六話 心機一転?
「どうですか兄さん、どこか変なところありませんか?」
「ん~? 別におかしくは無いと思うが……」
「はぁ~……、駄目ですね、兄さんは。そういう時は誉め言葉の一つでも入れるのが出来る男の会話術というものですよ」
「お前は俺に何を求めてるんだ……」
冬期休暇明けの一日目。つまるところ、本日から世の中の学生は学業が再開されるのだが、例に漏れず、この兄妹もそれに倣い新しい学校へと向かう為の準備を行っていた。
急な転校ではあったものの、冬季休暇が重なっていた事もあり、それなりに余裕はあった。その為、前の学校の制服で登校する、なんて心配は無かった訳だが……
「やっぱり前の学校の制服で良かったんじゃないか? 多分、これそんなに長いこと着ないぞ」
「佐曇の制服だと目立ちますよ。目立ちたくないと言ったのはどこの誰ですか?」
「それはまぁ、そうだけどさ……」
制服がどうの、という事ではなく、いずれは元の学校に戻る以上、この制服が無駄になりかねない。そう考えたうえでの言葉だったのだが、鈴音の言う通り、格好が目立てば動きづらくなるのは当然の事だ。例え無駄になったとしても、この制服が重要である事には変わりない。
「二人とも、準備出来た?」
玄関の方から、ここに来て毎日のように聞き、既に慣れ親しんだ声が響いて来る。
「すみません、すぐ行きます! ほら、兄さん! 行きますよ!」
「ちょ、引っ張るなって!」
鈴音に引っ張られ、玄関へと向かうとそこで待っていた睦月の笑顔に迎えられる。
「おはようございます」
「……おはようございます」
「はい、おはよう。うん、いいじゃない、二人共よく似合ってるわよ。……和沙君はもう少しシャキッとした方がいいかもしれないけど」
「……すみません、これで精いっぱいなんです」
「そう? じゃ、仕方無いわ。それじゃ、行きましょうか」
「はい!」
睦月が先導し、これから向かうのは当然学校だ。見れば、和佐達以外にもチラホラと制服姿の学生が同じ方向へと向かっているのが見える。更に言うと、目に付く学生の全員が同じ制服である事から、この地域の学校も、現在和沙達が向かっている学校しか存在していないようだ。この辺りは以前菫から聞いていた情報と合致する。
「それでね、食堂のデザートが凄く美味しくてね」
「そうなんですか!? これは一度味わってみないといけませんね」
家を出てからここに来るまで、一切途切れない少女達の会話には感心を覚える。しかしながら、この冬季休暇中に何度も会っていた事もあり、既に鈴音と睦月は姉妹と言っても過言では無い程仲が良くなっている。住んでいる場所が場所なだけに、今まで同じマンション内で同年代の友人がいなかったとのこと。それ故に二人が引っ越してきてくれて嬉しかったのと同時に、生来のお節介な部分が働き、今では二人を弟と妹のように扱っている。
鈴音にとっては姉妹がいない事も相まって、睦月の存在は大歓迎のようだが、いかんせん和沙に関してはそうはいかない。
「なんだか元気が無いわね。もしかして、緊張とかしてる?」
「え? いや、そういうわけじゃないです……」
何かを話すわけでもなく、ただ黙って後ろを付いて来る和沙が心配になったのか、顔を覗き込んでくる睦月に、和佐はあまり覇気の無い声と共に、首を横に振るだけだ。
別段調子が悪いわけでは無い。ただ、初めにそうキャラ付けをしてしまった以上、強く出る事も出来ず、ただこうして弱弱しげな少年を演じる他無かった。
「ならいいんだけど……。何かあったらすぐに言ってね。約束よ?」
「あぁ、はい。分かってます」
依然、睦月の心配そうな視線が和沙へと向けられるも、当の本人はただ彼女から要らぬお節介が鬱陶しいとも言い出せず、こうして力無く返事をする事しか出来なかった。
「……。ところで睦月さん、学校ってどのくらいで着くんですか?」
「え? あぁ、そうね……ここからあと十分もあれば着くんじゃないかな?」
「意外と近いんですね。これなら学校に忘れ物してもすぐに取りに戻れますよ」
「忘れない努力をしてほしいかなぁ……」
鈴音が何気なしに振った話題によると、どうやら学校自体はもう目と鼻の先らしい。別に少し歩けば着くだろうし、周囲を見れば歩いている学生の数も先ほどと比べてかなり多くなっている。いちいち聞かなくても自ずと分かる事を何故聞くのか、と思うだろうが、簡単な話、単に和沙に助け船を出したに過ぎない。こういうところは気が利く妹なのだが、最近の和沙の扱いはそれなりに酷い。
「ほら、あれが私達が通う君影八幡第一学舎よ」
「……大きいですね」
鈴音が少し呆気にとられたような声を出す。今まで行っていた学校も、小中高一貫であった為、それなりに大きな学校だったのだが、鈴音と和沙が現在前にしている校舎の大きさは、そちらとは比べ物にならない程大きく、それでいて近代的なデザインをしていた。
「ほら、二人共そんなところで立ってないで、付いてきて」
門から少し入ったところで睦月が手招きをしている。どうやら教員室まで案内をしてくれるようだ。
睦月の後に続き、中に入った和佐と鈴音は外観もそうだったが、一層近未来感を醸し出している内装に驚嘆の声を上げる。白を基調とした塗装に、各所に取り付けられたモニターが本日の予定を映し出している。また、階段とは別にエスカレーターや円柱型のエレベーターも完備しており、その要素だけならどこかの大型ショッピングモールに見えない事もない。
「さて、着いたわ」
案内されたのは、大きな自動ドアだ。そこに電子パネルで「教員室」と表示されている。
「失礼しまーす……。中等部と高等部の学年主任っていらっしゃいますか? 転校生を連れてきたんですけど……」
顔を覗かせた睦月の声に、二人の教師らしき人物が手を振りながらこちらに来る。
「じゃあ、私はここまで。また後で会いましょ。二人共、頑張ってね」
言うや否や、睦月もまた自分の教室へと向かって行く。随分と忙しない、と思ったが、ここまで来るのに存外に時間が掛かってしまっている。正直、時間的にはギリギリなのだろう。これ以上引き留めるのも悪いと思った二人は、そのまま睦月の背を見つめながら見送る事にした。
「それじゃ、挨拶してもらえるかしら?」
主任に紹介された教師――
「はい、私は――」
「ねぇねぇ、鈴音ちゃん~」
「え? はい!? え? どうしました?」
HR、始業式といった一連の流れが終わり、そろそろ帰る準備でもしようかとしていた頃、これまで遠巻きに眺めていた生徒の内の一人が唐突に話しかけて来た。完全に不意打ちであった為、少々驚きはしたものの、すぐさま外行きの表情と口調を作る。
「別に普通でいいよ~。わたしもそうするし~」
「ふ、普通とは何のことでしょう……?」
「惚けてもだめだよ~。ちゃあんと分かってるんだからね~」
「……」
鈴音の目が細められる。慣れ慣れしい、そう言ってしまえばそれで片が付くのだが、もし彼女の行動に何か意味があるのなら、ここで相手をしないわけにもいかない。
「はぁ……分かりました。で、何か用? ていうか、貴女は誰なの?」
「おぉ~、やっぱり思った通りだ~。何か、話し方とか所作とかおかしいと思ってたんだ~、固いっていうのかな~? そんな感じ~」
「分かったから、私の事を分析するのはやめてもらえない? 下手に丸裸にされると立つ瀬がないんだけど」
「おぉ~、丸裸~」
「ぐ……この子、めんどくさい……」
どうやら鈴音をもってしても、かなり厄介な手合いのようだ。先ほどから話自体は行っているものの、会話が噛み合っていないように思える。話が通じないのか、それともただマイペースなだけなのか。
「あ、そうそう~、わたしの事なんだけど~、わたしは~
「え、えぇ、よろしく……」
「えへへ~、これで友達だよ~」
「ん、んん……? あまり話が見えないんだけど……」
「えっとね~、こうやって一緒にお話しするとね~、友達になるの~」
「……なんだか色々と段階をすっ飛ばしてる気がするのは気のせいかな……?」
「気のせいだよ~」
この独特な話し方、それに纏っている雰囲気も相まって、鈴音のペースになかなかどうして上手く持っていく事が出来ない。それでいて、マイペースさが尋常ではない為、和沙のように上手くあしらう事が出来ずにいた。
「あ、言い忘れてたんだけど~」
「……何を?」
「わたし~、守備隊の第八小隊隊長なんだ~」
「………………は?」
衝撃の事実が明かされた。
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