第51話 激震 前

「……」

 目の前を悠々と進む敵を見た時、和佐は何を思ったか。

 菫や観測班からの報告を待たず、戦線に出た和佐の目の前に現れた温羅は、その大きさから紛れもなく大型だ。

 ここ最近、頻繁に襲来する大型だが、今日のそれは、和佐や他のメンバーにとっても因縁の相手とも言える存在だった。


「ちょっと! 先に行かないでよ!! ……あれって!?」

「どうしました、先輩……あの温羅」

「つい最近見たばかりだよね。しかも……」

「風美と仍美をやったやつだ」


 先ほどまで据わった目をしていや和佐だが、今はもうその面影すら見えない。眼前で侵攻を続けている敵を、正面から真っ直ぐ睨みつけていた。


「あいつの攻撃って、確か……」

「杭、ですね。二人の端末のデータから確認しています。気をつけて下さい、遠距離戦も近距離戦も可能な難敵です」


 流石の七瀬、と言うべきか。風美と仍美、二人の仇を目の前に、一切冷静さを欠いていない。次期隊長と目されるのも納得できる。


「……よしっ!!」


 そんな七瀬とは反対に、横にいる日向からはこれ以上無いと思えるほどの戦意を感じる。放って置けば、一人で突っ込んでしまいそうだ。


「日向、突っ走るのは無しですよ。足並みを合わせて下さい。今度は、二人じゃないんですから……!」

「うん、分かってる。でも、あいつを見ると、何だか込み上げてくる何かがあるんだ。それをぶつけないと気が済まない」

「日向……」

「私も同じよ。あいつだけは何があってもここで仕留める。じゃなきゃ、あの二人に顔向け出来ないでしょ」

「みんな、考えている事は同じですね……。分かりました、ここは慎重に、それでいて一気に攻めましょう。杭に関しては、私の弓でどうにかします」

「分かった。相手の攻撃に関しては任せるわ。七瀬が対応している間に、私達が懐に潜り込み、一気に叩く!」


 奇しくも、その作戦は風美と仍美が実行し、失敗したものだ。違うとするならば、今回は十分な援護がある、ということか。更に言えば、簡単に打ち砕けない盾もあり、多少のごり押しも通用する。


「では、位置に着いて下さい。私の合図で一気にお願いします」

「了解」

「うん!」

「あぁ」


 七瀬の言葉に全員が頷き、移動を始める。

 今度の敵は、撃退では済まさない。必ず仕留める、という強い意思がそれぞれの瞳から伝わってくる。

 作戦は立てたものの、やる事はいたってシンプルだ。前衛が攻め込み、そちらを陽動として七瀬が温羅の攻撃手段を潰していく。彼女の弓ならば、撃ち出された杭を撃ち落とす事は適わずとも、撃ち出す砲門ならば対処は可能だ。


『全員、位置に着きましたね?』


 返事は無い。否、する必要など無い。彼女達の目的、手段、過程、言わずとも分かっている。


『では、お願いします』


 七瀬のその一言を耳にした瞬間、凪と和沙が建物の影から飛び出す。どうやら配置の時点でかなり近づいていたらしく、その大きさに一瞬圧倒されてしまう。が、足が止まる事は無い。

 予想に反して、和佐達の動きに対する反撃は無い。何にせよ、今が好機と判断した一同は、この隙に温羅の足下に潜り込む事に専念する。


「砲門、確認!!」

「動いてる!?」

「いや……、こっちを向いている気配は無い。照準すら合わせてないって、余裕だな!!」

「凪先輩! 今のうちに!!」

「分かってるわよ!!」


 砲門が動いていないとはいえ、反撃が来ないとは限らない。照準が定まらないよう分散し、それぞれ別方向からアプローチを仕掛ける。が、やはり反撃は無い。

 あれだけの予防線を張ったにも関わらず、結局足下まで一度も危機を感じぬまま、目標地点に到達してしまう。いや、それ自体は良いのだが、ここまであっさりしていると、逆に拍子抜けしたのだろう。前衛の三人が顔を見合わせている。


「どういうこと?」

「さぁな。故障中なんだろ」


 何にしろ、反撃が来ないというなら好都合だ。今のうちに懐からダメージを与えておこう。そう、和佐が構えた瞬間、唐突に頭上の温羅が動き出す。


「な、何!?」

「落ち着きなさい! 砲門はこっちを向いてない……。と言う事は、七瀬!!」

『見えています。こちらに照準を合わせたのを確認。……ですが、一拍遅いですね。既にこちらの準備は完了……』


 通信の向こう側では七瀬が余裕の言葉を口にしていたが、まるでそれを遮るかのように、温羅が七瀬に向けた砲門から杭が発射された。


『しまっ……!?』


 着弾、そして轟音。端末からも凄まじい音が聞こえた。雑音が入っているところを見るに、まだ通信は切れていないようだ。


「ちょっと、七瀬! 無事!? 返事しなさいよ!!」


 端末に向かって叫ぶ凪。そんな状況ですら、頭上の大型は三人に興味を示さない。


『……ぱい、……ぶです』

「七瀬!?」

「七瀬ちゃん!!」

『こちら……は、大丈夫……す。直撃は、避けました……。が、ポジションが悪いですね……』


 返ってきた声に、七瀬と日向の顔に安堵の表情が現れる。しかしながら、足場となっていた場所は崩れ、次の攻撃次第では、直撃はしなくとも何らかのダメージを負う可能性も出てくる。


「和沙! 七瀬の所に行って、あの子の援護をお願い!!」

「こっちは大丈夫なのか?」

「今のところは、ね。無視されてるのは癪に触るけど、今はむしろ好都合よ!」

「分かった。すぐに戻ってくる!」

「頼んだわよ!!」

「七瀬ちゃんの事、お願いします!」


 凪と日向の声を背中に受けながら、和佐は元来た道を引き返す。

 そんな和佐を見送りでもしているのか、やはり温羅は反応を示さない。


「コケにでもしてんのか……」


 しかし、今はそんな事よりも七瀬の事だ。直撃を免れたとは言え、無傷とはいくまい。


「……」


 和佐の表情が一瞬歪む。おそらく、仍美が受けたあの傷を思い出しているのだろう。

 首を振ってそのイメージを頭から消し去る。最悪のイメージをしたところで、事態が好転するわけでもない。今は七瀬の無事を確認する事が先決だ。

 七瀬が陣取っていた建物の近くまでようやく到達する。しかしながら、その面影はほとんど無く、柱や壁の一部だっただろう瓦礫が辛うじて判別出来るくらいだ。


「惜しい人を亡くしたなぁ……」

「勝手に殺さないで下さい!」

「おや、生きてた」

「さっき通信したんですから、生きてるのは分かってたでしょう。……少々発射タイミングを見誤ったようです。次は間違えません」

「少々?」

「そんな事よりも! 早くこの場所から離れますよ」


 幸いにも、大きな怪我は無さそうだ。その事に安堵すると同時に、ここが敵の射程圏内である事を思い出す。

 先に離脱した七瀬に和佐も付いていく。無事だと分かった以上、すぐに前線に戻るべきだとは思うが、七瀬が安全な場所まで到達するまでは護衛するべきだろう。


「正面を向いているからと言って、射角が狭いと言うわけではありません。出来る事ならば、側面を取りたいのですが……」


 温羅はこちらを真っ直ぐに見据えている。既に次弾の装填は終了しているのか、砲門から杭の先端が覗いている。

 少しでも撃つ素振りを見せたら、すぐさま回避に移れるように準備はしているものの、あの速度のものをそう簡単に避けられるとは思えない。ましてや、ヤツにはあの弾幕型の杭や爆発する杭もある。避けるよりも、防いだ方が得策かもしれない。


「和佐君! 今のところ敵はこちらを攻撃してきていませんし、私はここで体勢を……」


 新たなポイントを見つけた七瀬がそう言いかけた時、二人のずっと先、いや、正確には温羅の足元で轟音が鳴り響いた。


「っ!?」

「何事です!?」


 温羅の足下から砂煙が立ち昇っている。攻撃を受けたのか? しかし、温羅は依然その場から動かない。凪の攻撃かとも一瞬考えたが、それにしては、砂煙の場所がピンポイント過ぎる。凪のパイルバンカーは、その性質上、横に攻撃範囲が広い。少なくとも、あんな風に砂煙は広がらない。


「和佐君! あそこです!!」


 七瀬が指差した先、小さくではあるが、凪と日向が見える。動きに精彩を欠いていないところを見るに、怪我などはしていないようだ。

 しかし、例の温羅は動くどころか、二人に視線すら向けていない。なら、一体何が……

 そこまで考えたが、すぐにその疑問は氷解する。砂煙の中から現れたのは、一本の触手。それは、あの杭の温羅と同じく、以前和佐達が戦ったアンコウ型の温羅のものだ。


「あれって……、まさか、大型が二体……!? そんな、一体どこから!?」

「海限定じゃなかったんだな」


 凪と日向は、急いでその場から離脱している。片方は見ていないとはいえ、あの場には二体の大型がいる。賢明な判断だ。しかし……


「マズイですね……。こちらとは逆方向に向かっています」

「意図的か?」

「いえ、どうやら私達の方へと向かおうとすると、妨害を受けるみたいですね。あまり良い状態とは言えません」

「ここから援護出来ないか?」


 和佐の提案に、一度は弓を構えるも、七瀬はその手を下ろしてしまう。


「難しいですね……、距離が遠過ぎます。それと、見られているのが厄介です」


 その視線は、杭の温羅へと向けられている。先程から微動だにしていないが、こちらの様子を窺っているのが一目で分かる。迂闊に動くわけにはいかない。


「チッ……、仕方ない、俺が行こう」

「気をつけて下さい」


 杭の温羅が動かない限り、安全ではないが緊急事態でもない。ここは和佐が凪達の応援に出るべきだろう。そう考え、行動に移そうとした時だった。


「和佐君! やっぱり待って下さい!!」

「あん? 何……っ!?」


 唐突に行動の中断を指示してきた七瀬に振り向いた和佐は、彼女の目が一点に注がれている事に気付き、そちらに目を向ける事もせず、一目散に七瀬を抱えてその場から跳躍する。

 次の瞬間、先程まで二人が立っていた足場に何かが飛来し、木っ端微塵に吹き飛ばした。


「ぐっ……!!」

「きゃあっ……!?」


 空中にいた二人は、その衝撃波の煽りを受け、体勢を崩しながらも何とか着地する。抱えていた七瀬も、驚いた表情をしているものの、怪我は無い。

 足場があった場所には、一本の杭が突き立っている。おそらく、あの温羅の中で最も強力な攻撃だろう。でなければ、小さいとは言え、足場にしていた廃ビルを木っ端微塵になど出来ない。


「行かせないつもりか……」


 追撃は無い。和佐か七瀬が動くと反応するようだ。凪達と合流させないようにする為だろう。


「温羅が、分断作戦を……?」

「多分、な。今までもそれっぽい事は何度かあっただろ? あれの延長線上だと考えればいい」


 温羅がこういった作戦を行うのは、何も今回が初めてではない。以前にも、小型を陽動に使った罠や、陣形を組んで攻めて来た事もあった。


「学習している、ということですか……?」

「学習、ねぇ……。それならまだいいんだが……」


 何か気になる事でもあるのか、和佐が口を噤む。

 しかしながら、このままでは状況が好転するどころか、各個撃破される可能性が非常に高い。それを防ぐ為にも、和佐と七瀬は何としても凪達と合流する必要があった。が、あの温羅が二人を見ている以上、それも難しいだろう。


「……仕方ない」

「和佐君……?」


 覚悟を決めた、とでも言いたげな和佐。その視線は、凪達が離れていった方向と、温羅を左右交互に見やる。


「七瀬、あいつは俺が抑えるから、その隙に横から回り込んで先輩達と合流しろ」

「待って下さい! それでは和佐君が……」

「遠距離特化の七瀬じゃあ、あれの攻撃に対応仕切れない。射撃戦に持ち込まれたら物量で押し負けるぞ」

「それは、そうですが……」

「それに、俺はこれでも、巫女隊の中じゃあ仍美に次いで機動力が高かったんだ。上手いことやるさ」


 仍美の次に速かった。それは事実だが、一番だった彼女がやられた以上、和佐のスピードではそう長くは持たないだろう。だが、一時的にでも意識を和佐に向けさえすれば、七瀬は二人と合流出来る。そう判断した結果だ。


「……承服しかねます。一歩間違えれば……、いえ、単騎でぶつかるなど自殺行為です! 仍美さんの事を忘れたんですか!?」

「……忘れるわけないだろ。だからこそ、だ。数さえ揃えば、ウチのメンバーなら大型は撃退出来る。二人を連れて戻ってこい。それまで時間を稼ぐさ」

「……」

「ここで負けるわけにはいかない。多少の無茶は承知の上だろ!! さっさと準備しろ!!」

「ッ!?」


 何かを堪えるように俯いていた七瀬だが、和佐の一喝によって、その顔を上げる。下唇を噛み締めながらも、七瀬は立ち上がり、現実を直視する事で、強引に自身を納得させる。……こうでもしなければ、和佐を置いて行く事など出来ないのだろう。


「……」


 猶予を与える為か、和佐は温羅を直視する七瀬を急かすような事を口にする事はなかった、しかし、彼女の目が和佐を向き、覚悟を決めた事を確認すると、作戦内容を話す。


「やる事はシンプルだ。俺が囮になっている間に、七瀬が脇をすり抜ける。七瀬が完全に抜けた事を確認するまで、俺は全力で攻め続ける。だが、その前に一発だけやつに撃ち込んでくれ」

「一瞬、こちらに意識を向けさせる、と言うことですね」

「話が早くて助かる。そこから先は俺の役目だ。脇目を振らずに一気に駆け抜けろ」

「……承知しました」


 やはり納得はしていないのだろうが、この場を切り抜ける為には仕方が無い。七瀬が矢を弓に番え、今すぐにでも飛び出せるように準備をしている。


「おそらくだが、通信は一定以上離れると使えなくなる。多分、大型からジャマーでも出てるんだろうな。だから、こっちから再度指示は出来ないぞ」

「……分かっています。絶対に振り向きません」

「……上等!」


 ジャマー云々は、念を押す意味もあったのだろう。しかし、完全に覚悟を決めた七瀬には不要だったようだ。


「準備は?」

「いつでも行けます」

「よし、行け!!」


 和佐の号令と同時に、七瀬が足場にしていたビルの屋上から跳躍する。大きく放物線を描きながら、次の着地点に向かうと同時に、番えていた矢を引き絞り、温羅に向かって放つ。効果がある、とは思ってはいないだろう。これはあくまで陽動、一瞬でもその意識が向けば、それで目的は果たされる。

 目論見通り、温羅の意識が矢放った一瞬、七瀬の方へと向けられる。また、それに連動するかのように、砲門がゆっくりと回転する。しかし、その回転は、完全に七瀬へと向けられる前に停止した。


「悪いが、お前の相手は俺だ!!」


 いつの間に取り付いたのか、和佐が温羅の表面に刀を突き刺してへばりついていた。見た目では、間違っても格好が付いているとは言えないが、それでも目的を果たすには十分だった。

 温羅の意識が和沙へと引き寄せられる。それを確認した七瀬は、以降一瞥すらせずに、全速力で前へと進む。奥歯を噛みしめ、後ろ髪を引かれる思いをしながらも、ただ真っ直ぐに正面を見据えて。

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