第40話 罠 後
「位置に?」
『着きました』
凪と七瀬よりも先に下に降りていた和佐と日向は、通路の両端、上手く温羅の視界から隠れる場所で待機している。
「合図をしたら出るぞ」
『分かりました』
端末越しに指示をする和佐の目は、油断無く目に前の温羅の隙を伺っていた。
和佐の考えは至って単純だ。まずは突出してきた奴から倒し、それからは波状的に出てくる温羅を順に始末していく。
『私と七瀬もオッケーよ。行っても大丈夫かしら?』
握っていた端末から、凪の軽快な声が聞こえた。
「問題無い。やってくれ」
『よぉーし、それじゃ派手に行くとしますか』
凪の気合いの入った声が端末と少し離れた場所から同時に聞こえる。その声が途切れると同時に、通路の真ん中、温羅達の更新の反対側に現れる人影。
それを見た瞬間、温羅達の動きが変わる。先程までは、あくまで進んでいるのが辛うじて分かる程度だったが、それが一気に加速し、獲物を見つけた狼のような動きになる。
「私の魅力に引き寄せられてるのね!!」
凪が頭でも打ったのかとでも言いたくなる発言をしているが、誰一人として突っ込まない。代わりに、和佐と日向が通路の影から一気に飛び出してきた。
「はっ!!」
「てりゃあぁ!!」
それぞれが目の前を通り過ぎようとしていた温羅を屠る。唐突に死角から出現した敵に対し、温羅の動きに戸惑いが混じる。それを良い事に、和佐と日向が横から挟み込むように、そして上からは七瀬が凪に近い敵を、各々撃破していく。
小型の数が半分を切ったところで、ようやく中型が本格的に動き出す。その見た目から、近づくのは危険だと察知した和佐が、日向に合図を出し、後ろに下がるように指示する。……が、次の瞬間、いつの間に接近していたのか、凪が和佐の目の前に立ち、盾を構える。すると……
「熱うっ!? なんなのよ! 火を吹くなんて聞いてないわよ」
凪の動きは、高所から状況を確認していた七瀬の指示だった。そして、彼女が凪に指示をした理由がこれだった。
火炎放射。シンプルに言えば、まさしくこれだろう。
中型の温羅が開けた巨大な口から、激しく炎が吹き出している。ライター要らず、などと冗談が言えるような火力ではない。目の前に立ちはだかった凪を焼き尽くさんと言わんとばかりに、炎を出し続けている。
「熱い熱い熱い!! 鉄板焼きになる!! 女としてだけじゃなく、肉としても美味しくなっちゃう!!」
「んな冗談を言ってる場合か!! 前進は!?」
「無理!!」
「日向は!!」
『火が強くて近づけません!!」
「チッ……、仕方ない。肩借りるぞ!!」
「はぁ!? ちょっと、何して……」
未だ吹き続ける炎を防いでいる凪の背後で、和佐が二、三歩後退する。そして、思いっきり前に走り出し……、凪の肩を蹴って上に大きく跳躍した。
空中に躍り出た和佐は、中型がまだ凪をターゲットにしている状態を確認する。火の勢いが強すぎるせいで、和佐の跳躍を目視する事が出来なかったのか、上への警戒を怠っていた。故に、自身の頭上を舞う和沙に気が付かない。
「ちょっと……、閉じてろ!!」
決して勢いがあるわけではなかったが、全体重をかけ、刀の切っ先を向けたのは絶賛火炎放射中のその口。図ったかのようにその真上から突き立てられた一撃は、開いていた口を容赦無く強制的に閉じさせ、更にはまだ放射途中だった炎が口の中で暴れ、温羅の体内を焼き始める。
「七瀬!!」
『承知しています。……そこっ!!」
和佐の合図に、七瀬が狙撃を合わせる。一瞬、大きな衝撃が温羅の体を走り、振り落とされそうになる和沙だが、突き立てられた長刀をを支えに、何とか耐える。
見ると、どうやら七瀬によって狙撃を受けた場所の外殻が一部剥がれ、その奥から炉心が覗いている。和沙の狙い通り……、と言うわけではないが、これは好機以外の何物でもない。
『日向! 合わせて下さい!!』
「分かったよ!」
七瀬の放った矢が、炉心に向かって疾走していく。が、その一撃は急反転による尻尾の一撃で防がれてしまう。また、日向が中型に接近を試みるも、周りに群がっている小型のおかげで上手く近づく事が出来ない。
「ごめん七瀬ちゃん! 近づけない!」
『見れば分かります。凪先輩!』
「何か、今日私の扱い酷くない? よっ、と……!」
文句を言いながらも、七瀬の意図を汲み取り、中型の周りの小型を蹴散らしてくれる凪。そのおかげか、小型の防衛陣が崩れ、ようやく日向の近接能力が輝く時が来た。
「行っくぞー!!」
空いた隙間から滑り込み、一気呵成に中型に攻め込んで行く。
先ほど七瀬が開いた穴は塞がっている。が、それならまた開ければ良いと言わんばかりに、日向の棍が中型の横っ腹にダイレクトにヒットする。
……その攻撃で何をどう開けるのかは知らないが、少なくとも隙は出来たようだ。
「七瀬ちゃん!!」
『準備は出来ています』
既に七瀬の準備は完了していた。光を纏った矢を番え、その一瞬の隙を見逃さない。一条の光の尾を引きながら放たれた矢が、中型目掛けて飛来する。次の瞬間、それはまるでホーミング性能でもあるのか、と言いたくなるほど、先程開けた場所と同じ所に着弾する。
味方であるはずの、周囲の小型を巻き込みながらのたうち回る中型の背中、露出している炉心に目標を定め、七瀬が言った。
『日向! 先輩!!』
「うん!」
「はいはい」
日向と凪が暴れまわる中型を抑えにかかる。凪は正面から盾で強引に、日向は棍をつっかえ棒のようにし、それぞれ暴れ狂うその巨体を静止させる。
完全に止まった訳では無いが、それだけの隙があれば問題無い。七瀬のとっては、これ以上無い好機だ。
もはや矢とは思えないような音を轟かせながら放たれた矢は、真っ直ぐの狙った場所へと飛んで行く。
一撃必中。七瀬の放つ矢は基本的には外れない。それは今日も同じ事だった。
露出した炉心を撃ち抜き、円形の玉の様なものが砕け散った。
すると、あれほど暴れていた温羅の動きが止まり、ようやく沈黙する。
……かと思いきや、炉心が破壊されもはや動く事の出来ない筈の温羅の体から、橙色の光が漏れ出す。その光は、先ほど温羅が吐いていた炎の色と同一のものだ。
「え、ちょ……、自爆とか、しないわよね……!?」
『嫌な予感がします! そこを離れてください!!』
上から見ていた七瀬が叫ぶ。が、既にその姿が隠れて見えなくなる程の光が温羅を包んでいる。
「日向、退避……!!」
凪の声が日向に届く前に、光に飲み込まれそうになる。
「せんぱ……」
日向もまた、凪に向かって手を伸ばしたが、その手が届くことはなく、そのまま光に飲み込まれ……
「俺を、忘れるなぁ!!」
次の瞬間、凪達が目にしたのは、橙色の世界ではなく、一瞬蒼い光が地面に向かって走っていく様子だった。
今度こそ、完全に温羅が沈黙する。先程まであれだけ漏れ出していた光も、今はもう、完全に見えなくなっていた。
「……間一髪か?」
未だ刀を地面に突き立てるような格好も和佐が呟く。どうやら、あの蒼い光は和佐によるもののようだ。あれで光を発していた部分を貫いたらしい。
「あんた、ギリギリになるまで何してたのよ……。もしかして、ヒーローは遅れて登場する、とかいう理論?」
「アホか。口が開かないように固定するので精一杯だったんだよ。只でさえ馬鹿みたいに動き回るのに、力まで強いんだぞ。そっちにまで手が回るか!」
「まぁ、結果的には助かったんだし、不問にしておくわ」
「……次はあんたを温羅の上に縛り付けてやる」
「何? 緊縛プレイがお望みなの? 嫌ねぇ、最近の子はマニアックな性癖ばっかりで」
「ぬぐぐ……」
「あはは……、落ち着いて下さいよ先輩。みんな助かったんですし、結果オーライってやつですよ」
「そうそう、怒りっぽい男と早い男はモテないわよ? あぁ、アンタは付いてないんだっけ?」
「布団針持ってこい!! あんの無駄に滑る口、二度と開かないように縫い付けてやる!!」
「針は無いですよぉ。あ、棍ならあります」
「よし、頭の天辺からぶっ叩いて地面に突き刺してやれ」
「残念ね! 私のガードの硬さは佐曇一ぃ!!」
「嘘付け。絶対悪い男に騙されるタイプだぞ、あれ」
「はぁ、何を言い合っているんですか……」
「あ、七瀬ちゃん」
溜息を吐きながら、七瀬が前衛陣に合流する。消耗は凪達程ではないが、かなり集中していたのか、額から汗が滲み出ている。
「よし、全員無事ね」
「規模が小さいからといって、油断しましたね。辛勝、と言ったところでしょうか」
「最終的にはほぼ無傷で勝てたんだからいいじゃない。あんまり考え込むと禿げるわよ?」
「心労はそちらの方が多いでしょうに……。まぁいいでしょう。とにかく、こちらは温羅の撃破を達成、したのですが……」
残るは風美と仍美のペアだが、妙に時間がかかっている。奥に入られた為、ここからかなり距離がある事を踏まえると、時間がかかるのは理解出来るが、だからと言ってたかだか小型五体にかける時間としてはあまりに長過ぎる。
「非常事態でしょうか?」
「念の為、連絡を入れておいた方がいいのでは?」
「ま、それもそうね。あの二人に限って無いとは思うけど、念の為っと……」
凪が端末を操作し、画面上に風美の名前が表示され、呼び出し音が鳴る。……が、当の本人が出ない。
「まだ戦闘中でしょうか?」
「通信に反応するだけならワンタッチで済む……。でも、それがとれないとなると……」
「苦戦している、ということでしょうか? あの二人に限ってそれは無いと思うんですが……。ましてや、あちらにいるのは小型が数体。中型すらいないんですよ?」
「……。どうしたのものか」
凪が頭を抱える。ただ苦戦しているだけならばいい。しかし、何か想定外の事が起きている可能性も無くは無い。
「観測班の方に確認していただくのはいかがですか? 私達は無理ですが、観測班の方々なら洸珠の反応を追えるはずです」
「そういえばそうだったわね。それじゃ早速……」
凪が再度端末を操作する。通信の相手は今回の襲撃の観測担当官。コールは一度、おそらくは確認の意味もあるのだろう。コールが鳴り終わると同時に、通信が繋がった。
『はい、こちらは観測班当該区域担当官です』
「現場担当の巫女よ。隊を二つに分けて対応中なんだけど、別動隊と連絡が取れないの。そっちで洸珠の反応を追ってみてくれない?」
『かしこまりました。少々お待ちください』
「よろしくね~」
端末の向こう側からパネルの操作音だろうか、電子音が聞こえてくる。少し待っていると、何やらエラーでも吐いているのか、ブザー音が聞こえてきた。それも一度や二度ではなく、複数回だ。
『すみません……、こちらでは別動隊の確認が出来ませんでした』
「どういうこと?」
『そのままの意味です。こちらでは、あなた方の反応しか確認出来ません。念のため、個別で登録しているIDから検索をかけてみましたが、おそらくそこにいないお二方、風美さんと仍美さんの反応を確認出来ませんでした』
「それってつまり……」
『洸珠の機能が死んでいるか、もしくは探知を防ぐジャマーが展開されているかのどちらかです。洸珠が破壊される事は、これまでほとんどありませんでしたので、この場合は後者かと思われます』
「ジャマー……」
心当たりがある。しかも、つい最近の話だ。
「確か、海上で大型と戦った時も……」
そう、例のアンコウ型の大型と戦った時も、後に連絡してきた菫が、通信が出来なかったと言っていた。
……もしも、あの時と同じ状況ならば、二人が危ない。
「二人の状況については理解したわ。一先ず、こっちから合流しに行くから、そっちでも引き続き確認を……ッ!」
凪がそこまで言ったところで、突如として轟音が鳴り響いた。近くではない、が、極端に離れているわけでもない。少なくとも、今回隔離区域に指定された地域のどこからか、である事は間違いない。
「急いで二人と合流を!!」
「分かってる!!」
七瀬の言葉に、凪が同意するも、その表情には焦りが見える。もしも大型が出現していた場合、あの二人だけで対処はほぼ不可能だ。急がなければなるまい。
「全員、全速力!!」
凪の号令を聞いた一同は当初双子が向かっていた場所へと移動する。それぞれ表情が一様に暗い。しかしながら、全員の頭の中はただ一つの事で埋まっている。無事でいてくれ、という願いのみで。
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