三十八話 まさかの集合
二月も半ばにさしかかり、そろそろ世の男性諸君が待ちわびるあのイベントを週末に控えたある日、和佐の席へとやって来た紫音が机を周りに生徒みんなが振り返る程の勢いで叩きながら、ズイ、と顔を近づけ、こう言い放った。
「春物が、欲しいの!!」
「………………はぁ」
気の抜けた、と言うよりも、目の前の生物が何を言っているのか分からない、と言いたかったが、とりあえず反論が面倒な為、曖昧な返事ではぐらかしておこうという意図を持った声が漏れる。
「ちょっと~、何その顔~」
紫音が頬を膨らませ、いかにも不機嫌です、と言いたげなその様子に、和佐は乾いた笑いを漏らすしかない。
「な、なんで春物? もう来月とか、それこそ四月になってからでも……」
「あ、っま~い!! 春物ってのはね、流行の物になると、それこそ十二月辺りから出てるものなの。正直、今からでも遅すぎるくらいよ!!」
「そ、そう……」
「だ、か、ら、一緒にアタシに似合う服を探して欲しいな~、なんて」
「……」
バツが悪そうに周囲に視線を向けるも、誰一人として助けようとする者はいない。触らぬ神に祟りなし、巻き込まれるのが嫌なのだろう。だとしても、クラスメイトを颯爽と助ける王子様系イケメンくらいいてもおかしくは無いはずだ。……そこまで考えて、その芽を自分で潰していた事を思い出し、内心で項垂れる。
「ねぇ~、別に良いでしょ~?」
「……」
良いか悪いかで言えば、別に悪い事は無い。しかしながら、今紫音のペースに乗せられるのは非常にマズい。これを隙と捉える者も出てくる可能性はある。その可能性を一切合切潰す為にも、この誘いは突っぱねるのが一番と言えよう。
だが……
「ダメ?」
「ぐぅ……」
下から見上げてくる紫音の目端には、キラリと輝く光がある。十中八九目薬によるものだが、これ以上ここで粘られても後々面倒になると判断したのか、大きく溜息を吐いた和沙はただ一言。
「……分かりました」
「ホント!? やった!!」
明らかに渋々、といった様子の和沙とは裏腹に、紫音は念願が叶ったとでも言いたげにその場で跳ね回る。周囲の男子生徒達は、彼女が跳ねると同時に翻るスカートの裾から目を逸らし、明後日の方向へ向いているが、彼らに向けられる女子生徒の視線は非常に痛いものだった。
「行くのは良いけど、あまり時間はとれないよ。それでもいい?」
「いいよ、いいよ!! モーマンターイ! それじゃ、放課後、門の所で待ってるね!」
それだけ言うと、突風かと思わせるような速度で教室を出ていく。
一瞬で消えた後ろ姿を見ながら、和佐は小さく呟いた。
「次の教室、ここだぞ……」
「お待たせ……ってぇ、何でその人がいるのぉ~?」
門の前で和沙と共に待っていた人物を視界に捉えた瞬間、あからさまに機嫌が悪くなる紫音。以前もそうだったが、この少女は一部の、それも本来であれば綿密なチームワークが必要となる仲間に対して、何故こうも敵意を抱けるのか、非常に不思議なところがある。
「そう言わないで紫音ちゃん。私もそろそろ春物の準備しようかな、って思ってたところなの」
しかし、そんな事を言われた本人は、これまた普段とは一切変わらず、まるで母親が子を宥めるかのように非常に穏やかな態度で接している。
一瞬、和佐はこれが年の功か、と考えたが、そもそも和沙の隣にいる睦月は紫音と歳は一つしか違わないし、更に言えば本来は和沙と同い年である。単に育った環境が良かっただけなのだろう。
「で~、先輩がいる理由は分かりましたけど~……そっちの二人は何? 片方は分かるけど、その子に関しては完全に無関係だと思うんだけど?」
唐突に話を振られた二人、辰巳は苦笑いを、琴葉は緊張したように身を縮こまらせている。正直、後者に関しては、見ていて気の毒になってくる程だ。その事を気にかけて、先程軽く和沙が声をかけたのだが、寸前まで睦月と話していた時とは違い、和佐に対しては明らかな敵意と嫌悪の視線を向け、取り付く島もなかった。
その様子を見て、流石に気の毒に思ったのか、それからは辰巳が琴葉の相手をしてくれていたが、その鋭い視線が和沙から離される事は無かった。
「あ~、俺は先輩に呼ばれて、かな。個人的に鴻川に用もあったし、そのついでだよ」
「わ、私は、その男がハメを外さないように監視を……」
「そんなの、アタシや先輩がいるから要らないじゃん。ほら、あっち行った」
手を払うようにして琴葉を追い返そうとする紫音。そんな彼女と琴葉の間に、辰巳が立ちはだかる。
「いいじゃないか、偶には後輩と交流を深めるのも大事だと思うぞ。そうですよね、先輩?」
「えぇ。それに、琴葉ちゃんは私の従巫女の一人なの。そう考えると、別におかしくはないでしょ?」
「う~……」
二対一、で多数決では完全に敗北している紫音だったが、その目が和沙の姿を捉えると、途端に爛々と輝く。
「ね、ね、和佐君は? あの子って、和佐君の事目の敵にしてるみたいだし、いない方がいいよね?」
「え? あ~……、別にいいんじゃない? 実害があるわけじゃ無いんだし。俺はどっちでもいいよ」
「え~……」
味方だと思っていた和沙がまさかの中立である事に不満を隠しきれない紫音。これで二対一どちらでもないが一、で完全に決着した。
「……しゃーなしだかんね」
「は、はい! よろしくお願いします!!」
邪険に扱われたにも関わらず、紫音への態度が素直なのは、彼女が巫女であるからだろう。そして辰巳は学校内屈指の人気者、となるとこのグループ内でのカーストは必然的に和沙が一番下になる。普段から敵視されてるのもあり、今は更に圧が強かった。
「……ホントは何で一緒になったの?」
「先輩が帰り際の琴葉ちゃんに声をかけたんだよ。もしかしたら、鴻川とも仲良くしてくれるんじゃないかと思ったんじゃないかな?」
「あ~……、無理っぽい」
「同感だ。俺も人の事は言えないけどね」
辰巳が睦月の後ろに付いて歩く和沙へと視線を向ける。その目には、期待や後悔、哀しみなど色々な感情が混ぜこぜになっていた。
「……いや、だからかな」
「?? 何か言った?」
「いや、別に」
気味の悪い構図だ、と和沙はこのメンバーへの率直な感想を思い浮かべる。
一人はカルト教団照洸会の教祖の息子、一人は祭祀局最高権力者である浄位の妹。そして残る二人は巫女というそれなりの地位にいる者達だが、お互いにお互いを牽制しているところを見るに、信条か、もしくは派閥が異なるのかもしれない。傍から見れば仲の良い四人組にも見えない事は無いが、内情をある程度知っている和沙からは、この場が非常に混沌としている風にしか見えなかった。
だが、その混沌さが逆にそれぞれの相性に奇跡的にマッチングしているらしく、この四人自体の仲はそれほど悪いわけではない。そういう意味では、仲が良い、と呼ぶ事が出来るのかもしれない。
「……あん?」
後ろから四人を眺めていた和沙だったが、その中の一人、今回の言い出しっぺである紫音が妙な動きをしている事に気が付いた。先ほどからSIDを出したりしまったりを繰り返しているのだ。誰かと連絡を取るにしては、操作している時間があまりにも短すぎる。暇つぶしに見ている、というのも少し違う。まるで、何かを受信するのを待っているかのようにも見えるその様子を、和佐はただ観察するように眺めていた。
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