五十一話 一晩経って……

「……こんにちは、先輩」

「こんにちは、琴葉さん」


 百鬼との戦いから一晩が明けた。未だ余韻冷めやらぬ睦月であったが、そんな彼女の元へ鈴音がとある言伝を持ってきた。


「どうしたの? 何か用?」

「あの……、兄さんからの伝言です。明日、ウチに来るように、と。他のメンツも揃えて……と言っていましたが、どういう事か分かりますか?」

「……えぇ、そうね。分かったわ。和沙君には、全員連れて行く、とだけ伝えておいて」

「分かりました……もしかして、兄さんが何かしました?」

「え? う、ううん、そういう事じゃ……」

「やっぱり……。なんだか帰って来てからずっと部屋に籠って何をしてるんだと思ったら……。すみません、ちょっと折檻しに行ってきます」

「お、お手柔らかにね……?」




 そんなやり取りの後、和沙がどうなったのかは分からない。大人しく鈴音の折檻を受けたのか、それとも抵抗する事に成功したのか……。まぁ、あの体の様子では、あまり無理は出来ないだろう。


「えっと……、昨日のメンバーを呼び出した、という話でしたが、真砂先輩と立花先輩は……?」

「あの子達は私達と違って、家が近いわけじゃないから。もう少し待ってましょ。何時に来いとは言われて無いしね」

「はぁ……」


 ウインクをして見せる睦月だが、その様子からは昨日の事を引きずっているようには見えない。一晩経って彼女なりに整理はしてきたのだろう。例えどんな言葉を聞かされようと、その全てを納得し、理解する事は無理だが、それでも受け入れる事は出来る。その為の一夜だったと思えばそれなりに有意義だったと思えなくも無い。

 しかし、他の三人はどうだろうか? 少なくとも、琴葉は昨日から完全に切り替える事が出来ているとは思えない。紫音や辰巳も同じような状態だろう。辰巳は事態を上手く理解出来ていなかったのが最も大きな理由だが、紫音は自らの行動であのような事態を招いたそもそもの原因でもある。おそらく元凶は更に上の人間だろうが、昨日あれだけの被害を引き起こした以上、そうそう意識を切り替える事など出来ないだろう。


 昨日は、あれから合流した巫女隊と守護隊による周囲の一斉捜索が行われたが、残党などは確認されなかった。しかし、明らかに何かを行おうとした形跡は残っており、その証拠の一つでもある檻に関しては秘密裏に祭祀局に回収された。

 そして、これだけの事態を引き起こしたにも関わらず、百鬼を撃退した英雄として持て囃された紫音は、終始居心地が悪そうな様子を見せていた。


 昨日の事を考えれば、紫音が大人しくここに来るとは到底思えない。しかし、それでも彼女にもしも少しでも良心が残っているのならば、やって来るはずだ。そんな風に思っていた時だった。


「あ、来ましたよ」


 琴葉が指差した方向には、それぞれ私服の紫音と辰巳の二人組が歩いて来るのが見えた。こうして見れば、恋人同士にも見えない事は無いが、その二人の間に流れる空気はあまり良いとは言えない。


「おはようございます、先輩」

「はい、おはよう」

「……」


 空気は悪かったが、妙に爽やかな挨拶をする辰巳とは対照的に、紫音は口を尖らせてそっぽを向いていた。何かあったのだろうか?


「どうしたの?」

「いえ、つまらない事ですよ。真砂がここに来るのを嫌がったって駄々をこねただけで……」

「駄々なんてこねてない!!」


 なるほど。どうやら辰巳は彼女を半ば強制的に連れて来たようだ。しかしながら、これだけ拒否の意思を示しておきながら、最終的にはこうして付いてきているのだから、彼女としても思うところがあったのだろう。一先ずはそれに感謝すべきだろうか。


「はいはい、痴話喧嘩は後でね。ここにいても寒いだけだから、早く中に入りましょ」

『痴話喧嘩じゃない(です)!!』


 朝からサラウンドは辛い。そんな顔をしながら、睦月は彼女達を連れてマンションの中へと入って行った。




「あ、睦月さん、おはようございます」

「おはよう。ごめんね、こんな時間に押しかけて」

「いえ、大丈夫ですよ。悪いのは時間を指定していなかった兄さんですから」

「それで、その和沙君はどうしてる?」

「それが……」


 チラリ、と鈴音が奥を見る。が、その先は居間ではない。


「……まだ布団の中に引きこもってます。上がって待ってて下さい。叩き起こしてきます」

「そうさせてもらうわ」


 そう言いながら遠慮無く進んでいく睦月の後ろに付いて行く三人。流石に初めて入る他人の家だからか、その様子はどこか遠慮気味ではあったものの、リーダー格の睦月の歩に合わせているせいか、わりと遠慮の無い感じになってしまう。


「えっと……どうしたらいいんでしょうか?」


 とはいえ、居間に着けばそうともいかず、睦月を初めとした四人は立ったまま待ちぼうけを食らう羽目になっていた。


『兄さん!! いつまで寝てるんですか!!』

『ん~……あと五時間……』

『もう昼前ですよ!! それに、皆さんもういらっしゃってるんですから、さっさと起きてください!!』

『ふぎゃっ!?』


 ドタンバタンといった音が一通り鳴り響き、少しすると静かになる。それにつられて、居間にいた睦月達もつい口を噤んでしまった。


「お待たせしました」


 そんな彼女達を他所に、奥から出て来た鈴音は笑顔でそう言い放つ。そして、キッチンに向かうと、お茶の準備をし始めた。


「あ、座って待っててください。すぐにお茶を出しますので」

「……手伝うわ。大勢で押しかけたのだし、それくらいはさせて頂戴」

「でしたら、そこからカップを取ってもらえますか?」


 勝手知ったる家の睦月とは異なり、手を出せない三人は仕方なくソファーへと腰を下ろす。少し落ち着きが無いように見えるのは、この家に初めて入ったから、というわけでは無さそうだ。これからどのような話をされるのか、それに対する緊張だろう。

 そんな彼女達の前に、凝り固まった姿勢をほぐすかのような安心感をもたらす香りを発するお茶が置かれる。ハーブティーだろうか? 和沙の趣味……とは到底思えないので、おそらくは鈴音が嗜んでいるものだろう。

 各々がお茶へのお礼を述べ、一口、二口と口内を潤す。お茶のおかげもあってか、幾分表情が明るくなる一同。……だったのだが


「ん~……、鈴音~、アレどこだ~……?」


 扉を開け、ゆっくりと中に入ってきた人物の姿を見て再び体を強張らせ……次の瞬間にはあっけにとられていた。


「もう無いですよ。そこに置いてあるお茶飲んで下さい。ていうか、起き抜けに飲む物がエナジードリンクってどういう事ですか?」

「別にいいじゃん。最近の奴って結構味が多彩でさ~。いやぁ~、良い時代になったもんだ」


 戸棚を漁り、食べ物でも探しているのだろうか、少しの間ごそごそとした後、その口に食パンの袋を咥え、手にはお茶を持って居間の方へとやって来た。


「ほんで、今日の事なんだけど……、何でいんの?」


 一同の顔を見た途端、心底彼女達がここにいる理由が分からない、と言いたげな表情を浮かべる。そんな兄の姿を見て、鈴音は頭に手を当てて呆れたように溜息を吐く。


「はぁ……、昨日兄さんが言ったんじゃないんですか。今日、この方達に集まる様に、って。私を伝言に使ったくせに、随分な言い様ですね」

「んあ? そうだっけか? まぁいいか。いるならいるでひっ捕らえる必要が省けるってもんだ」

「また物騒な事を……」


 食パンの袋を咥えながら、けらけらと器用に笑う和沙をジトっとした目で睨みつけている鈴音。普段、彼女がここまで多彩な表情を浮かべる事を知らない面々からすれば、随分と珍しい光景を目にしているのだろう。特に紫音辺りはその目を丸くして二人のやり取りを見ていた。


「あぁ、そういや集まる様に言った理由だったな。正直、俺もあの時何考えていたのかおぼろげなんだけど……、あれだ、釘を刺しておこうと思ったのと、どうせだったら協力関係に引き込もうって算段だったんだ、多分」

「協力関係?」


 睦月が首を傾げる。その言葉の意味を問うているのではない。そこに至った真意を問いかけているのだ。


「そ、協力、関係」


 非常に禍々しい笑みを浮かべながら、和沙は楽しそうに言った。

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