五十二話 即興同盟

 昨日あれだけ脅してきたにも関わらず、その口から出たのはあくまでもギブアンドテイクの関係だという。いや、和沙の性格から、ギブはあれどテイクは保証出来ない。むしろ、一方的に取り上げてそれで放り出される事も十分に考えられる。


「……具体的に聞きましょうか」


 そう言いながら険しい表情で睦月が和沙を見つめる。他の面々も、反応には違いあれど和沙の言葉を聞く気なのは間違いなさそうだ。


「なに、シンプルな話だ。俺はこの街で色々と調べものをしててな、その協力をしてもらう、って事さ。タダとは言わない。きちんと対価は提供する。……どんな形で、かは今は言う気は無いけどな」


 一方的且つ、身勝手極まりないその話に、琴葉が手を上げる。


「……協力とは、具体的に言うとどういう形でしょうか?」

「端的に言えば情報の共有だな。こっちにもそれなりに伝手はあるとはいえ、祭祀局の内部なんて分かったもんじゃ無いし、ましてや浄位やら長尾のおっさんが何を考えているのかなんて想像もつかん。それらに繋がる何らかの情報を手に入れたら、こちらに共有してくれ、って事だ。理解したか?」

「つまり、スパイしろって事? 私達に仲間を裏切れ、と?」

「んな極端な話じゃないさ。単に噂話程度でもいい、耳にした情報をこっちに持ってきてくれ、ってだけ。井戸端会議みたいなもんさ。悪く言えば盗聴器か? ま、何でもいいや。情報の内容に関しての是非はこっちで決める。それなら、どれだけ重要だろうが、取るに足らないものだろうがオタクらには関係無いだろう?」


 和沙の話は理解自体はそう難しいものではない。どんなものでもいい、それこそ世間話でもなんでもいいから和沙が入れない、浄位の懐や長尾のすぐ傍で手に入れた新鮮な情報が欲しい、という事。

 それだけ聞けば、彼女達が自身の所属する組織を裏切っている、とはならない。だが、懸念点も存在する。そんな情報を集めて、一体和沙は何をしようと言うのか? その内容を彼女達は知らない。故に、万が一、自分達の守る街に危害を加えようというものであれば、協力などどだい無理な話だ。


「……ちょっと待って」


 各々がどうするか考えていた時、唐突にこれまで全くと言っていいほど話さなかった紫音が唐突に口を開く。


「何で私達が長尾と繋がってると思うの? 私も先輩も巫女隊……、本来は浄位側。長尾は本部局長であれど、私達とは繋がってない。だから、祭祀局内部はともかく、長尾に関しては……」

「確かに、は繋がってないだろうさ。俺が言ってんのは個人の話だ。ズバリ聞くぞ、真砂のクライアントは長尾だろ? 違うか?」

「……」


 和沙の指摘に、紫音は思わず黙りこくってしまう。黙秘の姿勢を取る彼女であったが、否定をしないという事は肯定をしていると同義だ。そんな紫音に向けられる三つの目。それぞれが独自の感情を含んではいたものの、共通しているのはただ一つ、驚愕だ。


「紫音ちゃん、貴女……」

「真砂……」


 針のむしろ状態ではあったが、そんな彼女を眺める鴻川兄妹は他の三人とは異なってノンビリとしたものだった。


「……何で分かったの?」

「むしろ何でこれだけ揃ってて分からないんだよ。言っとくが、人畜無害を装っていたのは、別に一般人の中に埋没する為だけじゃないぞ。こちとら本命は情報だからな。自分で手に入れたものだけじゃなく、独自のルートでも確保はしてた。それに今の状況を照らし合わせればおのずと背景くらいは見えてくるだろうさ」

「……正直見くびってたよ。色仕掛けでは落ちないとは思ってたけど、まさかここまで知能犯だとは思わなかった」

「そう、見えるか?」


 食パンを頬張りながら、和沙の目が煌めく。その目は理知的なものではなく、どちらかというと野生の獣を思わせるものだった。


「……兄さんは相当喧嘩っ早いですよ。今回も、鴻川の本家から制約さえかけられていなければ、どこまで実力行使をしていたことやら……」

「そこまで酷くないだろ?」

「ご冗談を。毎度毎度、声をかけるよりも早く敵に突っ込んで行ってたのは誰ですか? 凪さん、表面上ではケロリとしてますが、結構悩んでたんですよ?」

「アレが~……? 悩みなんて言葉とは無縁の人間にも思えるけどな。人の事さんざんおちょくってきたし」

「普段の仕返しでしょう。……あぁすみません、話が逸れましたね。ともかく、兄さんが賢い、というのは訂正した方が良いでしょう。誰かが手綱を握っていなければ延々と暴走を続けるような人ですよ」

「酷い言われよう」


 無表情でそう言い放つ鈴音に、睦月達はどこか救われたような表情で笑みを浮かべている。事実、鈴音の言葉は終始和沙がペースを握っていた今回の話し合いにおいて、あくまでお互いが対等な関係で進むように横槍を入れたものだ。助かった、と感じたのではなく、そう感じるように仕向けられたと考えるのが妥当だろう。

 実際、鈴音はそれ以上の軽口を叩く事はなかった。後は自分達でどうにかしろ、という事か。普段の面倒見が良く、年少として常に努力を怠らない彼女の姿を見慣れている面々には、少々珍しい光景だろう。


「んで、結局どうすんの?」

「どうする、って?」

「そこまで知られたうえで協力するか、それとも敵対はしないまでも俺の事に関しては目を逸らすか」

「……ここではそう言ったとしても、帰ればどうなるか分かんないよ。それこそ、和沙君が警戒してる長尾のおっさんに言うかも」

「好きにすればいい」

「……は?」


 随分と間の抜けた声が紫音の口から漏れる。それくらい和沙の言葉は想定外だったのだろうか。


「だから好きにすればいい。俺は別に構わんさ。その後どうなるかは分からないがね」

「何それ、暗殺でもするって言うの……?」

「暗殺ねぇ……、人一人死んではい終わり、じゃ味気ない。昨日も言っただろ? 俺はこの街の人間がどうなろうが知ったこっちゃない。それこそ、どれだけ温羅に虐殺されようと、街の巻き添えを食らおうと、だ」


 まともじゃない。この場にいる鴻川兄妹以外はそう思っただろう。

 和沙はつまり、少しでも自身の事が流れれば、この街そのものに多大な影響を及ぼしかねないと言っているのだ。それは衝撃という意味だけではなく、それこそ人名に関わる事まで、だ。

 報告するのは簡単だ。それに、昨日見た事が全て現実であれば、今紫音の目の前にいるのは至上初の男性の神奈備ノ巫女と言える。彼の事を知れば、長尾は歓喜に震えるだろう。報告した後、命があれば、の話だが。


「とはいえ、あれすればこうする、だけじゃなくてこっちもそれなりに対価は用意する……ってのはさっきも言ったっけ? まぁ、その対価ってのはこれの事だけどな」


 そう言って取り出して見せたのは、携帯端末だ。しかし、今この場において、この端末の価値は彼女達の中では非常に重要な物となっている。

 別段、高価な物、というわけではない。目的はその中身だ。


「これが公開されれば、昨日の事件の真相が明るみに出る。そうなれば、お前らはおろか、巫女隊、ひいては祭祀局の信用がガタ落ちだ。それどころか、今までの襲撃すらマッチポンプなんじゃないかと疑われる事もあるだろうな。肩身が狭い、なんてレベルじゃ無くなるわけだが……、もし協力するなら、これの処分を検討してもいい。当然、そちらの働きにもよるがな」

「ちょっと待ってくれ」


 和沙の話に待ったをかけたのは辰巳だ。


「巫女や祭祀局に影響が出ると言うが、それは俺には関係無いんじゃないか? ウチは確かに浄位を信奉するよう言われてるが、寄付くらいしかしていない。あくまで善意で関わってる程度だ」

「安心しろ、お前んとこにはとっておきのネタがある。それこそ、一家全員の人生が終焉するレベルのな。重さで言えばそっちの方がヤバいんじゃないか?」

「そんな話……デタラメだ!!」

「なら、好き放題言えばいい。まぁ、他の三人とは違い、あくまで一般人のカテゴリでしかないお前の言葉を何人が信用するか、だけどな。近しい奴くらいには信じてもらえるだろ。それでもたかが知れてるか」

「ぐ……」


 和沙の言う通りだ。いかに辰巳に人気があれど、それはあくまで彼の性格、そして見た目に依存するものだ。突然、男の神奈備ノ巫女が現れた、などと荒唐無稽な話をしたところで何人が味方になってくれるか。これがそれなりに権力のある人間であったり、それこそ巫女に連なる者の言葉であれば、耳を貸してくれる者もいるだろうが、所詮は一般人に過ぎない辰巳に、そこまで彼の言葉を信じる者はいない。


「ま、別にこの場でその結論をどうこう言うつもりは無いさ。あくまで、のちの行動次第ではそうなる可能性がある、というだけの話。俺の口車に乗るのも、他の人間にしわ寄せがいくのも嫌、と言うなら、大人しく口を閉じている事をお勧めする」


 その一言で、部屋の中は沈黙が支配する事となった。

 強要されている訳ではない。今回の事を話さなければそれでいい、とまで言われているのだ。むしろ、百鬼撃退の件が自分達の手柄となった事を考えると、喜ぶべき状況と言える。

 しかし、彼女達は適正があったからとはいえ、自分の意思でこの街を守ると決めた者達だ。その中に、ただ手柄を求めるだけのような不健全な考えを持った者はいない。

 そのせいだろう、この場にいる彼女達の表情は、決して和沙の提案を歓迎するものではなく、逆に和沙はそれでいいのか、と問いかけたい衝動に駆られているような顔をしているのは。


「そんじゃ、俺の言いたい事はこれで終わり。あとはまぁ、好きにすると良いさ」

「なら、時間も良い事ですしお昼にしますか。何か食べたい物とかあります?」

「俺、焼きそばがいい」

「兄さんにはそれがあるでしょう。何をちゃっかりと要求してるんですか」

「えぇ……、でも、これただの食パン……」

「それでいいでしょう。別に、お昼を別で食べなきゃ死ぬわけでもあるまいし」

「Oh……」

「……は?」


 今の今まで非常に血なまぐさい会話をしていたと思ったのだが、二人のあまりにも速い切り替えに、その場にいた二人を除く全員が目を丸くしている。いや、それ以前に今の話が終わったとはいえ、そんな空気の中で平然と昼食の話をする鈴音もまた、和沙に負けず劣らず異常だと言うべきだろう。


「す、鈴音ちゃん?」

「はい? なんですか?」


 何か言うべきか迷っていた睦月に返されるのは、普段と変わらないものだった。それが逆に四人を恐怖に陥れる。


「……い、いや、何でも無いわ。私も手伝うわね」

「今日はお客様なので、座っててもらっても……」

「もうお茶の準備を手伝っちゃったでしょ。今更よ」

「そうでした。それじゃあ、お願いします」


 仲良くキッチンに立つ二人の姿は、一見すると仲の良い姉妹にも見える。

 だが、その姿を見て何人が想像できるだろうか。直前まで、妹に見える少女の兄に、姉を思わせる睦月が脅されていた、なんて……。

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