五十四話 原因
「……つまり、ここ最近頻発している地震は人為的なものだと?」
「あくまで推測に過ぎない。ただ、自然発生的なものだと考えれば、あまりにも不自然な点が多い。通常、ここまで短い間隔で小さな地震が続くのは、大きな地震の後の余震がまず考えられるが、大型地震はここ数十年観測されていない」
「予兆、という事はないですか? この地で大きな地震が起こったのは二百年以上も前の話。そろそろ大きなものが来たとしてもおかしくは無いでしょう」
「俺もその可能性は考えたが、そもそもこの下にあるプレートが地震を起こす可能性はゼロに近い。気象庁の観測結果だ、まず間違いないと見ていい」
「専門家がそう言っているのであれば、その可能性は潰れますね。そこまで調べたうえで、人為的だと判断を下した、という事ですか……」
織枝が顎に手を当て、その場でうんうんと唸って考え込んでいる。こうして見ると、和沙とそう歳も離れていないせいか、あまり祭祀局という巨大な組織のトップに君臨している人物とは、とてもでは無いが見えない。普段のアレは仮面、といったところだろうか。
「しかし、それがどう本部局長に繋がると考えたのですか?」
「単純な話だ。恩を着せる計画が潰れた事だし、そろそろ手段を選ばなくなってくるだろうという推測だ」
「裏を取った、というわけではないのですね……。でしたら、あまり直接的な手段を取るのはやめた方が良いでしょう。証拠などが無ければ、の話ですが」
「??」
何やら含みのある言葉に、和沙は首を傾げる。何か思い当たる事でもあるのだろうか?
「ともかく、今この場に手がかりになるような物はありません。無駄骨になりましたね」
「いや、存外そうでも無い」
少なくとも、浄位が和沙の存在を認識したのは大きい。下手に混乱させるわけにはいかないと考え、これまでは和沙の力を隠すどころか、人となりを偽ってまで潜入していたのだ。しかし、最高権力者とこうして真正面から本音で話す事が出来るようになったのは何よりの収穫だろう。
「それじゃ、俺はこれで。この後も色々と調べる事が山積みでね。あんまり長居は出来ないんだ」
「ちょっと待っていただけますか?」
「あん?」
背を向けた和沙へとどこか含みのある笑みを浮かべながら、織枝が声をかける。内心でその笑顔に嫌な物を感じながらも、毒を食らわば皿までの覚悟で、再度向き直る。
「貴方の事は黙っておく。これに関しては私も同意します。男性の巫女というのは、貴重である反面、これまで培ってきた巫女達の存在を一気に軽視するものになりかねないからです。その事を承知の上で、貴方にはこの件を黙る代わりにしてほしい事があります」
「やってほしいこと~……?」
「そう難しい事ではありません。今度、ある仕事をしてもらいたいのと、もう一つ、ここにある箱を開けてほしいのです」
言いながら、織枝は背後にあった棚から一つの箱を持ってきた。木で作られたソレは、意匠こそ施してあるものの、一見何の変哲も無い木箱にしか見えない。
しかし、和沙にはその装飾に見覚えがあった。
「……それは?」
「我が家に代々伝わる物です。家宝……という扱いにはなっていますが、元々は我が御巫家の創始者が作成した物です。どういう意図で、何の意味があって作成したのかは分からず、唯一伝えられたのが、今後男性の巫女が現れた場合、これを託すように、と言われています」
「ふ~ん……」
差し出されたその木箱手に取る。よくよく見れば、箱とはいうものの開く部分が存在しない。いや、正確にはあるのだが、まるで幾何学模様のように複雑な形になっている。そして、最も目を引く部分が、上部分に施された何かの紋だ。一見すると家紋のようにも見える。
「で、結局これをどうしろと?」
「可能であれば開けていただきたいのです。未知の技術で作られているらしく、過去に何度か解析をしましたが、結局中身はおろか、開ける事すら叶いませんでした」
「だろうな。こんなもん、特定の人間以外に開けさせる気の無い仕組みだ。何を思ってこんなにしたのかは知らないけど、これを作った奴は相当性格が悪いか、中にある物を他の人間に見られたくなかったとしか思えない」
「一応、私のご先祖様なのですが……」
織枝が静かに抗議するが、和沙は悪びれもせずに箱を見つめている。
「ですが、そこまで言うのであれば開けられるのですよね?」
「まぁ、開けるだけなら……」
そう言いながら、箱を持つ手に蒼い光が迸る。一瞬ではあったが、その異様な光景に目を丸くしている織枝を放置して、和沙のはジッと箱を注視していた。その時だった
箱が開いた。開いた、と言うよりも、
「……それは?」
仰々しい仕掛けが施され、更には一部の人間にしか開けられないと言われた箱の中からは、ただ一枚の紙が収められていた。
特に上質な紙ではない。それこそ、コピー用紙と言ってもいいようなどこにでもあるありきたりな紙だ。しかし、そうだとするならば、何故こんな物がこのような困難極まりない解除方法を必要とする箱の中に入っていたのか。――それは、紙ではなく、中に書かれている物が答えだった。
「……」
開いた本人だから、という理由ではないだろう。しかし、何故か真っ先にそれを見るべきだと感じたのか、和沙は織枝の許可も得ずに折りたたまれた紙を開いて、そこに書かれている事に目を通す。
「何が書いてあるのですか?」
織枝がそう問いかけるも、和沙は一言も発しない。ただ、無表情に、それこそ道端に転がっている小石でも見るかのような無機質な目でその紙を見ていた。
しばらくそうやって見ていた和沙だったが、そんな自身を不思議そうに見ている織枝の視線に気が付き、ようやく紙から目を離す。
「何て事は無い。ただ、つまらない事が書いてあるだけだ」
「見せてください」
手を差し出す織枝。しかし、和沙はなかなか手渡そうとしない。見られて困る物、というわけでもあるまいに、何故そこまで渡す事を拒否するのだろうか。
「お願いします。それを二百年守り続けて来た、我が家の悲願でもあるのです」
「……見たって面白い物でもないよ」
「だとしても、です」
右手を差し出し、語調も強く、和沙の手元にあるソレを要求する。確かに、彼女からしてみればこれまで自分達が守ってきた物の正体がようやく明かされるというもの。ソレを見る権利は、十二分にあると言ってもいい。
そこまで言われ、ようやく観念したのか、和沙が差し出された手の上に紙を置く。そして、渡された紙を開き、その中に書かれている事を目にした織枝は、驚くわけでもなく、感動するわけでもなく、ただ眉を顰めるだけだった。
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