第87話 過去の激闘、その果て
「そういえば、気になってたんだけど」
凪が思い出したかの様に口を開く。
「アンタ、この時代にはどうやって来たのよ? 天至型を連れて来た、って行ってたけど、それ以外何も言わなかったじゃない」
「確かに、詳しい事は一切聞いてませんでしたね。それに、あの天至型をどうやって倒そうとしてたのかも気になりますし」
「もしかして、和佐先輩ってタイムスリップが出来るんですか!?」
「流石にそれは……無いと思いますけど」
「タイムスリップ……、昔のアニメか映画でありそう。でも、大概が過去に行く話だった気が……」
関係無いかと思いきや、存外的を射ているのが約一名。そういうマニアックな知識も存外役に立つと言う事か。思い思いに口走る面々に、少し呆れたような表情を向ける和沙。確かに、時間を操る能力があるのならば、戦いだけでなく、色んな事に役立ちそうだが……。
「言い方が悪かったな、正確には連れて来たんじゃなくて、連れてこられたんだ。時空跳躍の力を持っているのは、俺じゃなくて黒鯨の方だ。奴に自爆する為に取り付いた時、流石に危険を察知したんだろうな、俺が取り付いたまま跳躍しやがった。その時の反動で、俺は記憶喪失になったうえ、跳躍した先が時間は違えど同じ場所だったもんだからそのまま海にダイブ、先輩が俺を見つけたあの時に繋がる、というわけだ」
「時空を跳躍する温羅、そんなのがいたのね……。って事は、また追いつめたら逃げられるんじゃ?」
「たかだか半年程度で、同規模の時空跳躍が可能になるとは思えん。黒鯨……天至型は大型以下の温羅の親と言ってもいい。温羅が初めて出現してから俺が戦うまで約二十年。二百年の跳躍をする為にかかる時間はそれくらいと考えられる」
「じゃあ、今時空跳躍をしても、飛べてせいぜい五年程……。環境が大きく変わってるどころか、下手したら待ち伏せで消耗したところを一気に倒されそうね」
「そういう事だ。ま、何にしろ逃がす気は無いがな」
「待ってください、待ってください、天至型の能力を冷静に分析するのはいいんですが、今しがた不穏な単語が聞こえた気がしたのですが……。自爆? 特攻でもするつもりだったんですか?」
七瀬が驚愕の声をあげるも、和佐の方はというと、何やらばつの悪そうな顔をしている。彼としてもそのやり方は本意ではなかったのか。
「決定打が無かったんだよ。俺の神立の火力を生かすなら、それこそ至近距離じゃなければ真価は発揮しない。空中に通す技も、せいぜい痺れさせる程度で、火力とは言い難かった。更に言うと、その時の敵の数は数百規模だ。片っ端から相手をしてちゃ、奴に割ける力なんざたかが知れてる。だから俺は、洸力を充填した状態の洸珠に過負荷をかけ、自爆させることで奴を仕留めようとしたんだが……、結果は知っての通りだ」
「失敗した、と」
「取り付いたまでは良かったんだが、あんな力があるなんて思ってなかったからな。完全に不意を突かれた。……まぁ、俺が満身創痍だってったのも原因の一つではあるんだが」
「一人でその数を相手してちゃ、仕方無いってものよ。むしろ、数百ってあんた……、よく持ち堪えられたわね……」
「耐えるだけならどうにでもなる。だが、そこから攻めるとなれば話は別だ。流石にあの数とやりあった後に、黒鯨と正面からぶつかる力は残ってなかった」
「じゃあ、結局天至型に有効な手は無い、って事?」
「そうとは限らない。前回の勢いで攻められたら難しいが、流石にあの規模の侵攻を二度も三度も繰り返せるとは思わない。今の状態で本気で攻めてくるなら、前の半分くらいの規模じゃないか?」
「前の半分……、ちなみに、前回はどれほどの数の敵がいたんですか?」
「天至型が一、大型が十五くらい、中型が……五十くらいか? 小型は知らん、大量にいた、というくらいでしか認識してなかったからな」
和佐の口にした敵の数に、凪達を始めとした全員が愕然としている。大型が一体いるだけでも今の彼女達にとっては致命的になりかねない。それが二体や三体どころか、二桁に上ると言うのだから、驚くほかはないだろう。
「それ、全部倒したんですか……?」
「流石に全部は無理だ。大型は半分程、中型は二、三体残ってたか? 小型は相手するだけ無駄だから終始無視してたな。ほっといても巻き添え食らって勝手に消えてるし」
「おっそろしぃ話ね……」
「今の奴の戦力がどれくらいかは分からん。が、事前にどう対処するかくらいは話しておいた方がいいかもしれん」
「その辺りもまた、祭祀局の方々と話し合う必要がありますね。その際には、ちゃんと同席してもらいますよ」
「はいはい、もう逃げやしませんよ」
過去に何度かすっぽかした前科がある以上、その言葉の信憑性は薄い。ただ、今の和沙ならば、真正面から話す事の重要性を理解しているはずだ。少なくとも、ドタキャンなどはしない……はず。
「……やっぱり首輪を付けるべきでしょうか」
「聞こえてるぞ。首輪を付けたいなら力づくでやる事だな。まぁ、大人しくやられるつもりは無いがな」
「止めておきましょう。今の和沙君に太刀打ち出来るとは思えませんし」
「賢明だな。……心配しなくても、黒鯨を倒す為の打ち合わせには俺も参加する。どうせあの連中の事だ、俺の言葉を真に受けて、全部やらせようとするのが目に見えている」
「全部お見通し、ってわけね。あんたがそこまで言うなら信じるわ。と言うより、私達にはそうするしか他に手段が無いしね。さて、話が纏まった事だし、さっさと行くわよ」
「あん? 行くってどこへだ?」
「もちろん! 気を引き締める為の一杯を引っかけに、よ!」
その言葉を聞いた途端、凪を除く全員が顔がしかめっ面になる。その非常におっさん臭い言い方もそうだが、こういった場合、彼女の言う通りにホイホイ付いていくと面倒事になりかねない。周囲に対しても、彼女達に対しても。
「パスだ」
「パスですね」
「私も遠慮します……」
「右に同じで」
「わ、私も今日はちょっと……」
「少しくらい付き合ってくれてもいいじゃない!!」
相変わらずのその様子に、少し頬がほころぶ和沙。一度は彼女達とも袂を分かとうとした和沙であったが、やはり彼女達との間に繋がったものは、そう簡単には切れないらしい。和沙からしても、その縁からしても。
その行く末を見届けるという目的は果たされるのだろうか。それは、神のみぞ知ると言う。
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