十七話 彼女達の実力

「発見~。それじゃ~いつも通りにね~」

『了解!!』

「ご~、ご~」


 ポイントに到着し早々、小型温羅が固まって行動しているのを発見した日和は、間髪入れずに他の三人へと指示を出す。とは言っても、具体的なものではなく、おそらくは事前に打ち合わせていた内容か、もしくは普段から訓練で行っているのだろう、非常に統率のとれた動きを見せながら、素早く展開していく。


「鈴音ちゃんは~、ちょっと離れててね~」

「分かった」


 そんな彼女達を遠巻きに眺める鈴音。その目は、彼女達の動きに感心しながらも、同時に対峙する相手の動向を見定めている。

 どうやら、小型の種類、大きさなどは佐曇に出現したものと大差は無い。向こうに比べると、異形型が少ないイメージだろうか。こちらの方が随分と有機物に寄った姿をしている。


「……」


 梢と燐が、互いに視線を交わして小さく頷く。それと同時に、挟み込むようにして温羅の集団の横側に回り込む。対して、玲は二人とは異なり、日和の傍から離れない。そして日和はと言うと、その小さな体には到底似つかないライフルを構え、先頭の温羅に狙いを定めた。


「いくよ~」


 そう言い切る前に、町中に反響するライフル音。同時に、先頭を進んでいた温羅の体が塵と化していく。


「行きます!!」


 温羅が攻撃されている事に気付き、牙を剥いて来るや否や、玲が腰に差していたマチェット型の刀を引き抜き、向かってくる温羅に突進していく。

 おそらく、玲は前衛タイプなのだろう。四人共、見た目からは分かりづらいが、四人の御装らしき装備や、手にしている武器には違いが見られる。

 まずは、温羅の集団に向かって吶喊し、近づいてくる敵を片っ端から斬り捌いている玲。彼女の手にしている武器は、鈴音の愛刀よりも一回り程短い物だ。それは、今彼女がやっているように、複数持ちを前提とした武器だからだろう。その証拠に、腰にマウントされた刀は今手に持っている物も合わせると四本確認出来る。四本を同時に使うのか、それとも単なる予備かは分からないが、彼女は間違いなく前衛、それも切り込み隊長的な役割だろう。


 次に、温羅の再度に回り、ばらけようとする敵を牽制、一纏めに追い立てている梢と燐だ。彼女達の装備は、形状だけを見ればアサルトライフルのようにも見えなくはない。が、ボタン一つでモードが変わり、時にはその銃口からグレネードが出る事もある。とはいえ、中途半端な弾では温羅に有効なダメージを与える事が難しいうえに、グレネードに関しても狙って当てるような武装ではない。主な役割としては、牽制と可能であればグレネードによる火力、おそらくは支援がメインなのだろう。二人の動きも、あくまで玲が戦いやすいようにサポートに徹しているようにも見える。


 最後に、一番後ろでスコープを覗いている日和だ。彼女が今構えているのは、その身長程もあろうかと言う程の長大なライフル……スナイパーライフルだ。詰め寄られた時用だろうか、その長い銃身の下部には、折りたたまれたブレードが装着されている。


 日和に関しては一番分かりやすい。と言うより、初撃が全てを物語っている。スナイパーライフルの狙撃による遠距離火力、これに尽きる。また、日和が小隊長である事も考えると、常に戦場全体を見回す必要が出てくる。それも踏まえて、こうして後衛を担当しているのだろう。適任かどうかは分からないが、適当ではある。

 しかしながら、彼女達も相当に場数を踏んでいるのか、いくら小型とは言え、その数はみるみる内に減っていく。流石にどこぞの兄よりかはずっと遅いが、巫女の力を使わず、それよりも遥かに劣る性能の装備でよくここまでやるものだ、と鈴音は感心していた。

 これらはたゆまぬ努力と、本隊の代わりを務めて来た経験から来るものだろう。下手をすれば、チームワークだけならば佐曇の巫女隊よりも上の可能性がある。個々の能力でごり押しできる巫女と、あくまで集団戦をメインにする守護隊。役目は似ているが、その手段は全くと言っていいほど異なる。


「ここまで変わるの……」


 鮮やか、とは言い難いが、それでも順調に敵の数を減らしている日和達を見て、今まで鈴音が見て来た巫女の姿との違いを思い知らされる。


「私も、頑張らないとなぁ……」


 兄のようになりたい、とは思わない。和沙の実力は、それこそ今目の前で戦っている彼女達が積み重ねてきたモノよりも遥かに大きく、そして深い。加えて、元祖神奈備ノ巫女の息子、という全ての巫女に勝るアドバンテージがある。追いつく事はおろか、まず付いていく事すら難しい。

 だからこそ、彼女達のように地道な事をコツコツと積み重ねていくしかない。圧倒的な強さではなく、安定した強さを。それが鈴音の今の目標でもある。

 気付けば、既に温羅の数は当初よりも半分以下になっていた。この調子であれば、もう十分もしない内に殲滅が完了するだろう。その様子をノンビリと眺めているのもどうだろう、などと鈴音が考えていた時だった。


「鈴音ちゃん!!」


 唐突に、日和の声が響き渡る。いつものような間延びしたものではなく、どこか鋭く、それでいて人を追い立てるかのような声。それに釣られ、鈴音がそちらへと視線を向けると、集団から離れた温羅が一体、鈴音の方へと向かってきている。

 突進速度はそれほどでもない。日和の腕をもってすれば、少し困惑した様子の鈴音に襲い掛かるよりも早く、温羅を塵に変える事が出来るだろう。だが、それは出来なかった。

 鈴音の背後、距離にして十メートルあるか無いかの距離に、もう一体温羅が出現していた。

 前方にいる温羅を先に仕留める事が出来ても、背後の温羅が鈴音へと襲い掛かる。逆に、背後の温羅を仕留めようと思っても、鈴音の体が射線を遮っており、上手く狙う事が出来ない。

 日和が高速で頭を回す。どちらを先に狙えばいいのか。鈴音を確実に助ける為には、どういう段取りで対処をすればいいのか。普段は敢えてノンビリとさせている脳をフル回転させ、打開策を練る。


「一か……八か……!」


 ライフルを構える。狙うは鈴音の頭の横スレスレ。後ろを先に倒し、前が鈴音に襲い掛かる直前に倒す。それしか無いと判断した結果だ。

 一瞬の硬直の後、日和の指が引き金にかかり……


「悪いけど、不意打こういうのちは、嫌って言う程対策させられたの」


 白刃が走る。飛び掛かる直前だった前方の温羅を一瞬の内に斬り上げると、返す刀で後ろから襲い掛かって来ていた温羅を半歩引いて避ける。そして、がら空きになった胴目掛けて、刀を振り下ろした。

 この間わずか二秒程。もしくはそれにも満たなかった。

 流れるような動きで一気に二体を仕留めた鈴音は、まだ敵が残っている事に気付き、そちらを指差す。


「ねぇ、あれ大丈夫?」

「……あ~、すぐ終わらせるから待ってて~」


 既に日和の口調はいつものものに戻っていた。鈴音に向けていた茫然とした表情を引き締め直し、改めて残った温羅に向き直る四人。

 そこから敵が全滅するまで、五分とかからなかった。



「あ~……、手出しちゃったけど、大丈夫かな?」

「ん~……、問題無いと思うよ~」


 戦闘が終了し、集合した小隊が鈴音の前に立っている。日和の言葉に、力強く頷く三人は、一体どのような心境なのだろうか。


「でも、すごかったです。一瞬で、温羅が二体も……」

「……前の奴に対応出来たのもそうだけど、後ろのは見えてたの?」

「う~ん……見えてたって言うか、単に警戒してただけって言うか……。とある人から教えられたの、温羅の攻撃手段の半分が不意打ちで占められている、って。だから、温羅と相対する時は、必ず視界外の事も意識出来るように訓練した結果……かな?」

「おぉ~……」


 感心と言うか感嘆と言うか、そんな感じの声が漏れる四人。

 ちなみに、このとある人と言うのは、言うまでもなく和沙の事だ。

 その経験上、不意打ちに泣かされたのは一度や二度では効かない。故に、天至型を倒し、改めて鈴音と葵の訓練を見る際に、これからの事を考えて不意打ちに対する訓練を行っていた。この時、隻腕状態の和沙に二人揃ってボコボコにされたのは、今となってはいい思い出だ。手段には疑問が残ったが、あれのお陰で対応が出来たと言っても過言ではない。


「じゃあ、その訓練を考えた人に感謝しないとですね」

「素直に感謝出来れば、どれだけ良かったか……」


 遠い目をする鈴音を見て、目の前の四人の頭には疑問符が浮かんでいる。


「まぁ、それは良いとして……、これで終わりで大丈夫?」

「うん~。今日は中型なんかは出てきてないから~、これで終わりだと思う~」


 確かに、ここに来る前、充も小型しかいない、と言っていた。おそらくは、既に敵の規模を完全に把握したうえでの作戦だったのだろう。この辺りは流石は本局と言うべきか。少なくとも、佐曇ではこうも早く敵勢力を把握する事は叶わないだろう。


「あ~、でも~、一応報告しに帰らないと~」


 とはいえ、アナログな部分も少しは残っている様子。

 ブツブツと端末でやればいいのに、などと呟いている日和を宥めているメンバー達を眺めながら、鈴音は認識を改めていた。

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