第88話 決戦に向けて

 和佐が自身の正体を暴露した翌日、巫女隊一行と祭祀局の主だったメンバーが、支部局の一室にて再び集まっていた。

 以前とは異なり、少女達の顔に緊張の色は無い。が、その中に混じって座っている和沙の顔はいかにも不機嫌極まりないものだ。過去の因縁があるとはいえ、協力しなければあの黒鯨を倒す事は叶わない。故に、ここにいるのだが……


「……」


 凪達は各々会話を繋ぐ等で時間を過ごしていたのだが、和沙は先ほどからずっとこんな様子だ。


「……そろそろ始めてもいいかな?」

「あ、はい、いいと思います」


 時彦の左側に座った背広姿の男性が、端末片手に問いかける。凪が返事をしたものの、その問いかけの先には、和佐の姿がある。彼らからしても、和佐の今の様子は人を萎縮させるものなのだろう。プレッシャー、と言ってもいい。


「あー、それでは、例の天至型、通称”黒鯨”討伐作戦会議を行います。私は……、まぁ紹介はいいでしょう。まずは対象の黒鯨の詳細を再確認しましょう」


 男性が端末を操作すると、正面に広がるスクリーンに黒鯨の姿、その全体像を映し出される。

 鈍く輝く黒い巨体。それが悠々と、スクリーンの向こう側に映された青い空の中を漂っている。大きな動きを見せない事を考えると、機敏な動きは出来ないのかもしれない。しかしながら、空に溶けるようなカモフラージュ能力と、あの巨体をいつの間にか頭上に移動させる能力、これは強力極まりない。


「全長は推定四百メートル程、体の表面は推測ではありますが、大型などと同じ性質を持った外殻のようです。ある程度の火力があれば、貫けない事もない、といった感じですね」

「よんひゃ……、もうそれ、大きいとかのレベルじゃないじゃない」

「そうですね、日本最大の建造物が六百メートル、それの三分の二を占める、と考えればその大きさが理解出来るかと思います。ですが、この黒鯨の厄介なところは大きさではありません」

「無数の砲門、それと温羅の生成能力……」

「はい、ミカナギ様が言われたように、この黒鯨は超火力と物量の両方を兼ね備えています」


 和佐の視線が一瞬、時彦を睨む。が、すぐに顔をくだんの男性へと向き直る。


「和佐でいい。砲門は俺らが受けたあの攻撃で大体の火力は予想出来るだろ。まともに受ければ致命傷……なんてレベルじゃない、ほぼ即死だ」

「それに加えて温羅を生み出す、というのですが、具体的な事を伺ってよろしいでしょうか?」


 男性の妙に低い姿勢、和佐の顔が顰められる。おそらく、この支部局の一部、幹部クラスの者にのみ和佐の正体が明かされたのだろう。別段、和佐としては自身の正体がバレたとて困るような事は無いのだが、それでも彼らにとっては機密情報だろうそれを、ホイホイと人に教えてもいいのだろうか。


「……。やっこさんが戦闘時に生成してくるのは、主に小型と中型のみだ。大型はこれまでの出現頻度から、その場限りの駒として生み出すのが難しいんだろ。最初に一定数用意してくる事はあっても、あの戦いの最中に生み出す事は無かった。多分だが、今奴の手駒として動いてるのも、大半が過去から連れてきた奴だ。あのエラ呼吸には散々苦しめられたからな」

「エラ呼吸……、アンコウ型の事ですね。成る程、では黒鯨がこれ以上大型を生み出す事は無い、と?」

「そう考えていい。多分、今回無理矢理出てきたせいで、かなり力を消費してると思う。が、それを見越して先に生成してる可能性もあるがな」

「なるほど、しかし今回の襲撃で力を消費しているなら、近い内に再度襲撃してくる可能性は低いのでは?」

「どうだか。この時代に来て、たった半年で顔を出す奴だぞ? それに加え、眷属を次々に減らされてるんだ。これ以上やるつもりなら、本体が出張ってくるだろうよ」


 男性が和佐が口にする情報を端末に入力していく。後程分析に使うのだろうか。

 しかし、黒鯨を倒す作戦を立てる為の集まったと言うのに、基本情報すら押さえていないのはどうだろうか。記録がほとんど残っていないのも原因の一つだろうが、それにしても色々足り無さすぎる。


「基本的な事はこの辺りにしておきましょう。では、迎撃作戦についてですが……」

「セオリー通りに行くなら、数を揃えるのが最善だろうけど……、いかんせん戦えるのが私達だけってのはねぇ」

「それに関しては目処が付いているわ」

「おう?」


 口を挟んできたのは菫だ。先程から、彼女もまた端末を触っていたが、その目処という奴に関するものだろうか?


「防衛省に頼んでいた洸珠の廉価版、それの最終調整が終わったの。学生全員に持たせる事は出来ないけど、候補生の子達の分は揃っているわ」

「廉価版……ですか?」

「えぇ。訓練用の仮想洸珠は知ってるわね?」

「はい、私達が使っている物を更にデグレードした物ですよね? 戦闘では使えませんが、訓練では洸力の制御の練習などに使われるアレ、ですね」

「そう。アレを戦闘に使えるレベルまでグレードアップして、候補生の子達に持たせたわ。今はそれに慣れる為に特訓中だけど、現時点でも十分な効果は発揮してる。戦力アップには貢献出来るはずよ」

「それは頼もしいですね!」

「少しは楽に……なるのかな?」


 明るい表情を見せる女性陣とは裏腹に、和佐の表情は険しい。戦力のアップは喜ばしい事だが、それにも限界はある。


「一つ聞きたい。候補生達が相手に出来る温羅のカテゴリは?」


 そう、つまりそういう事。廉価版の洸珠という事で、その性能は和佐の物はおろか、凪達が所持しているそれよりもスペックは低い。彼女達でさえ、中型にも苦戦するレベルなのだ。廉価版となると、どうなるか分かったものじゃ無い。


「現時点では、複数の小型を圧倒出来るだけのスペックはあるわ。中型となると、人数が必要になるけど、一応は可能ね」

「随分と心許ないな」

「仕方がないわよ。そもそも巫女に支給されている洸珠は貴方の物を模倣してあるけど、この時点でかなり性能は落ちるもの。その廉価版となれば尚更よ」

「戦力の低下は必須、と……。細かいのを相手にする必要が無いと考えれば、決して無駄とは言えないか。まぁ、人手が増えるのは良い事だ。昔は誰かさんの先祖に一人で突っ込んで死んで来い、なんて事も言われたが、そう考えるといい時代になったもんだ」


 誰か、とは敢えて言うまい。該当する人物がこの中では二人、その内の一人があからさまに目を逸らしている。誤魔化すのが下手な父親だ。逆に、鈴音はそんな事知ったことかと言わんばかりの態度をとっている。こちらはこちらで強かな性格をしており、和佐の過去よりも先の事を心配しているようだ。


「なら、候補生には主に小型の迎撃を担当してもらおう。中型以降は本隊が、余裕が出来たら候補生にも任せてもいいし、その辺りは状況を見て適時判断を行ってくれ」

「承知しました。では、そのように候補生のみんなに伝えておきます」

「頼むぞ」


 時彦の言葉に、菫が強く頷く。これで候補生と本隊のそれぞれの担当は決まったと言ってもいい。残っているのは……


「黒鯨本体とどう戦うか、ですね」


 周囲の小型、中型への対処、大型の迎撃が叶っても、肝心の黒鯨自体を叩かなければ意味が無い。が、その黒鯨は上空数百メートルを飛行している上、近づけば叩き落されるのは必至だ。


「和佐の力で接近できないの? ほら、あの高速移動みたいなので」

「無茶言うな。通常の跳躍じゃ、飛距離が足りん。かと言って、刀を避雷針に見立てたあの高速移動も、高高度を保たれちゃそもそも投擲が届かない。一昨日のアレは、偶々様子見の為、高度が低かったから届いたが、次も同じとは限らない。いや、まずこっちの手の届かない所にいるだろうな」

「やっぱ、空飛ぶ相手には不利よねぇ……。こっちも空飛ぶ装備とか開発出来ないの?」

「そんな物、簡単に出来る筈が……」

「あるわよ」

『え!?』


 存在を知らない七瀬だけではなく、話を振った凪までもが驚きの表情を見せている。まぁ、凪としても無い、と言われるのを想定していた節があるので、それはそれで当然だろう。


「一般に出回っているホバーボード、あるじゃない?」

「……そういえばそんなのあったわねぇ。事故が多いから、メーカーに苦情が殺到して、出荷数が年々減ってる、って話だけど」

「アレの浮力を生み出す部分を利用して、飛行可能なユニットの開発を防衛省の研究所がしていた筈よ。最も、現段階ではまだ実戦配備出来るような代物じゃないけれど」

「結局無いんじゃない!」

「開発段階では存在しているわ。残念だけど、黒鯨との戦いには間に合わないでしょうけど」


 菫の言う通り、現段階で開発状態であれば、実戦配備するのに少なくとも一年近くは掛かる。対して、温羅の襲撃タイミングは不定、なのだが、これまでの頻度を鑑みると一ヶ月以内には襲来すると思われる。到底間に合うものではない。


「空を飛ぶのは無しかぁ……。でも、そうなると本格的にどうすんのよ?」

「私達の中で対空が可能なのは私と神戸さんだけ。後の四人は全員近接武器ですから……」

「和佐も攻撃手段に投擲があるけど、流石にメインに出来る程火力があるわけじゃないしね」

「その前に届かないだろうがな」


 うんうんと頭を抱えて唸るものの、解決策が出てくる訳でもなし。話し合いは、そこで行き詰まってしまう。

 推測だけならば何とでも言えるが、下手に一度邂逅しているだけに、安易な考えを口にする事が出来ないのだろう。かつて正面から相対した和佐でさえ、顎に手をやって考え込んでいた。

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