第77話 雪辱の時

「タイミングが良いと思ったんだけどなぁ……」


 ぼやきを漏らしながら到着した和沙は、先に着いていた一同から訝し気な視線で迎えられる事になる。


「重役出勤とは、随分偉くなったものじゃない」

「皮肉が言える知能を持っているとは、いい具合に進化してるじゃないか。いや、ただの猿真似か? なんかそれ、前に俺が言った気がするぞ」

「むきぃぃぃぃぃぃ!」

「吠えるな、エテ公」


 このやり取りも、もはや定番となりつつある。口では和沙に敵わないのに、よくもまぁ毎回毎回やるものだ、とはここにいる誰もが思っている事だろう。


「で? 今回の相手は?」


 片手間で凪の攻撃をいなす和沙は、傍にいた鈴音へと問いかける。


「視認での確認はまだです。ただ、観測班の方が、レーダーにノイズが走っていると言っていました」

「大型か」


 鈴音が口にした情報から即座に敵を割り出す辺り慣れてきたと言うべきか、それとも別の要素が関係しているのか。

 とはいえ、ここまで材料が揃っている以上、そう判断するのは当然だろう。これまで大型と戦ってきた回数は一度や二度ではない。和沙は当然だが、他のメンバーにしても慣れた相手、だろう。勝てるかどうかは別としてだが。


「そうなると、配置はどうしましょうか?」

「中型や小型は来てるんだっけ?」

「ノイズではっきりとは分からない、との事でしたが、数体確認出来ている模様です。少なくとも、小型が五体、中型が一体」

「だったら、前と同じ編成でいいんじゃないかしら。私と和沙が大型の相手、他のみんなは中型以下の相手、って事で」

「それは……」


 七瀬が言葉に詰まる。言わんとしてる事は分かる。二人で大型を相手する、それはかつての風美と仍美を思い出させるものだ。和沙と凪の戦力は、あの二人よりも上ではあるものの、だからと言って一つ返事で了承するわけにはいかない。


「七瀬の言いたい事も分かるわ。けど、どのみち相手をしないといけないなら、タイマン経験済みの私達がやるのが一番よ」

「タイマン?」

「拳と拳で語り合う、ってやつですよね! それでその後は夕日をバックに川原で固い握手をしてトモになるって言う。あ、好敵手と書いてとも、って呼ぶんでしたっけ?」

「お前は一体何を見たんだ……」


 数世紀前の娯楽書籍にでもありそうな内容を口にする日向に、思わず和佐が呆れた声でツッコミを入れる。


「それは置いておいて。とにかく、大型の相手は私達二人がやるから、その間に小型と中型の相手をお願い。んで、ぱっぱと倒しちゃってこっちに合流。これでどう?」

「……では、無理をしない程度にお願いします。こちらは出来るだけ早く終わらせますので」

「分かってるわよ。無理なんてしないってば。安心しなさい」


 どうしても彼女の頭の中には、最悪のビジョンが映るのだろう。仕方のない話だ。慎重過ぎる、とは凪の言ではあるが、するに越したことはない。かと言って、全員で小型や中型の相手をしていては、それだけ大型への対応が遅れるというもの。この判断も致し方無しだ。


「承知しました。では、私達は小型と中型の撃退に向かいます。……くれぐれもお気を付けて」


 七瀬が三人を纏めて観測班が小型と中型を観測した場所へと向かう。最後まで二人の事を案じていた七瀬の横顔を見送りながら、凪が小さく呟く。


「……心配かけてばっかりね」

「自覚があるなら自重したらどうだ?」

「あんたに言われたかないわよ」


 和佐の言葉に、これまた凪が呆れた口調で返す。果たして、一番無茶をしているのはどちらなのか。


「それじゃ、行くわよ」

「あいよ」


 これで五度目。たった二人での対大型戦が幕を開ける。

 とはいえ、二人だけでの大型との戦い自体はこれで二度目だ。一度目は和佐にスイッチが入っていたからどうにかなったものの、今回も同じとは思えない。直前の出来事の影響だろうか、少しばかりテンションが低い事も、その心配を助長させる。


「いた!」


 流石は大型、と言えるだろうか。そのサイズのおかげで、少し離れた場所からでも容易に肉眼で視認する事が出来るのは、巫女側としては大きなメリットだ。

 しかしながら、遠目から見た大型の姿に、思わず凪が眉を顰めた。


「うげ、あいつって……」

「お前ら《・・・》が初めて遭遇した奴だな」


 そのフォルムには見覚えがある。全体的に他の温羅よりも兵器感に溢れた輪郭、体の至るところから覗く砲台。

 それは紛れもなく、初めて凪達が戦った大型温羅の姿だった。


「相変わらず、メカメカしい見た目だこと。昔あんな感じのロボットアニメがあったな……。なんて名前だったか」

「随分と余裕じゃない。何? また一方的に蹂躙でもするつもり?」

「こないだの奴は、片方は一発に偏重してたし、あのでっかいアンコウは近接型だ。そもそもタイプが違う。それに比べて、あれは恐らく遠距離で弾幕をばら撒くタイプ。近寄ればどうって事は無いが、そう簡単に寄らせてくれるとは思わんな」

「じゃあどうするのよ」


 あの大型はそれなりに苦戦すると言う。しかしながら、和佐の態度は変わらず、むしろあの温羅を見下している。その実力に関しては、凪も一度目の当たりにしており、大型を見下す彼の態度にも納得出来ない事は無い。だが、敵が脅威だと分かっていながら、何故こうも余裕を見せられるのか、それが分からない。


「二人で、って言ってたな」

「?? そうね、大型相手になんだから、私達二人で当たるのが妥当……」

「いや、俺一人でやる。あんたはそこで見てろ」

「ちょっと、それどういうことよ!? あ、こら待ちなさい!!」


 何故か単騎での戦闘を一方的に引き受けた和佐は、凪の言葉に一切耳を貸さず、侵攻中の大型に向かって跳躍する。


「あぁもう!! やっぱりか!!」


 凪がここ最近和佐に感じていたそれは、本人の行動によって確かなものとなった。急いで先を行く背中を追いかけようとするが、その背はとうに大型の目の前に至っている。その無駄に高い機動力に追いつくのは、至難の技だろう。

 少しすると、戦闘が始まったのか、少し離れたこの場所からでも聞こえる程の爆音が辺り一帯に響き渡る。


「あの馬鹿はまた突っ込んで……!!」


 早くもこの作戦がミスではないかと疑い始めてきた。それも、先戦を立てた本人が、である。


「アンタは私以上に自重しろ!!」


 その場で思いっきり叫ぶ程、和佐の行動が頭に来たのだろう。しかし、その叫びが和佐に届く事は無く、返事の一つも返ってこない現状に、凪は小さく肩を落とした。

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