三十七話 その狙いの先に

「……」


 本局のとある一室。情報や記録のほとんどがデータ化され、端末一つでどこからでも閲覧が可能になった現代において、紙と黴の匂いが充満するこの資料室は、今時ライブラリーにも無い非常に珍しい存在であった。

 そんな資料室の一角、隅の方で箱に入った紙媒体の資料を漁っていた鈴音は、とある資料を見つけ、それに黙々と目を通していた。

 内容は、過去における巫女と祭祀局の関係だ。しかしながら、そこに書かれている内容は、一般的に出回っているものと大差は無く、二百年前に近畿に移ってきたミカナギ様が祭祀局を立ち上げ、何代もの浄位を経て、今に至るとしか書かれていない。かつて和沙が口にした出来事は一切そこには無く、当時から既に現在伝えられている偽りの歴史の基盤が固まりつつあった事がうかがい知れる。それを主導したのが、初代佐曇支部局長、鴻川崇憲であり、鈴音の先祖に当たる人物だ。

 だが、ここで一つ疑問が浮かんでくる。

 これらの偽装を主導した鴻川崇憲が、何故本局ではなく佐曇支部の局長に着任しているのか。黒鯨撃退の指揮、そして旧牧野市の復興等、その功績は大きなものだ。にも関わらず、彼は本局ではなく、佐曇勤務となっている。何らかの思惑があったのか、それとも、あの地に思い入れでもあったのだろうか? 今となっては知る由も無い。


「はぁ……」


 手に持った紙束を箱の中へと戻すと、今度は別の箱を漁りだす。巫女や祭祀局の歴史は重要だが、今鈴音が求めているものはそういったものではなく、もっと現代味のあるものだ。率直に言ってしまえば、長尾家関連の資料と言うべきだろう。

 データとして残す、というのは利便性が高まると同時にセキュリティに関しても甘くなる。独自のサーバーを介したり、記録した後は完全にスタンドアローンにするなど、守る方法は数あれど、それらも所詮はデータであり、アクセスされる時は意外とあっけなくされるものだ。それ故、自己保身に重きを置いている人物であれば、紙媒体に残して流出を防ぐ、なんて方法をとる事も少なくはない。それに期待して、こうしてずっと資料室に籠っている鈴音ではあったが、目ぼしいものは見当たらず、ただ時間のみが無情に過ぎていく。

 そろそろ諦めるべきか、などと考えていた時に、ある資料が目に入った。それを取り上げ、一枚一枚捲ってみる鈴音。今最も欲しい情報ではなかったが、そこに記された記録は、今ここにおいて、最も鈴音の好奇心を掻き立てるものでもあった。


『適応改造計画失敗における問題点とその解決法』


 適応改造計画。

 それは、和佐の正体を暴く際に、時彦や菫がデータベースの奥深くから引っ張ってきた資料の一つ。祭祀局と軍が協力して行っていた非合法な計画の一つである。

 洸珠に適性の無い男性に無理矢理洸珠を繋ぎ、洸力を流して人工的に男性巫女を作ろうとしたものであったが、その結果は散々なもので、成功例は一つも無く、失敗するにしても、毎回失敗原因が異なるという厄介な有様だったようだ。

 和沙曰く、適正のある女性の体には洸力が流れる器官があり、それがあって初めて洸珠が使えるとの事だが、その器官自体にも適正があり、それが合わないという時点でアウトで、それを移植するというのがそもそもの間違いらしい。

 なら、和佐はどうなんだ、という話になるが、和佐の体は奇跡とイレギュラーの体現であり、再現は不可能である、という言葉が和沙の体を診ていた尾座間の口から語られた。今後、和佐と同じような体を持つ男性は、何らかの異常でも起きなければ生まれてこず、それでも初代巫女の力を直接受け継いだ和沙の力には遠く及ばないとの事だ。

 パラパラと資料を捲っていく。そこには実験台になったであろう人物の顔写真とプロフィール、そして経過報告が記されており、その全てが一番最後に死亡、という記載があった。一つの例外も無く、だ。


「……」


 思いのほか、鈴音はショックを受けていなかった。以前にも耳にした事だからだろう。また、実感が湧かないというのもあるのかもしれない。実際にこの実験で犠牲になった人物がどういった人達だったのかも知らないのだ。仕方の無い話だ。


「……??」


 しかし、ここで鈴音はある事に気が付いた。紙束の上の方にある資料は、写真が黄色に変色していたり、劣化していたり長い時間が経過しているのが分かるのだが、後半の資料にはそういった現象が見られない。ついでに、資料の経過報告の中には、日付が入っている物もある。その日付の中には、最近、という程ではないが、それこそ十年前程度のものもあった。

 これはつまり……


「……父様の言っていた事は決して憶測ではなかった。この計画はつい最近まで行われていた、という事?」


 まさかの情報を掘り当て、一瞬どうするべきか迷ったものの、突如として資料室の中に現れた気配に、急いで資料を箱の中へと戻した。


「……あれ? こんなところで何してんの?」

「……」


 入って来たのは、瑠璃と千鳥だった。鈴音がここにいる事に対し、疑問符を浮かべているが、それは鈴音とて同じだった。


「少し調べ物を。先輩方二人は何故ここへ?」

「ん~、紅葉ちゃんにせんだつ? にまなべ~、とかいつも一緒だとか言われたから?」

「……正確には、私達の戦闘パターンがワンパターンになりつつあるから、昔の巫女の戦術でも見て学べ、という事」

「なるほど……、確かに、データには残ってない情報も結構ありますもんね、ここ」

「鈴音ちゃんもいっしょ?」

「え? まぁ、そんなところですね」

「そ。それじゃあ一緒に探そ」

「分かりました、お手伝いします」

「……よろしく」


 こうして楽しい楽しい? 勉強会が始まった。




「……そういえば鈴音さん」

「はい? なんでしょうか?」


 かき集めて来た資料を、贅沢にも大人が十人以上集まってもまだ余裕がある会議室のテーブルの上で読み漁っていた鈴音に、珍しく千鳥が声をかけて来た。か細く、今にも消えそうな声ではあったが、この会議室でなら、特に問題無く響いた為、鈴音も聞き取りやすそうだ。


「……最近、変な人からちょっかいを受けてない?」

「変な人、と言いますと?」

「……宗教がどうのとか、入信がどうのとか……」

「いえ、特にそういった事はありませんね」

「……そう」


 とはいえ、何故彼女がそんな事を聞いてきたのか、その理由については思い当たる節がある。和沙だ。

 つい先日の立花家での騒動から、ターゲットが和沙から鈴音に変わったのだろう。ここ最近、それらしき人物をチラホラ見かけてはいたものの、鈴音自身、そういった人物には関わらないどころか、むしろ目に入った瞬間、即座に逃げ出している。故に、勧誘などを受けてはおらず、今のところは平和な日常を過ごす事に成功している。


「もしかして照洸会の連中? あいつら鬱陶しいよね。何回か話した事あるけど、何言ってるのかよく分かんなかったし、なんだか付き纏ってくるし」

「……もしかして、以前勧誘がどうとのか言ってきた人達でしょうか? あの時は、まだここに来たばかりだったので全て断ってましたが……真剣に対応しなくて正解、だったんですかね?」

「……うん、それが正しい。……下手に話を聞いていると、その縁からじわじわと迫って来るから、まともに取り合わないのが一番」

「そうでしたか……」


 鈴音が転校してきてから数日間、部活やらクラブ活動やらの勧誘に混じって、妙に怪しいものがあった事を思い出す。当時は、対応する余裕がなくて後回しやスルーする事が多かったが、今思えばあの頃に少しでも触れていれば、今頃は彼らの懐に引きずり込まれていたかもしれない。……和沙がいなければ、の話だが。

 だが、実際和沙自身がその被害に会っている。であれば、これから鈴音の身にも同じ事が降りかかる可能性も少なくはない。いつも以上に周囲に気を向ける事を胸に刻んでいた鈴音だが、不意に瑠璃が口にした言葉で、その意思が上書きされてしまう。


「そういや、長尾のおじさんも変な事してたね。なんか、鈴音ちゃんのお兄ちゃんがどうとか……。あの人がどうなろうが知った事じゃないから黙ってたけど」

「長尾……、本部局長が? 兄さんを? どういう事でしょうか……」


 瑠璃の和沙嫌い? に苦笑いを浮かべながらも、彼女の口から出た、長尾が和沙の話をしていた、という事実に頭を巡らせる。

 照洸会が接触してきたという事が無関係ではないだろう。しかしながら、だとするならば何故、照洸会が失敗した和沙に焦点を当てるのか、そこがまた分からない。これまでの話から考えるに、巫女隊は本部局長ではなく、浄位寄りだ。その浄位を出し抜いて鈴音を引き込むには、確かに和沙の存在がキモとなってくるが、照洸会が失敗した直後に手を出すのは愚策としか言い様が無い。それとも、何か有効な策でもあるというのか?

 どうやら、鈴音の調査対象に長尾を加える時が来たようだ。彼女の端末にの隅に、気付かれにくくなるよう隠しフォルダが作られた。その中に入れるものを、今すぐにでも探しに行きたいが、今はそちらよりもこの二人を優先すべきだろう。

 ふと、鈴音が机の上に目をやると、先程まで資料を漁っていた瑠璃が小さく寝息を立てている。飽きて寝てしまったのか、彼女の下には、皺が寄った資料が散乱していた。

 千鳥が、小さく溜息を吐きながら、いつもと変わらず無表情で瑠璃が漁っていた資料を片付けている。


 ――せめて、彼女達からは怪しまれないようにしたい。その為には、例え無意味であっても、こういった時間を優先すべきだろう。


 やる事の他に、更に気を使うべき事が増えたことに対し、鈴音は軽く頭を抑えるのであった。

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