四十六話 緊迫と緊張の中で

 この戦線を維持しきれば勝ち、とは言ったものの、正直なところ既に限界に近かった。ただでさえこれまでの攻防で消費しているうえ、対する百鬼の動きは時間が過ぎる毎に正確に、そして速くなっていく。紫音は目が良く、また睦月は普段からよくそういった相手と相対しているからか、まだ目で追う事は可能だが、それでもほんのワンテンポ遅れる程度には差が開いてきている。このまま押し切られるのも時間の問題だろう。


「この!! 止まれ!!」


 琴葉が隙を見て銃撃を行うものの、もはやそれで止まる様子は見せず、むしろ相手にすらされていないような状態だ。とりあえず決定打を与える事の出来ない琴葉は置いておき、まずは防衛の要である睦月をどうにかする事を決めたようで、ここに来て猛攻撃を繰り出してきている。それに何とか合わせようとするも、開いた差がそう簡単に埋まる事は無く、徐々に御装の防御を貫かれ、傷が増えてきている。致命的なものでは無いが、それでも血が滲み、そこかしこが赤く染まっているその姿は痛々しい事この上ない。

 そんな状態になりながらも、今だ諦めず、戦う姿勢を見せるのは後ろに控えている者達を想うが故、だろう。睦月が倒れてしまえば、瞬く間に琴葉がやられ、紫音も距離はとっているものの、百鬼にとってその程度、詰める事は造作も無い。

 つまり、睦月が倒れればその時点で終わり、という事だ。一応、辰巳もいる事はいるが、壁にすらならないのは誰の目から見ても明白だ。だからといって、相手は温羅、手加減などしてくれるはずも無い。


「くっ……!」


 上下左右色んな方向から防御を崩そうとする刃に精一杯な様子の睦月。先ほどまでなら、合間合間に攻め手を挟み、何とかテンポを崩そうと画策していたものの、今ではそれすら満足にいかない。

 しかしそれ以上に問題なのが、既に彼女の腕は満足に薙刀を振る程の余力すらも無い事だ。度重なる重撃により、想像以上の負担がかかっていた彼女の腕は、もはや正面から敵の攻撃を受ける以外の動きをとれていない。いや、とれないのだ。

 そもそも、本来は前衛タイプとはいえ、援護をメインにしている為、こうして真正面からの打ち合いは苦手の部類に入る。普段であれば、その役は守護隊の従巫女に任せるし、巫女隊のみの戦闘であっても、紅葉が相手の攻撃を一挙に引き受けてくれる。故に、こうして敵の攻撃をまともに防御するという経験がほとんど無い睦月にとって、非常に厳しい以外の何物でも無い。


「筑紫ヶ丘先輩!!」

「っ!!」


 琴葉の言葉で真後ろに飛び退くと、百鬼目掛けて円筒のような物体が飛来する。守護隊が装備する、対温羅用のグレネードだ。小型であれば、致命傷を与えられるだけの威力はあるのだが、百鬼に対しては足止めにもならない。一瞬、後ろに下がる睦月へと反応するのに遅れたくらいだ。

 しかし、この攻撃のおかげで距離は取れた。例え数秒とはいえ、息を整える時間が取れた事を喜ぶのと同時に、改めて百鬼の姿を見て肩を落とす。やはりというか、ダメージに関してはほぼゼロに等しく、その行動を制限する事すら出来ていなかった。良い様に弄ばれただけ、と認識していいだろう。

 だが、ここさえ乗り切ればすぐに増援が駆け付けてくれる。本当に来るかどうかは分からない。が、そう思わなければこの状況を耐える事など到底出来ない。あるかどうかも分からない希望を糧に、睦月は改めて薙刀を握る手に力を入れる。

 と、ここで睦月がある事に気付いた。

 百鬼が目の前で構えている睦月を見ていない。

 その視線は、彼女の後ろ……つまり今しがたグレネードを撃った琴葉へと注がれていた。


「それは……させない!!」


 一瞬でマズいと悟った睦月。残った力を足に籠め、一気に百鬼の懐へと潜り込む。……が、まるで示し合わせたかのように振るった薙刀に刀を合わせられ、刃ではなかったものの柄によるカウンターを腹に受けた睦月は、そのまま百鬼の膂力にされるがままに吹き飛ばされる。

 舞い上がる砂煙の中、彼女の目は琴葉と辰巳に迫る百鬼の姿を映しているも、今の攻撃で四肢がまともに動かない。

 それまで行く先を防いでいた障害が無くなり、堂々と琴葉の眼前まで踏み込む百鬼。どうやら、先のグレネードの一撃で明確に脅威と認識されたようだ。爛々と輝く赤い目が、ただ琴葉を見据えている。

 その動きを止めんが為、紫音の遠距離狙撃が複数回浴びせられるも、弾道を見切っているのか、弾を避け、切り払われ、その体に一発足りとも届く事は無かった。


「このぉ……!」


 琴葉が正面から銃弾を放つも、それらは全て百鬼の甲冑のような外殻に防がれ、ただ跳弾するのみで、むしろ自分が弾を受けそうだと判断し、大人しく引き金を引く指を外した。

 その様子を見たからかどうかは分からないが、百鬼が一瞬、笑ったような音を出し、無慈悲にその黒刃を琴葉へと振り下ろした。


「させ……ない!!」


 が、横から庇いに来た辰巳によって、またしても琴葉が両断される事態は脱した。……かと思われた。


「先輩……構わず逃げてください!!」


 しかし、さっきと違い、ここから百鬼の気を引ける者はいない。紫音は建物の影に二人がいる為狙撃出来ず、睦月はまだ先のダメージから復帰出来ていない。

 もはや無駄だと分かっていても叫ぶ琴葉を前に、辰巳がその身を以て庇うかのようにその前にはだかる。無様にも、尻もちを着きながらではあったが、確かに背中にいる後輩を守ろうとして。

 そんな辰巳の様子を見て、嘲笑う価値すらないと判断したのか、一拍すら置かずにただ無慈悲に刀を振りかぶり、そして……振り下ろした。




「いつまでへたり込んでんだ。とっとと動けノロマ」


 振り下ろした刀が辰巳と琴葉に届く事は無かった。いや、それどころか、振り下ろす途中で静止している。否、静止させられた、と言った方がいいか。

 肝心の二人は、これまた何故か先ほどいた所から数メートル先で、もみくちゃになりながら転がっていた。その姿は、突き飛ばされたと言うよりも吹き飛ばされた、と言うべきか。……正確には蹴飛ばされたようだが。


「……最近体が鈍っててね。少しばかり相手をしてくれよ、サムライ」


 蒼い光を迸らせた和沙が、不敵な笑みを浮かべて黒刃を受け止めていた。

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