第85話 二百年の恩讐
「アンタもホント、ワンパターンよねぇ」
長い長い階段の頂上、境内を背にして街を眺めていた和佐の耳に、聞き覚えのある少女の声が届く。
「ワンパターンも何も、お前がここに来たのはこれが初めてだろ」
自身の隣、同じように座った凪に向かって和佐は視線すら向けずに言い放つ。事実、ここで人に会うのは三度目だが、そのどれもが別の人間だ。
「別に初めてじゃないわよ。アンタとここで会った、って言うならそうだけど。ここ好きなの? 鈴音が、前にもここにいたって言ってたけど?」
「好きか嫌いかの問題じゃあない。ここは俺が帰ってくる筈だった場所だ。
「え……」
凪が後ろを振り返る。風化し、あちこちが腐り落ちて最早見る影も無いその社だが、未だ目立つ倒壊はしていない。ホラースポットとして地元の若者が立ち寄るようのなってから、多少踏み荒らされたものの、まだ十分修復出来るレベルだ。
「それじゃあ、あの幽霊屋敷も?」
「俺の生家だ」
「oh……」
何を隠そう、過去にこの神社へと来た凪は、当然その家にも入った事がある。知らず知らずの内に、この街を救った英雄の家に土足で上がったと思うと、多少は罪悪感が湧いてくるのだろうか?
「とは言え、二百年もほったらかしなんだ。多少踏み荒らされたところで、大して変わらん」
例え、あの家が新築同然に綺麗に保たれていたとしても、和佐にとって家族のいないあの家に用は無い。未練が無いとは言い切れないが、所詮は物でしかないのだ。
「あぁ、だからいつまで経っても、取り壊されなかったのね。ミカナギ様の家だから」
「どうだろうな。ただ単に面倒だからだろ? 無駄に標高は高い、階段は長い、敷地は広い、下手に手を出しても、メリットが殆ど無いのは目に見えてるからな」
「そんな事は無いと思うけどねぇ……。けど、これだけ放置されちゃ、神様も怒ってそうね」
「安心しろ、俺が使ってる長刀と、オリジナルの洸珠が御神体だ。そもそも肌に離さず持ち歩いてる」
「へぇ?、あの刀が……って、ちょっと待ちなさい! それじゃ、アンタ御神体ぶん投げたり蹴飛ばしたりしてたの!?」
「そうなるな」
「この罰当たり!!」
「ウチの神様は寛容だから問題無い」
「大有りよ!!」
曲がりなりにも、力を貸してもらっているのだから、凪の言う事にも一理……百里はありそうな話だ。にも関わらず、和佐は一切気にしていない。仮にも神様に仕える身だろうに……。
「けど、安心したわ」
「何がだよ」
「いや、アンタがあんだけモロに感情出すことって無いじゃない? だから精神的にマズいのかな、って」
「情緒不安定なのは昔っからだ。あぁいや、正確には妹が死んでからか。唯一の心の支えが壊れて、人としての何かも崩壊した。それからはずっとあんな感じ」
あっけらかんとした様子で話す和佐だったが、その内容は決して楽観出来るようなものではない。妹が唯一の心の支え、ということは……他に頼れる人間が、もっと言うと味方がいなかったと考えられる。
祭支局の前身となった組織は、少なくとも温羅が出現し出した直後に設立されている。にも関わらず、それを頼りに出来ないと言うことは、凪としてはあまり考えたい事ではないが、当時の組織は少なくとも和佐の味方では無かったのだろう。巫女が少なかった、と言われればそれまでだが、他にもサポートのしようはある。
しかし、和佐の様子を見ていれば、そういったものを受けた経験が無い事は確かだ。或いは、本人が拒否していた可能性もあるは……。
「当時の祭支局とかは、どうだったの……?」
「祭支局? あぁ、昔は公社なんて名前でな、言い方は悪いが、役に立つ組織じゃなかった。今と同じで、税金という形で資金を確保していたんだが、その大半がどこかのお偉いさんの懐に消えてな、ロクにサポートに手が回っていない状態だった。まぁ、別にそれはいいんだ、元々御巫の役目だし、一人でやって行く覚悟もあった。だが……」
その表情に翳りが混じる。思い出す事すら辛いのだろうか。
「妹はな、生まれつき体が弱くてな、そのせいで病にかかってたんだ。けど、決して治らないものじゃなかった。時間さえかければ完治は可能だった。……それを当時の公社の責任者が担当医師に治療をしないように圧力をかけ、見殺しにした。それからだ、俺が今のようになったのは。それさえなければもう少し真っ当に……そもそも生きてはいない可能性もあったがな」
「……悪かったわね、そんな事を話させて」
「構わんさ。俺の独り言だ。だがな、組織と繋がる、というのはそういうことだ。小を殺して大を取る、なんてのは当たり前だと思っておけ。……俺にとっちゃ、この街に住む何万人の命より、妹一人の命の方が重かったがな」
和佐の利己的、あくまで自分本位な考え方は、こういった過去を経ているが故のものだった。簡単に批判など出来よう筈もない。利用され、大切な者を見殺しにされ、たった一つの協力者に徹底して奪われ続けた。まだ協力してくれる、と思う方が異常だろう。
「……そうね、その気持ちを分かってあげる事は出来ないけど、理解はするわ」
「ソイツは僥倖。もしも気持ちが分かる、なんぞとほざいたら、そんな下らん事しか考え付かない頭を焼いてやろうかと思ってたところだ」
「前言撤回、やっぱり理解できない」
「だろうな。俺も自分がどうしたいのかが分からん。人に理解出来るとは思えない」
半目で睨みつける凪の前で、和佐は不敵な笑みを浮かべる。本気で理解出来るなどと思っていなかったようだ。
「……」
「何だ、唐突に黙りこくって。センチに浸るなんて、柄じゃないぞ」
「うっさいわね!」
和佐に無言で視線を送っていた凪が、言葉での反撃を受ける。何か気になる事でもあるのか、その表情は何か言いたげなものだ。
「何だよ」
「いや……、それだけの事を経験してきたのに、私達にはマトモに接してたから、なんだかなって」
「……、お前らに対する態度に関しては、言ってしまえば罪滅ぼしみたいなもんだ。俺があそこでキッチリ奴を仕留めておけば、今頃巫女なんてものは存在しなかったかもしれない。そう思うと罪悪感が、な……」
「アンタ、ずっとそんな事考えてたの? ほんとに、もう……」
凪の顔には、呆れつつも小さな笑みが浮かんでいる。あくまで自らが成せなかった事への償いの形ではあるが、和佐は和佐なりに凪達と向き合おうとしていた。それが少し嬉しかったのだろう。
「だったら、少しは私達の事を信用してくれてもよかったんじゃないの? 記憶戻ってから、ぜーんぜん昔の事話してくれなかったし」
「必要無かったからな。出来ればこのまま話す機会なんざ無ければ良かったんだが……、現実は非情だな」
「話せ、って事よ。私達は仲間じゃないの」
「仲間……ね」
意味を理解するように、口の中でその言葉を反芻する。そんなものに恵まれなかった和佐としては、どう扱えば分からなかった、というのもあるのだろう。だからこそ、あんな付かず離れずの距離を保ったような接し方になったのだ。
「その言葉、俺の話を聞いてもまだ口に出来るのか?」
「してるじゃない。何かおかしい?」
「忘れたのか? 俺は黒鯨を討ち漏らし、この時代に奴が来るきっかけを作ったんだぞ? 奴から生まれた大型が、一体何をしたか……」
「だからこそ、ですよ兄さん」
忘れたのか、そう言葉が口をつく前に、その言葉を言わせないとするかのような声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます