二十九話 安息を終えて
一泊二日の簡素ではあるが、疲れを癒すには十分すぎる程の休息をとった二人は、神前市に帰ってきてすぐに、自分達のいる場所へと戻って行った。
織枝は祭祀局に、そして和沙は立場的なアレはあるが、それでも女性と二人きりで旅行に行っていた事に随分と思う事を抱えている鈴音を宥める為に自宅へ。結果として、織枝の仕事の能率は上がったものの、彼女が再び和沙と出会う頃には、常に隣に立つ妹の機嫌をとろうと四苦八苦している彼の姿があった。
「……まだ拗ねてる」
今日もまた、温羅狩りに駆り出されている和沙と鈴音だったが、彼らの目的はいつもの壁際までやってきた温羅の処理ではない。あの樹を切る為の準備段階の為にこうして出てきたわけだが、やはり鈴音の機嫌はまだ治っていない。
「鈴音ちゃん、何があったかはこの際聞かないけど、この間みたいな事にならないよう、注意する事」
「分かってます」
鈴音の後ろには、彼女を咎めるかのように口を挟む睦月の姿があった。彼女もまた、今回の件で出動を要請されたのだが、この件にはあまり良い感情を持っていない様子だ。何故なら……
「こんなものを使うなんてね……」
睦月がチラリ、と視線を向けた先、そこには複数の装置が並んでいた。睦月や鈴音はともかく、和沙はその装置を見て、織枝が何をしようとしているのか、瞬時に理解する。
「まさか、長尾本部長が使ってた、温羅を誘い出す機械を使う事になるなんて……」
そう、彼女達の目の前にあるのは、かつて長尾が自作自演の為に使っていた温羅を誘い出す装置だ。この装置の情報が研究所には無かった事から、十中八九こちら側の技術では無いことは明らかだが、その出どころを明かす必要性は、今のところ無い。どのみち、今回の件の黒幕をどうにかすれば明らかになる事だ。
「まだこんなにあったとは思いませんでした。一体どれだけ保管されていたんですか?」
「分からないわ。本部長の自宅捜索のついでに隠し倉庫みたいなのを見つけて、そこに山ほど置いてあった、って聞いたから」
「増産したのか、もしくはそれだけの数を譲り受けていたか……。定期的に供給されていた、ってのもあり得る話だな」
「となると、やはりあの人は彼女と繋がっていた、と……?」
「実際のところ、正体ばかりは知る余地も無かったのかもしれん。だが、何にしろこんな装置を作っている時点でまともな素性でないのは明らかだろ。そこに意識が行かなかったのか、それとも分かっていてやったのか、どっちにしろ質が悪い事には変わりない」
知らなかったのならば、立場の割に警戒心も責任感も無いという事。逆に知っていたのであれば、最初から祭祀局の、人類の敵となる存在を自分の利益の為に利用した、という事だ。その成れの果ては悲惨のものだったが。
「例の結界装置は同時に起動させる必要がある。という事は、一度に複数の場所への襲撃が予想されるが、巫女の数はそれら全てをカバーできる程多くは無い。守護隊も頑張ってはいるが、ベースのスペック的にキツイものがあるだろうな」
「そこで、これの出番、という訳ですか?」
「そういうこった。要は叩かなくても引き寄せるだけでいい。こいつらを各地に設置して、作戦開始と同時に起動、こちらに温羅が引き寄せられている間に、樹を切り倒す、ってのが作戦だ。中に専用の爆薬を仕込んでおいて、温羅がうまい具合に引き寄せられたと同時に爆破すれば、一網打尽にも出来るしな」
「え、えげつない事考えるのね……。けど、それも有効よね。すると、この装置の中に爆薬が?」
「んなもん今考え付いたに決まってるだろ。当然、これの中身はデフォルトだ」
「……使えませんね」
「それは俺の事? それともこっち!?」
「さて、どちらでしょう」
幾分か機嫌を直した鈴音に弄ばれる和沙。その様子を見て、普段であれば真面目にするように注意する睦月であるが、そこまで現状を蔑ろにしているようには見えない。戦いになれば、和沙は即座にスイッチが入り、鈴音もまた今の状態であれば安心して任せられるだろう。結局、この兄妹は二人一緒が一番パフォーマンスを発揮しやすいようだ。
「はいはい、そこまでにしてちょうだい。私達に任務は、これを設置するだけで、今回は直接温羅や彼女とは戦わないだろうけど、気は抜かないようにね。どんなに小さな相手でも、敵は敵、こっちを殺しに来るんだから」
「当然、承知しています」
「……おたくより場数は踏んでるんだ。そうそうヘマはしないさ。百鬼だろうが何だろうが、向かってくるなら片っ端から排除するしな」
「今日の目的はそうじゃないって言ってるのに、もう……」
睦月が呆れたように、そして疲れたように肩を落とす。鈴音はともかくとして、とにかく和沙が言う事を聞かない。下手に指示に従わせると、戦力が激減するのであまり口は出したくないだろうが、それで済むほど簡単な話ではない。
「装置はどうやって運ぶんですか?」
「三人それぞれに何人か守護隊が付きます。彼女達が護衛するので、巫女が運ぶ、と言った感じね」
「……いや待て、俺もか?」
「そのつもりだけど、何か不都合が?」
「不都合しか無いだろ!? いきなり変な男の護衛に当てられる守護隊の気持ちも考えろ!!」
「変な男って、兄さんがそれを言うんですか?」
「大丈夫よ。お兄さん、って事は一部の人しか知らないから。むしろ、今の貴方の姿を見れば、新しい巫女の一人かな、って事で納得してくれるわ」
「……納得出来ねぇ」
未だに自分の外見が女性寄りである事を気にしている和沙だが、普段の言動から最近そう見られる事が無くなった、と本人は喜んでいた。が、そう見られる事が少なくなったのはあくまで内輪の話であり、依然初めて会う人には服装にもよるが、女性と思われる事が多々ある。本人はその事実から目を逸らしているが。
「一先ず、守護隊の子たちと合流して頂戴。あと、不用意な発言は控えるように。守護隊の子たちを混乱させるわけにもいかないから」
「……」
口をへの字に曲げていかにも納得していません、という表情の和沙の前へ、鈴音が妙ににこやかにフェードインする。
「がんばりましょうね、お姉ちゃん」
この一瞬で、家に帰ってそのまま布団の中に潜り、一生そこから出たくない衝動に駆られた和沙だった。
「では、我々が護衛を行います」
「ん、よろしく」
装置を運ぶ和沙の前に立つ四人の少女達。彼女達は睦月の従巫女で、いつもは彼女に付いて戦っているとの事なので守護隊としての実力は折り紙付きらしい。何せ、睦月自身が前にガンガン出て戦うタイプではないので、自身は後ろから指揮を執り、主だった戦闘は彼女達が担当している、との話なので、実力的には巫女として選抜されても申し分無いのだろう。そんな彼女達に守ってもらえるのだから、和沙としても心強いはず……なのだが、その表情はあまり芳しくは無い。
「……要はこれ、監視って事だろ」
そう、護衛と言えば聞こえはいいが、彼女達は和沙がサボらないように付けられた監視のようなものだ。当然、監視だからといって実際に和沙が暴れまわった際に止められるほどの実力は無いが、その内容を随時睦月に報告する自由と義務がある。下手な事は出来ない、というのが今の和沙の心情だった。
「では、設置場所まで向かいましょう」
「……」
表情は無表情を貫き通す。ボロを出せば、後々睦月に叱られる可能性がある。迂闊な行動は出来ない。もしも温羅が現れても、あくまで装置の守護に徹し、戦闘は彼女達に任せろ、とのお達しだ。勝手が出来ない事に肩が凝っているような仕草をするが、それを守護隊の少女が心配する。
「どうかしました? もしかして、一人で持つには装置が重すぎるとか!?」
「あ~……、大丈夫、大丈夫だから周りを警戒してて」
「はい、了解しました!」
はきはきと返答する少女に、和沙はウンザリしたような顔になる。彼女達にしてみれば、見た事の無い巫女隊メンバーではあるが、睦月から事前に情報を受け取っており、和沙が訳ありという事、実力的には彼女達に引けを取らず、相当なやり手である事は既に知っている。ただ、出来る限り内々の話にしておきたい、との事なので、和沙と共に作戦を行うのは睦月の従巫女達という事になった。当然、男である、という事は隠している。
「一つ目のポイントはもうすぐです」
「あぁうん、分かった」
彼女達の護衛の下、装置を設置していくわけだが、いかんせん数が多い。それだけ敵を分散させ、尚且つ多く引き寄せる為に必要な事ではあるが、それならば尚更機動力が高く、隠匿性の高い個人で行った方が良いのではないか、と思ったのを和沙は口にしない。彼女達も同様に思っている可能性はあるが、結局上からの命令である以上、何を言ったところで無駄である事は分かっているのだろう。もしくは、上……、主に織枝だが、彼女には何か深い考えがあるとでも思っているのかもしれない。
まぁ、否定は出来まい。事実彼女はこの事態の打開を最も望んでいる人間の一人だ。念には念を、という事も十分にあり得ると言える。
「止まってください」
そう言いながら、従巫女の一人が和沙へと静止をかける。恐る恐る曲がり角の向こうへと顔を覗き込ませ、その先に何があるのかを確認している。
確認が終わったところで、他のメンバーに合図を出し、一斉に展開する。こうして見ると本当に巫女と言うよりも軍隊のようにも見える。実際、彼女達が使用している武装が洸力によって起動している事を除けば軍隊のようなものだ。自衛軍よりもそれらしいと言えば、本職の人間が泣きそうなくらいに。
驚く程迅速に場を確保した彼女達は、この場が案を安全に確保した事を確認した後、和沙へとそれを伝える。和沙はそれに従い、ちょうどその通路の中心部分に装置を設置し、事前に教えられていた通りに動かしていく。手際がいいとは言えないが、作業自体はそこまで時間がかかる事も無く終わる。それを確認したところで、次の装置を取りに元の場所まで戻り、新しい装置を運び、再び設置する。それを何度か繰り返す事でようやく作戦が実行される、というものだが、いかんせん手間がかかる。これに関しては事前にそう伝えられてはいたが、情報として知っているものと、実際にやってみるものでは大きく労力が変わって来る。正直なところ、和沙は最初の一つ目で既に面倒臭くなっていた。
「待って下さい。どうやら先客のようです」
従巫女の一人が和沙を止める。彼女の視線の先には、何体かの温羅が群れており、移動するかどうかまよっているようにも見えた。
「どうする? 片付けるか?」
「……あまり音を立てるわけにはいきません。奴らの目的は私達では無いようですし、ここはやり過ごしましょう」
見敵必殺の和沙からすればあまり納得のいくものでは無かったが、よくよく見てみれば彼女達が緊張している事が分かる。和沙というVIPを迎えているうえ、自分達がそれを護衛したければいけないというプレッシャーにのしかかられているのだろう。経験自体は豊富だが、ここまで責任感のある任務に就いたことが無いのかもしれない。であるなら、確実性の高い方法をとるのが一番だと言える。
彼女の言った通り、温羅の目的は和沙達を探す事ではなかったようで、数分もするとその場から全ての個体が消え去っていた。一体二体であれば戦って倒す事も視野には入っていたが、あれだけの数がいた場合、音で周囲の温羅を引き寄せるだけでなく、中型以上の個体がいれば増援が来る可能性がある。彼女の判断は英断と言えよう。
「それじゃ、設置するからちょっと待ってて」
「了解しました」
和沙を中心として、四方へと着く従巫女の面々。その気になれば彼女達が引き金を引くよりも先に、敵の炉心を破壊する事も出来るのだが、それだと従巫女達の仕事を盗るという意味にもなる。ここは彼女達の役目に甘えておいた方がいいだろう。
既に設置した数は五つ程になっていた。ここまでくるともはや設置にはほとんど時間がかからず、慣れた手つきで迷う事無く配線を済ませていく。
「……」
自分の手際の良さにほれぼれしているかのような表情で装置を数秒程見つめ、次に行こうとしたその時だった。
上空から飛び出してきた一つの影。それは、従巫女達へは一瞥すらくれず、真っすぐに和沙を見据え、頭上から襲い掛かってきた。
彼女達が気付いた時には既に遅かった。まるで鷹のような姿をしたその温羅は無防備な和沙へと突進し、次の瞬間……
「……今度からは上も警戒すべきだな」
体の中心、ちょうど炉心の部分を右腕で貫かれていた。
大きさは中型と小型の中間辺りで、飛行という都合上、重さを軽減する為かかなり小型によったフォルムをしていた。その為、刀を使わずとも、腕の長さだけで炉心の位置まで到達し、易々と心臓部を貫いたのだ。
従巫女の少女達は、その光景をただ口を開けて見ている事しかなかった。何せ、温羅の動きも、和沙の動きも到底彼女達の目で追い切れるものではなかったのだ。それをいともたやすくやってのけた和沙に、呆然とした視線を送るしかない。
実のところ、和沙は最初から鷹型の温羅が上から見ている事を知っていた。知っていたうえでスルーを決め込んでいたのだ。この辺りはやはり経験だろう。いざとなれば自分がやればいい。そうでなければ、彼女達に任せる、と。結果としては自らの手で行ったわけだが、こういう日もある程度にしか考えてはいない。
「も、申し訳ありません!!」
だが、従巫女の少女達にとってはその程度、では済まない。四人揃って頭を下げてくるが、当の和沙は特に気にする様子も無い。実害を被ったわけでは無いのだ。彼女達の失態ではあるが、咎める程の事でもない。
「構わないさ。それよりも、次は頼んだよ。……もう動くのがしんどいから」
「は、はい! 了解しました!!」
リーダー格の少女が勢いよく返事をする。どうやら後半の小さく呟いた部分は聞こえていなかった模様。彼女だけでなく、他のメンバーも同様にかしこまった姿勢で和沙の言葉に対し礼をする。どうにもこの空気に慣れない和沙というと、微妙な顔をしながら頭を掻くしかなかった。
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