四十一話 エマージェンシー
時間はほんの十五分程前まで遡る。
この日、余計なおまけが付いたものの、上手く和沙を街に誘い出す事が出来た紫音は、兼ねてより計画していた作戦を実行する為、仲間へと連絡を取ろうとしていた。しかし……
「なんで出ないのよ!!」
呼び出し状態にはなっている。切れていないという事は、向こうの端末も電源が入っているという事。にも関わらず、応答が無い事に、紫音はそろそろ我慢の限界に達していた。
「まさか……あいつら、逃げたの?」
最悪、と嘆く程ではないが、それでも後々厄介な事になりそうな事態を想像するも、それは無いと首を横に振る。
「いや、あいつらはお金さえあれば何だってするからそれは無いわ。今回の件だって、前金は払ってある。逃げようとしても、お金の出所が出所なだけに、そうそう簡単に逃げる事は出来ない。となると……」
彼らに何かあったか。それこそ、通信に出る事が出来ないような想定外の事態が。
とはいえ、現状が分からない以上、紫音自身が積極的に動く事は出来ない。必要以上に彼らから離れれば、怪しまれるのは必至だ。ここ最近の和沙は、露骨に紫音を避ける事が多かった。おそらくは、紫音の後ろにいる誰か、を知ったか、もしくはその片鱗を掴んだか。
今回こうして強引に引っ張りだしたは良いものの、ここで信用を無くせばこれからの活動に多大な影響が出かねない。
「……」
考え込む紫音。しかし、こうして考えている間にも刻一刻と時間は過ぎていく。
「……仕方ない」
手に持った端末の画面はそのまま、つまり通信モードを繋いだ状態にしておく。これが睦月に見つかれば面倒にはなるが、それ以外なら別に問題にはならないだろう。つい先ほどまで友人にお勧めの店を聞いていた、そう答えればいいのだから。
そう判断した紫音だったが、自身の想定とは全く違う方向へと向かっていく事態を察知出来ないまま、彼らの元へと戻ってしまう。
「……」
和沙の視線は、あれからずっと繋がり続けている紫音の持つ端末へと向けられている。現在進行形で誰かと通信をしながらの行動ならば、少なからずその意識をSIDへと向けるであろう。しかし、彼女はあくまで端末は手のひらで持ってはいるものの、そちらへ視線も意識も向ける気配は無い。和沙は、その様子を見て、あの通信は送信ではなく受信を目的に繋げられていると推測する。それも、聞くだけで判断出来る短い合図を受け取る為の、だ。
あの通信の先に誰がいるのか、何よりも情報を欲する和沙は気になって仕方が無いのだろう。何でも無い振りを装いながらも、その意識は紫音の持つSIDへと向けられていた。
「ん……?」
和沙の意識を先ほどから独り占めにしているSIDだったが、それを上書きするかのように、周囲が途端に騒がしくなる。
「何? どうしたの?」
睦月達も異変に気付いたのか、店から出て辺りを見回している。どうにも周りが忙しなく動いている様子。いや、急いでいる、と言った方がいいか。
「あの!」
睦月が近くを小走りで通りがかった男性の腕を掴む。男性は一瞬ギョッとしたものの、睦月を見て多少表情を和らげた。
「何かあったんですか?」
「あ? あ、あぁ……温羅が出たそうで、ここら一帯に避難警報が出たんだよ。あんたたちも早く逃げな」
少し早口になりながらも、丁寧に説明してくれた男性に礼を言った睦月が四人の元へと戻って来る。
「温羅だそうよ。でもおかしいわね、私達の端末には何も情報が入ってきていないんだけど……」
「そんな事言ってるつもり? ここには民間人もいるんだから、さっさと避難しなきゃ!」
「避難って……私達は巫女よ? 今すぐ避難しなくても、状況を確認してからでも……」
「私達は、ね。巫女じゃない人もいるじゃないの」
「……そういえばそうだったわ」
睦月が和沙と辰巳へと視線を向けながら呟く。本気で忘れていたのだろうか。
「とにかく! ここは危ないから付いてきて! いい抜け道知ってんの!」
「いい抜け道って……、紫音ちゃん、この辺りにそんなに詳しかったかしら?」
「遊びに行くところを事前に調べておくなんて、女子としては前提も前提!! もしかして先輩、やってないんですか~?」
「ここに来るなんて知らなかったし……、何より私はただ付いて行けばいいかな、程度にしか思ってなかったから……」
「流行を抑えておくには、こういった地道な努力が必要なんです。分かったら、次からは頑張って下さいね~」
本当にそう思っているのだろうか? どうにも口調と噛み合わない表情を浮かべながらも、紫音が横道を覗き込み、その先を確認している。そして、安全であると確認すると、和沙の手を引っ張って走り出した。
「ほら、早く! じゃないと、怖い怖い温羅が来るよ!!」
「ちょ、まっ……!?」
額に手を当てて呆れた表情を浮かべている睦月もまた、紫音と和沙の後に付いて走る。その背後には、同じように琴葉と辰巳も続いている。
細く蛇のようにうねる路地を、ただ紫音の先導に頼って付いて行く。先を覗き込むと、本当にこの道で合っているのかどうか心配になる程に薄暗い。とはいえ、こうして引かれるがままでしかいられない和沙は、強く手を握っている彼女を信じるしかない。
しばらく足を動かしていると、路地の先に光が見え始めた。その光は近づくにつれ、徐々に大きくなり、その光が目と鼻の先にまで来た頃、ようやくこの路地の終わりに到達する。
「ほら! 近道だったでしょ?」
「……」
かなり早めに走ったせいか、一同の息は荒い。体格の良い辰巳ですらそうなのだから、他の二人も同様……と思われたが、そもそも睦月も琴葉も巫女関係者だ。普段からかなり鍛えているはずなので、多少息は荒くなっているものの、辰巳程疲労しているようには見えない。
「紫音ちゃん、そんなに走ると和沙君が……あれ?」
和沙がそこまで息を荒げていない事に少し意外そうな顔をする睦月。普段訓練を積んでいる睦月や琴葉程では無いが、それでも明らかに和沙よりも体格に恵まれている辰巳ですら、彼女達の足に付いて行くのが精いっぱいだった。そもそもあの速度で引っ張られるという非常に不安定な状態でも、その足はしっかりと付いて行っていた。この事実に、睦月を始め、琴葉や辰巳でさえも疑問を抱いたが、どうやらここに招いた本人はそこまで気にしてはいない様子だ。
「そんな事より! せっかくショートカットしたんだから、このまま外まで……」
避難をしている割には、どこか浮かれた表情を見せていて紫音。しかし、彼女の言葉は、和沙や睦月達の背後に視線を向けた瞬間、まるで話す事そのものを封じられたかのように詰まってしまった。
「……どうかした?」
和沙が問いかけるも、反応は無い。いや、あるにはあるが、紫音は視線の先にいるモノから目が離せないようだ。
「??」
不思議に思った和沙が振り向く。すると、いつの間にか和沙の後ろにいた三人も同じように紫音と同じ方向を向いている。そして、そこにいるみんながそれを見て固まっていた。
「……何あれ?」
周りの空気とは対照的に、少々間の抜けた声で呟いた和沙の視線の先には……武士がいた。遠目から見れば、黒い甲冑を身に纏った侍、と言った風貌で、何かの催し物かと勘違いしてしまいそうだ。しかし、他の四人の様子が、そんな事を言っている場合では無い事を教えてくれる。
「まずい……まずいまずいまずい……! 何でアレがここにいんの!?」
焦燥感に駆られているのだろう、裏返り、悲鳴のような声で紫音が叫ぶ。その瞬間、侍の目が赤く、鈍く光り輝いた。
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