだろうなぁ」

「こんな陰気な奴がかぁ? 冗談だろ? こういう奴が持ってんのは力じゃなくてこっちだろ」

「へへへ……」


 下卑た笑みを浮かべながら、和佐の目の前に立つ長身のクラスメイト。先ほどから聞いていると、どうやらあまり周囲に関わろうとしない和沙に目を付けたらしく、このずっとこうして視界のど真ん中に入るような場所を陣取っている。


「……おい、あれ大丈夫なのかよ?」

「井坂と長山だろ? 関わるなって、目ぇ付けられたら最悪だぞ」


 この二人は井坂と長山と言うらしい。他の生徒の口ぶりによると素行のあまり良くない、所謂不良と言われる類のようだ。


「なぁ、ところでよう転校生君? 俺ら、今ちょ~っと懐が寂しくてさ、家がお金持ちな鴻川和沙君に少~し、心付けってもんが欲しいな、って思うんだけどよ」


 少し前まではあくまで視界に入る程度、だったのが今では肩を組んで和沙に直接言う程にまで近づいてきている。


「なぁ、いいだろ? どうせ親からたんまり小遣い貰ってるんだからよ」

「……」


 両側に立たれ、挟み込まれるような構図になった和沙に、周りにいる生徒達は哀れみの視線しか向けてこない。


「俺な、良いところ知ってんだ。ちょっとそこまで付いてきてくれるか? なに、悪いようにはしねぇって。大人しく出すもん出せば、の話だがよ」


 グッ、と体重をかけ、和佐が前のめりの体勢になる。頭一つ分程身長差がある相手だ、単純な力や重さでは勝てない、そう思っているのだろう。井坂と長山はそうやってどんどん和沙にプレッシャーをかけていく。

 流石に耐えかねたのか、和佐が席を立とうとすると、それを見た井坂が和沙の腕を取って引きずる様にして教室から出て行こうとする。


「はぁい、一名様ご案内~」

「キャッチじゃねぇんだからよ~」


 聞く者を不快にさせるような笑い声を上げながら、和佐を連れて行く井坂と長山。


「……」


 そんな彼らの姿を、廊下の影から眺めている者がいた。




「この辺でいいか……」


 この時間帯は使われていない倉庫の影、そこに連れてこられた和沙は、手を離されると同時に、建物の影に張り付き、周囲に誰もいないか確認する。幸い、今日この時間は部活動をしている生徒も少なく、ここいらを通る人影は皆無に近い。

 それを確認した和沙は、改めてここに自身を連れて来た二人の前に立ち、二人に対し眉間に皺を作り、下から睨みつけている。


「……さりげなくとは言ったがな、ありゃなんだ? お前らはいつの時代のヤンキーだよ」

「あ、あはは……」

「でも、さりげなく抜け出せたじゃないですか。大変なんですよ、あのキャラ維持するのって」

「だろうな」


 先ほどまで悪ぶった態度とは違い、井坂と長山は和沙を前に随分と萎縮した様子を見せている。先ほどまでは頭一つ分程差のあった身長も、今では縮こまって和沙と大差無いほどだ。

 この井坂と長山という生徒、実は佐曇支部から事前に送られた間諜、つまりはスパイの一家だ。長い時間をかけて、この地に馴染み、今回のような事があれば、こうして和沙に情報を渡すのが仕事なのだが……どうやら和沙は些か不機嫌な様子だ。無理も無い、あんな連れ出され方では、目立つなと言う方が無理がある。場合によっては厄介な相手から目を付けられかねない。


「……まぁ、この際後の事はなるようになるとして……で、どんな感じだ?」

「あ、はい。俺達で色々調べたものがこちらに……」


 手渡されたのは、小さなメモリーカード。それをSIDの側面にある差し込む口に差し込むと、中身が端末の画面上に表示される。


「本局の勢力図……か?」

「正確には、この街全体の、です。今、この街では大まかに分けて三種類の勢力が存在しています」


 画面上に表示された三つのマーク、その一つにカーソルがフォーカスされる。どこかで見たことのあるそのマークに、首を傾げている和沙に説明をする為か、井坂が和沙の端末を指差す。


「なんか見覚えが……」

「見た事がありますか? このマークは祭祀局のマーク。その中でも一番上の浄位の紋です。浄位に付き従う大体の者は、この紋が入った何かを身に着けています。まぁ、自分は浄位の派閥だ、と言っているようなもんですね」

「つまり、三つの内の一つはその浄位だと?」

「はい。で、二つ目が……これです」

「変な模様だな」


 次に焦点が当てられたのは、組織としてのマークではなく、どちらかと言うと大昔の家紋のような物だ。少なくとも、和佐が目にした覚えのある物ではない。


「これは長尾の家紋ですね」

「長尾? 誰だそれ?」

「本部局長……つまり、本局のトップです。祭祀局全体で見れば頂点は浄位の御巫家ですが、実務や執政などを行う本局の中では一番上になります。現在、奴が中心となり、祭祀局全体の実権を握ろうとする動きが水面下で行われており、それを支持する者達が長尾に協力している形ですね」

「水面下って……、情報が漏れてる時点でとっくに水面に出てるじゃないの」

「その辺りは詰めが甘いんでしょう。事実、調べればいくらでもこういった情報は出てきますから。そして最後が……」


 こちらも今と同じ個人の家の家紋のようだ。しかし、こちらは先ほどの長尾の物と比べると随分難解な形をしている。


「祇園守紋だとかなんだとか呼ぶらしいですね、それ。昔の有名な武将が使っていたとかなんとか」

「これが三つめか? 一つ目は祭祀局トップ、二つ目は本局のトップ、じゃあ三つ目はなんだ? 事務職のトップだとでも言うのか?」

「いえ、こちらは祭祀局も本局も関係ありません。いや、厳密には関係自体はあるんですが、祭祀局内部の組織ではない、ということです」

「祭祀局……じゃない?」

「はい。照洸会、と呼ばれる宗教団体をご存知ですか?」

「聞いたことがあるような無いような……」


 井坂が後ろにいた長山へと目配せを行う。それに頷き、長山が井坂の代わりに端末を指しながら、説明をし始める。


「民間信仰の一つっすね。ただ、その対象が神様じゃなく、祭祀局の浄位を祀ってるってのが問題なんすけど」

「はぁ……? 待て待て、どういう事だそれ。祭祀局の関係者じゃないのに、浄位を祀ってるって事か?」

「そういう事っす。まぁ、この街じゃ祭祀局の浄位ってのは一種の神様みたいなもんで、洸照会じゃなくてもそれなりに崇められてはいますがね。洸照会の連中はその中でも突出して~、ってやつですわ」

「なんともまぁ、奇怪な連中もいたもんだ……」


 ボソリと呟いた言葉には、呆れとも哀れみとも取れる感情が混じっていた。

 確かに、過去の事を考えれば御巫家を崇め讃えるのはおかしくはない。しかし、行き過ぎればそれはカルト教団となんら変わりは無くなる。それが利益目的の宗教団体ならばまだしも、信仰心が強くなればなるほど、過激な団体へと変貌していく。人とは得てしてそんなものだ。


「この洸照会なんすけど、今のところ大きな動きを見せてはいないっすね。ただ、市民に対して強引に勧誘したりしてるのが問題にはなってるみたいっす」

「勝手に信仰するのは結構だが、それを他人に強要するとなると……面倒な連中筆頭か……」

「とは言っても、影響してるのが一般市民が主であって、後々ヤバそうなのは本部長派っすね。連中、人を蹴落とすの事も平気でやるような奴らっすから」


 確かに、所詮は一カルト宗教、公的に力を持つ祭祀局本部長に比べれば、面倒である事には変わりは無いものの、極端に害があるわけではない。むしろ、ただ信仰しているだけなら健全と言えよう。強引な勧誘は咎めるべきだろうが、そこに留まっているだけまだマシだ。


「浄位派に動きは無いのか?」

「ありませんね。現状の力で満足しているのかは分かりませんが、浄位派が何かを企んでいる、という情報は今のところ入ってきてはいません。むしろ、ここが動けば色々とマズイ状況ではないかと思うのですが……」

「まぁな。実質、今この国を思い通りに動かす事が出来る人間の一人……その中でも突出して力を持っていると考えてもいい。そんな状況で保身に走る事はあれど、他者を蹴落とす為に迂闊に動く、なんて事はしないはずだ。……だとすると、今一番危険なのは本部長か」

「そうなりますね。どうします?」

「決まってる。お前らには引き続き長尾の動向を調べてもらいたい。逐一、とは言わん。何か大きな動きがあれば、その都度報告してくれればいい」

「了解っす」

「分かりました。和沙様もくれぐれもお気を付けを。それと、何かあった時、咄嗟に録音状態に出来るよう、端末を設定しておく事をお勧めします。音声データも、証拠としては十分に有用ですから」

「そうしとく」


 話が付き、三人が端末を懐へと仕舞おうとしたその時、和佐が突然井坂を突き飛ばし……いや、押して自分を後ろへと倒した。

 突然の事で、一瞬混乱した様子を見せた井坂と長山だったが、その場に響き渡る声を聞き、二人もまた、急いで先ほどまでの不良のような、そうでもないようなキャラを装い直す。


「おい、そこで何をしてるんだ!」


 まるで子供向けアニメの一幕にでもありそうな登場の仕方で現れたのは、井坂、長山と比べても見劣りしない程、高い身長を持ち、それでいて端正な顔立ちをした一人の男子生徒だった。


「チッ……何の用だ、立花」


 立花、そう呼ばれた男子生徒は、鋭い視線で睨みつける井坂を前にしても一切怯む事なく足を踏み出してくる。


「何の用? 君らこそ、こんな場所に転校生を連れ込んで何をしてるんだ?

「てめぇには関係ねぇよ」

「そうかい? 俺にはクラスメイトが困っているように見えるんだけどな。そして、困っているクラスメイトを助けるのは当然の事。だろ?」

「……チッ、いい子ちゃんが。頭に乗りやがって」

「おい、井坂……」

「仕方ねぇ……行くぞ、長山」


 立ち去る直前、チラリと和沙を見た井坂はそのままの足でそこから立ち去っていく。入れ替わりでやって来た立花と呼ばれた男子生徒が、未だ尻もちをついたままの和沙の前に立ち、右手を差し出してくる。


「大丈夫だったかい?」

「え? あぁうん……」


 その手を借りながら立ち上がった和沙は、服に付いた土を払う仕草をしながらも、目の前の少年を横目で観察していた。

 スラっとした長身に、整った顔立ち、いかにも女子にモテそう、と言うよりも、女性に人気の出そうな容姿をしている。また、先程の行動を見ても、正義感が強いのだろう。人望もかなりありそうだ。非の打ちどころの無い人間、とはこういう者の事を言うのだろうか。


「あいつらには気を付けた方がいい。あぁやってよく他の生徒に絡んだり、喧嘩を売ったりしてるんだ。腕っぷしにも自信があるのか分からないけど、少なくとも負けた、って話を聞かないから、それなりに喧嘩は強いだろうし。まぁ、また何か言われたり、今回みたいに変な所に連れ込まれそうになったら言うといいよ。俺が何とかするからさ」

「ありがとう、そうさせてもらうよ。えっと……」

「あぁ、俺は立花、立花たちばな辰巳たつみだ」

「よろしくね、立花君」

「あぁ、よろしく」


 和沙にとって、この出会いは幸か不幸か。一通りまとまっていたとはいえ、話し合いを潰された以上は、不幸に入るとは思うが、それでもこうして友人になりえる存在を得た事は幸運と言えよう。

 人の良さそうな笑みを浮かべる立花に、和佐も同じように力無く笑うものの、そこにはこれから友人になるであろう人物に向ける親愛など、微塵もなかった。

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