第29話 体調はいかが?

「結果を言うと、悪化している。確実に」


 和佐は、何を言われたのかが分からない、と言いたげに後ろについてきている菫へと振り向く。が、すぐに視線を戻すほどに彼女の表情は険しかった。


「……とは言っても、まだ治療をすればなんとかなるレベルに収まっている。が、早めに治療を進めなければ、将来病院漬けになるぞ」


 和佐の目の前にいる医師が、スクリーンに映ったレントゲンを指す。が、別にそこまで詳しくない和沙にしてみれば、何がどう問題なのかが分からない。


「……はぁ、潰瘍、と言えば分かるか? シンプルに言えば、なんらかが原因で内臓が内側から傷つけられていくんだ。お前さんの場合、それが色んな内臓に出来ている。今はまだ、多少痛んだり、違和感を感じる程度で済んでいるが、将来ここから癌になったりもする。早めに治療しておくのが良い」

「……原因はまだ?」

「不明だ。ストレスと考えるのが一番だが、内臓にここまで影響を及ぼすものなら、先に精神に来るのが普通だ。が、その傾向は見られない。あと考えられるのはアレルギーだな。こっちも、胃や腸が荒れてるのは分かるが、流石に肺に影響が行ってるのはおかしい。空気アレルギーでも持ってんのか?」

「え? ん~、検査してないから分かりませんけど、もしかしたらあるかも……?」

「皮肉で言ってるんだ。そんなアレルギーがあるか」

「他に考えられる原因は何かありますか?」

「そうだな……」


 医師が頭を抱えて考え込む。以前からこの医師には和沙が世話になっているが、その腕は一流、むしろ市内はおろか、県内でも彼以上はいないとされるほどだ。そんな人物が頭を抱えるほどの原因不明の病に罹っている和沙は、一体何なのか。


「……一つだけ、それらしいものがある」

「なんでしょう?」

「巫女だ」

「巫女?」


 端的に言われたその言葉に、菫を言葉をそのまま返す事しか出来ない。が、医師の表情は固く、ここから先を言うのを躊躇っているようにも思えた。


「……正確に言えば、巫女としての力、と言うべきか。本来、巫女の力の源である洸力を生成し制御する器官は女性にしかない。が、何故かそれを持つ和沙の体は、それに適応しながらも反発を見せている、というのが俺の考えだ。まぁ、確信があるわけじゃないし、それが原因だとするなら、変身そのものが危険になるから、巫女を辞めろと言わざるを得んのだが」

「それは困りますね」

「だろうな。だからあくまで推測の一つと考えておいてくれ。支部長に睨まれたくはないからな」

「前科がありますからね」

「やめてくれ……」


 過去に何かあったのだろうか。医師の苦い顔を見るに、時彦とはあまり良い関係ではないようだ。


「その支部長からなのですが、一応あなたの耳に入れておいてほしい、と言われている事がありまして……」


 チラリ、と菫が和沙を横目で見る。どうやら彼に関する事のようだ。

「……和沙君、待合室の方に行っててもらえる? 後で私も向かうから」

「え? あぁ、はい」


 菫を怪しむわけでもなく、素直に診察室から出ていく和沙。その姿が完全にドアの向こうへと消えたことを確認した菫は、医師に向き直り、真剣な表情を作る。


「で、何だ? その話ってのは」

「彼の出自の事です。以前、資料はお送りしたはずですが、目は通されましたか?」

「軽く、な。こういう立場上、ああいった話を聞いた事自体はあるが、流石にそれとあの小僧を結びつけるのは少々強引じゃないか?」

「我々もそう思っていたのですが……、先日の戦闘で彼があり得ない事をしまして」

「あり得ない事?」

「現象の具現化です」


 医師の表情が強張る。驚愕の表情ではなかったことに、それはそれで驚くが、もしかしたら、これがこの医師の驚いている表情なのかもしれない。


「具体的に言えば、彼は先日大型との戦闘で雷を自身の周囲に発生させています。共に戦っていた巫女の証言と、洸珠に記録されていた断片的な映像からそれを確認しました」

「現象の具現化……? 武器の収納・取り出しとは別のものか?」

「そうですね、体の周りに纏わりつくようにして発生させていたのと、まるで海を通すかのように走らせていたのを確認しています。武器、と言うよりも特殊能力と言った方がいいかもしれません」

「現象ねぇ……、小僧の洸珠の力じゃないのか? 解析はしたんだろ?」

「確かに、以前解析はしていますが、凡そ今現在分かっているものが詰め込まれている、としか分かりませんでした。ですが、あの洸珠にはまだ何かがありそうな事も分かっています。そう考えると、我々が解析出来なかった部分がその雷を発生させたのかもしれません」

「ブラックボックス化した洸珠、か……。男でありながら洸力の制御が可能といい、今回の現象の具現化といい、あの小僧に関わってたら暇になる事が無いな」

「本人も記憶が無い中で奔走しています。周りだけでなく、あの子自身も忙しいですしね」

「何はともあれ、あいつの体に関しては、もう少しこちらで調べてみよう。そっちは例の件を当たってくれ」

「分かりました」


 簡単な礼を告げると、菫が医師に向かって頭を下げ、そのまま診察室を出ていく。残った医師は、スクリーン上に映る和沙の体の情報を眺めながら、小さく呟く。


「全く、巫女と関わると退屈しないな」

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