五話 一息

「ここが貴女達の住むマンションよ」


 そう言って案内されたのは、学生二人が住むにはあまりにも場違いではないかと思うようなマンションだった。所謂タワーマンションというやつなのだが、内外共にセキュリティが完備されており、まるで重要人物でも住んでいるのかと思わせるような鉄壁さだ。

 ここを選んだのは時彦のようだが、ここまで大層なセキュリティは必要無いのではないかと鈴音は思っているのだろうが、和佐は違う。


「これが鍵、それとセキュリティのカードキーと後は……」


 睦月から次々と家の受け取っていく鈴音だが、何故睦月がそれらを渡してくるのか、これを意味する事を理解して、少しばかり表情が固くなっている。


「そうそう、これも。ごめんなさい、到着して早々に知らない大人と接するのはどうか、って話になって、それで私がこうして色々と案内する事になったの。家の事とかも一緒。それに……」


 言いながら睦月はマンションの中へと入っていく。そして、入り口のカードリーダーに鈴音に渡した物とは別のカードキーを差し込むと、正面の扉が開いた。


「私もここに住んでるの。だから、何かあったら遠慮無く言ってほしいかな」


 確かに、住民であればある程度の勝手は分かっているだろう。睦月がこうして案内するのは理に適っていると言える。ただし、その背後に祭祀局本部局という組織が無ければ、の話だが。


「さて、ここが貴女達の部屋。私の部屋はここから三つ隣だから、何かあったら遠慮なく呼んでね」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます……」


 笑顔で手を振りながら、自分の部屋へと帰っていく睦月に、兄妹が揃って頭を下げる。その姿が完全に見えなくなると、鈴音がドアを開き、中へと入っていく。……が、和佐は睦月の消えた方向をジッと見つめていた。


「兄さん? どうかしました?」

「……いや、何でもない」


 しかし、すぐにそちらから顔を逸らし、部屋の中へと入る。


「家具などは既に届いてますね。多分、私達の主だった荷物ももう部屋の方へと運ばれていると思うんですが……何してるんですか?」


 部屋の中を色々と見回っている鈴音だったが、和沙が何やらコンセントを弄り回したり、家具と家具の隙間を覗き込んだりしている事に思わず疑問……ではなく、おかしな事をしている兄に呆れたような意味を含んだ言葉を投げかける。しかしながら、和佐はその言葉に対し、一瞬視線を返すだけで何も口にしない。


「??」


 とはいえ、和沙の行動はいつも何かしら意味を持っている。今回もそうなのだろうと考えた鈴音は、自身の荷解きもそこそこに、ここまでの疲れが溜まった足を休ませるため、ソファーに身を沈める。

 これらの家具は全て鴻川の実家から送られた物であるが為、とうに慣れているはずなのだが、こうして環境が変われば物は同じでも、使用感が変わるというのはよくある事。今の鈴音もそれを実感しているのか、何度か身を捩ってベストポジションを探していた。


「何やってんだお前……」


 そこへ散策を終えた和沙がやって来る。本人にとっては心地よさを求める動きであっても、第三者から見ればただの奇怪な動きにしか見えない。和沙の目は、妹を見る目ではなく、どこか未開の地で踊っている原住民でも見るかのような目だった。


「探索は終わったんですか?」

「探索? 何の話だよ」

「いえ、さっきからゴソゴソしてたので、何か気になる物でも見つけたのかな、と」

「そういうんじゃない。ここの案内に本局が噛んでたのが気になってな。家具の設置なんかも、本局の誰かが立ち会っている可能性がある以上、盗聴器の一つでも仕掛けられているんじゃないかと思ったんだ」

「で、結果は?」

「ゼロ、だ。見た感じはな。まぁ、それこそミクロレベルの超小型とか仕掛けられてたらどうしようもないが、そんな物があるなら俺らの暮らしももっとハイテク化してるだろうし、まぁ無いだろ」

「そんなものを仕掛ける程、恥知らずではなかった、と言う事ですね」

「お前もなかなか言うね……」


 和沙もまた、鈴音と同じように体をソファーの上へと投げ出す。脱力しながらそのまま身を任せると、先程まで座っていた祭祀局のソファーとはまた違った感触が返ってくる。それが気に入ったのか、和佐はただ黙って身を任せていた。


「そういえば」

「……あん?」


 ふと、思い出したかのように鈴音の口が開く。


「さっき、筑紫ヶ丘さんの後をずっと見てましたが、何かあったんですか? それとも、兄さんの好みってあんな感じの人なんですか?」

「何の話だよ……。ただ少し気になっただけだ」

「あの人の好みが?」

「その口縫い合わせてやろうか? ……あそこまで俺達……お前に親身になる事が、だ。性分なのか、それとも上の指示なのかは分からんが、出来るだけ味方が敵かは見極めておいた方がいい。いざという時、背中から撃たれるのもあれだしな」

「特に敵意などは感じられませんでしたが……」

「裏切る前に敵意を見せる馬鹿がどこにいるんだよ。油断を誘う為の常套手段だ。今は親切かもしれないが、それに慣れきって背中を見せた途端に撃ち抜かれる、なんてよくある話だ」

「そこまで警戒する必要があるんでしょうか……」


 鈴音が首を傾げる。確かに、睦月の印象はそういった智謀策謀を張り巡らせる、といったものではない。むしろ、雰囲気だけならば、それこそ姉のような印象を受ける。強いて言うなら、近所に住んでいる幼馴染のお姉さん、と言ったところか。


「まぁ、その辺は兄さんにお任せします。私はせいぜい陽動くらいしか出来ませんから」

「任せろ、とは言い切れないのがなぁ……。ん?」


 和沙が何かに気付く。と同時に、鈴音もその異変に気付いた。家具や、その中に収納されている物が音を立て始めたのだ。いや、正確に言えば、それらが独自に出しているものではない。


「揺れてる?」

「地震……ですかね? そんなに大きくありませんが……」

「……」


 震度で言えば三あるかどうかだろう。揺れの大きさとしては大きくはない。むしろ、人によっては気付かないレベルだ。


「……あ、収まった」


 微弱な揺れという事もあり、地震自体はそこまで長く続く事は無く、そのままゆっくりと波が引いていくように収まっていった。


「……向こうにいた時は地震なんてほとんど体験したなかったから分からんのだが、地震ってよくあるのか?」

「そうですね……、佐曇ではほとんど無かったと思います。ただ、地域によっては一年に一度は地震が来る、なんて地域もあるようです」

「あくまで地域によりけり、って感じか……。まぁ、この国にいる以上、地震なんざ珍しくもなんともないしなぁ」

「そうですねぇ……」


 地震とはいえ、その規模の小ささからいちいち気を割く必要は無いと判断したのか、団欒を続行する二人。

 結局、夜が深くなるまで二人揃ってノンビリしていた結果、食事の用意などを忘れ、運良くやって来た睦月の引っ越し祝いで救われたのはまた別の話。

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