四十話 喧嘩する程仲が良い?
「……別に、許すとか許さないとか、そんなのはさして気にしてないさ。ただ、その謝罪と言いつつ、上手い事図ったのかは知らないが、こんな衆人環視の中でそういう事をするってのは、本人としてはそれで気が済むかもしれないが、俺としちゃあただの羞恥プレイなんだよ?」
「俺はそんなつもりじゃ……」
「冗談、もしかして素でやってたのか? だとするなら、お前相当な策士だよ。それも無意識の、な」
「それは誉めてるのか?」
「半分な。もう半分は嫌味だ」
なんとも複雑な表情をしている。まぁ確かに、半分けなされて、もう半分は褒められるなんて妙ちくりんな事をされれば、そうなるのが普通だろう。
「ただまぁ、お前さんの言いたい事は分かったよ。とはいえ、俺としちゃあお前の言葉に肯定もしなければ否定もしない。好きにやればいい。自身の思うがままに、な。それが火の粉となって降りかかるなら……払うだけだ」
「そうか……そうか……」
どこか納得したように頷く辰巳を、和佐は横目でどこか胡散臭いものでも見るかのような視線で見ている。実のところ、特に辰巳に興味が無い和沙としては、今の言葉も適当に頭に浮かんだものを並べただけだったのだが、辰巳が勝手に納得してくれた事でこれ以上無い頭を捻る必要が無くなった事に感謝すべきだろう。
「……ところで、さっきから話してるが、その口調が本来の鴻川かい?」
「は? 何言って……」
そこで気付いた。ついこの間、立花の家で自らの素を垣間見せた和沙だったが、その直前、辰巳は部屋の外へと追い出されていた。つまり、一部始終どころか、最初のやり取りだけで、その後の和沙と辰信のやり取りなど一切見ていない。
その事を忘れていたのか、それとも純粋に苛ついて途中から素に戻っていたのかは分からない。しかし、これで人畜無害な大人しめの少年、という仮面は剥がれてしまった。しかし、それを目撃したのは、辰巳だけだ。つまり……
「今貴様の息の根を止めれば、この事実が表に出る事は無くなる……!」
「いやいやいや、待て、待ってくれ! そんな物騒な事を言いながら近づいてくるのはやめてくれないか!?」
「恨むのなら、俺に安易に近づいた己を恨むんだな……」
アルトの若干高めではあったが、妙にドスの利いた声で呟く。その姿に、流石の辰巳も恐怖を感じたのか、一歩、二歩と後ずさっていく。
「何してるの?」
と、ここでようやく店から出て来た睦月達が、何故か向かい合うようにしている和沙と辰巳の二人を見て不思議そうな声をあげる。確かに、今の二人の構図は傍から見れば怪しい男の二人組……なのだが、いかんせん和沙の容姿上、そう見られる事は少ないだろう。しかし、奇妙である事には変わりは無い。
「別に。立花がちょっと体を動かしたいって言ってたから、相手をしてただけ」
「う、運動?」
「そう、カバディって言うんだけど……」
「?? まぁ、いいわ。ほら、ここは見終わったから、次に行きましょ」
「うん。……分かってるな、いらん事を口にしたらそのそっ首斬り落としてやる」
耳打ち、と言うには少々高さが足りていなかったが、幸いその声質からか、辰巳の耳には届いていたようだ。無言で激しく首を縦に振っている。
「あれ? 紫音ちゃん知らない?」
「知らないよ」
「おかしいわね、先に出た筈なのに……」
「お手洗いでは?」
「ちょっと前にも行ってなかった? 体調でも悪いのかしら……」
先ほどくだらないやり取りをしていたとは思えない程、睦月の顔には心配の表情が広がっている。この中では年長者だからか、それとも根っからの姉気質からか、例え言い争いをした仲でも、こうして気に掛けるらしい。本心では嫌っているわけではないのだろう。ただ、相手をしているだけ、それこそ妹をあしらっているような感覚なのかもしれない。
しばらく周辺を探していた四人だったが、それらしき影は見えず。端末の方にも特に連絡が入っていない事から、何かおかしな事にでもまきこまれたのではないか、と睦月の心配が最高潮に達しかけたその時だった。
「あれ? みんなどうしたの?」
ひょっこりと、何でも無かったかのように紫音が戻ってきた。最初からここにいた、とでも言いそうなくらいあっさりと、だ。
「ちょっと、紫音ちゃん! どこに行ってたのよ!? 心配したんだから!」
「え、ちょ、何!? いきなり何なの!?」
「とぼけないで! 私達を置いてどこに行ってたの? ほんとにもう……」
「別にそんな言うような事じゃないでしょ? こんな所で迷うなんて、それこそ子供じゃないんだし……」
「それでも、よ。少しでも離れるならせめて誰かに一言言いなさい。じゃないと、何も知らずに探し回って、それこそ行き違いになる可能性だってあるんだから……」
「分かった、分かりました! 今度からはちゃんと伝えます! で、これでいい?」
「む~……、何か納得はいかないけど、まぁいいわ。ほら、次行きましょ」
「切り替え早っ……」
睦月が手を引いて二人を再び先へと連れて行く。その後を大人しく付いて行く辰巳をその更に後ろから追いかける和沙。だったが……
「……」
その目は紫音が手にしているSIDへと向けられていた。年頃の少女である以上、携帯端末が手放せないのは理解しているつもりだったが、チラリと見えたその画面から、一般的な女学生らしい使い方をしていないのが分かった。
通信モード。通話ではなく、インカムのように常時繋がった状態を維持するモードだ。和沙が巫女として温羅と戦っていた時も、仲間とのやり取りはこのモードを使っていた。
誰と通信をしてたのか、それともこれからするつもりなのかは分からないが、穏便に済むとは思えなかった。
「おい、何してる! さっさとしろ! もう約束の時間は過ぎてんだぞ!!」
ショッピングモールから少し離れた小さな路地、その奥まった場所では、男の怒号が飛び交っていた。その目の前には、檻の中で小さく縮こまる小型温羅がいる。ここに来るまでは、それこそ手が付けられない程に暴れまわっていたのだが、ここに着いた途端先ほどまでの様子が嘘のように大人しくなった。その姿は、何かに怯えているようにも見える。ようやく自分達の怖さが分かったのか、と気を良くしていのだが、どうにも温羅が見ているのは彼らではなく、路地の奥の方だ。そちらに目を向けるも、この時間にも関わらず異様な暗さの路地の先に、少しばかりの恐怖を覚えた男は、すぐに仕事を終わらせようと檻に手をかけた、その時。
キーン、と、金属が打ち鳴らされる音が聞こえた。
先ほどまで、それぞれの作業を行っていた男たちの手が止まり、音のした方向へと視線を向ける。
路地の奥、その闇の中から音が響いてきたが、ここからでは何も見えない。先程怒号を発していた男が、近くにいた仲間へと顎で指して奥を見てくるように指示する。その仲間はというと、いかにも嫌そうな顔を浮かべるも、男の方が立場が上なのか、渋々といった様子で奥へと向かっていく。
「……何も無いっ……」
ヒュン、という音と共に、仲間の声が唐突に途切れる。そして、未だ暗闇を見つめていた男達の足下に、鈍い音を立てて何かが転がってきた。……今しがた、路地の奥を見に行った仲間の首だ。その顔は、まるで自分に何が起きたか、死んでもなお理解出来ない、と言いたげなものだった。
「ひ……、うわああああああ!!」
何が起きたのか、この場にいる誰もが理解出来なかっただろう。分かるのはただ一つ、仲間が殺されたという事だけだ。
一瞬で恐慌状態に陥った男達が我先に、と路地から逃げ出そうと走り出すが、その路地から出る事に成功した彼らの姿を見た者は、誰一人としていなかった……
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