第84話 結論
本来なら、和気藹々とした声に満ちた使い方をされるであろう談話室だが、今この場を支配しているのは沈黙のよって冷え切った空気であり、またそれを打ち砕こうとする者は終始現れなかった。
ただ、そこにいる全員が、最後まで酷薄な笑みを浮かべながらも、異常なまでの憎悪が宿った瞳から一切変わる事のなかった和佐が出て行った扉を見つめている。
結果として、この談合は予想以上の成果をもたらした。あの天至型、黒鯨を倒す方法は、最後まで分からなかったが、二百年前、その黒鯨と対峙し、討伐目前まで追い込んだ英雄が対処してくれると言う。その言葉は頼もしく、同時にこれ以上無い対抗手段でもあった。
しかし、だ。
それ以上に彼は……御巫千里は、自分達が思っていたような人間ではなかった事にショックを受けている。
その逸話、記録は、かの人物を多くの者に聖人と誤認させていた。……今となっては、それらが事実であったのかさえ疑わしいものだが。
「……では、そういう事だ」
「黙ってた私が言うのもなんですが、どういう事でしょうか?」
沈黙を破ったのは、一応この場の仕切り役でもある時彦だった。あまりに唐突に話し出すので、さしもの菫も、話について行けない。
「黒鯨の相手は奴がする、という事だ。良いじゃないか、本人がやると言ったのだから」
「だからと言って、彼一人に任せきりでは……」
「しかし、実際問題他の者達では満足に攻撃すら出来んのだろ? なら、和佐に任せるしかない。奴をメインに据え、他のメンバーはサポートに徹するという事で進めていくしか……」
「悪いが、そいつぁ無理だ」
時彦の言葉を遮るようにして部屋に入ってきたのは、白衣の男性。何か起こる度に和佐が体を見てもらっていたあの医者だ。
「
「あの坊主の身体は既に限界に近い。これ以上無理をさせると……死ぬぞ」
「!!」
驚いた表情をしているのが半分、もう半分は分かっていた、とでも言うかのような表情だ。……口から血を吐けば、その体が正常ではない事くらいは分かるだろう。ここまで状況が酷いと予想していたのは、その内の一部だけだろうが。
「本来男の身体には洸力の精製器官は無く、制御器官も無い。その身体へ強引に接続を行なったらどうなる? お前が寄越した資料にその結果が書いてあったろ。ただでさえ適応する事のない身体に、あの坊主は精製器官と制御器官をぶち込んでる。心臓が、洸力に身体が適応出来るように、元の持ち主と同じ身体に改造する事で無理矢理適応させてはいるが、完全に同等の身体になる事なんざ出来ん。その結果がアレだ。内臓は内側からダメージを受け、中には近い内に真っ当な機能が発揮出来なくなりそうな物もある。……あの坊主の身体はな、奇跡とイレギュラーが同時に存在している、異常としか言えない状態なんだよ」
「つまり、これ以上の戦闘は無理だと?」
「戦闘後のきっちり身体を治すんなら、その限りじゃない。だが、あの様子だと、死んでも構わないって感じだ。限界かどうかなんて本人にゃあ関係無いだろうよ」
「そんな……」
「……決まりだな。対抗手段は一つだけ。その一つに関しても、本人が既にその気でいる。なら、それを止める道理は無い」
「……」
時彦のその言葉で、談話室に再び静寂が流れる。
自分達に天至型を打倒するだけの手段は無い。しかも、唯一可能性のある人物は既に限界に近く、この戦いが終われば、次が無い可能性がある。その事実を飲み込んだ一同は、閉口せざるを得なかった。
「……」
忠告はした、後は彼らの判断次第だ。医師は何も言わずに談話室を出て行く。
それに続くかのようにして、警察署長、市長が言葉も無く部屋を後にする。彼らも暇ではない。これ以上ここで進展の無い話を続ける気は無いのか、それとも単に、少なくとも一人の犠牲が必要だという事実に耐えられなくなったか。
残ったのはいつものメンバーと時彦、菫、そして研究所の所長。
「……例の件、少し早めておきましょうか」
「頼む」
「では、そういう事で」
研究所所長も、それだけを口にすると部屋を出て行ってしまった。例の件、とは量産型洸珠の話だろう。もしかすると、黒鯨討伐までに間に合わせる気なのかもしれない。
残った者の間に会話は無い。普段であれば、フォロー役に回る七瀬や、普段から色んな人間に気を遣っている鈴音でも、この重苦しい空気をどうにかする事は難しいのかもしれない。
それを察したのか、時彦もまた席を立つ。そのまま何も言わずにドアへと向かい、部屋から出る瞬間、何かを口にしようとしたが、すぐに出て行ってしまった。代わりに、その後を追って行った菫が口を開く。
「藤枝さん、水窪さん、悪いけどあの子に会ったら今回の件、伝えておいて貰えるかしら? 今、大人達が直接話すのは……ね」
「分かったわ」
「承知しました」
二人が頷くのを確認すると、菫もまた談話室から出て行く。残されたのは、一番最初にここに集まった五人のみ。
「はぁ……、簡単に言ってくれるわ」
「大人が言っても、って私達でも変わらないと思うんですが……」
「言ったところでしょうがないわよ。結局、誰かが伝えなきゃいけないんだし……。そんじゃ、あの馬鹿を探しに行くわよ。まだ遠くには行ってないでしょ」
凪のその言い方に、日向が首を傾げる。
「あれ? 探しに行くんですか? 先生は会ったら、って言ってませんでしたっけ?」
「何言ってんのよ、会いに行くな、とは言ってないでしょ」
「はぁ……、兄さんも大概ですが、凪さんも結構アレですよね……」
「この人が一番ヤバいんじゃあ……」
「あらぁ? 何か言った、後輩ズ?」
『いえ、何も』
声を揃えて首を横に降る新人二人組を訝しげな視線で睨みつける凪だったが、すぐに顔を逸らす。
「ま、私ももっと聞きたい事あったし、結局会いに行くんだけどね」
「同感です。では、行きましょうか」
七瀬も凪に同調し、揃って部屋を出ようとする。
「あ、待ってよ七瀬ちゃん!」
それに追い縋るのは三人の少女達。彼女達の表情は、先程までの陰鬱なものではなく、普段と変わらないハツラツとした表情を浮かべていた。
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