第83話 二百年前の真実?
御巫、そう名乗った瞬間、室内の時間が完全に止まった。
見回してみると、各々の顔に張り付いた表情は様々だ。今聞いた事が理解できない、信じられない、といったものならまだマシだろう。市長に至っては、他の者達が何故そんな表情を浮かべているのか分からない、といった様子だ。
「ん? どうした? 何故みんな固まっている?」
聞いていなかったのか、それとも本当に理解出来ていないのか。なんにしろ、市長の言葉でおかげでかかっていた呪縛が解ける。
「……つまりあれか? お前が言いたいのは、自分はミカナギ様の子孫だと、そう言いたいのか?」
まだ納得出来ない、とでも言いたげな時彦の言葉に、これまた和佐は嘲笑で返す。
「まだ現実が見えないのか? 御巫の子孫? アホか、俺がここにいる時点であの家は潰えていいる。俺はお前らが崇めている『ミカナギ様』本人だ」
「……信じられませんね。貴方がミカナギ様である事もそうですが、そもそも二百年前の英雄が生きている筈がありません」
「そうか? じゃあついさっきまで話していた黒鯨はどうなんだ?」
「……まさか、あれも二百年前のものと同一個体だとでも?」
「むしろ、何故違うと言える? 姿形は同じ、そして討伐されたと記録には残っているが、どうやって討伐された? 誰が倒した? そんな記録、一切残ってないだろ?」
「それは……」
研究所長が言葉に詰まる。確かに、和佐の言う通り当時の記録はほとんど残っていない。天至型に関しても、出現した事は伝えられているが、その詳細に関する記録は全くと言っていいほど残っていない。
「な、なら、本局にいる浄位は一体誰なんだ!? 君は自分の事をミカナギ様だと、子孫はいないと言った。だったら、本局にいるミカナギ様は一体……」
「知るかよ。大方どこぞのアホがどさくさに紛れて名乗ったんだろ。……一つ確実に言えるのは、御巫の生き残りである俺がここにいる時点で、子孫の存在は有り得ない。母はとうの昔に死んでるし、妹も……大防衛の半年程前に亡くなった。残ったのは俺一人だけだ」
警察署長の疑問を、無情に一蹴する和佐。母と妹の事を口にした時、一瞬だけそのの表情が翳ったが、次の瞬間には元に戻っていた。
「……お前がミカナギ様本人だと言うのは、納得はしていないが分かった。なら、何故洸珠の力を使う事が出来る? それに、あの雷は……」
「神立に関しては、ウチの専売特許だ。御巫の血が流れている人間固有の能力と思えばいい。それから、洸珠の原型を伝えた人間の息子が、それを使えないなんて誰が決めた? ……まぁ、あれが巫女、つまりは女性にしか使えないのは同じだ。それは俺も同じ事」
「つまり?」
「考え方自体は、そこにあるものと同じ。ただ違うのは、パスを洸力を使うパスを移植したんじゃなくて、洸力を精製して制御する器官をそのまま移植した、ということ」
その指が和佐自身に向けられる。指差した位置は左胸、心臓がある部分。
「ここには、初代神奈備ノ巫女である、俺の母親の心臓が移植されている。俺が洸珠に適正を持つのはこの心臓のお陰だ。……俺自身に適正は無い。その為か、もしくは母の生命力の強さのせいか、俺の体は性別以外限りなく母親に近くなっている。まぁ、まだ完全に変わってないせいで、体の至るところにダメージはあるがな」
和佐の体の不調、そしてその容姿の理由が明かされる。それらの身体の異常は、移植された母親の心臓が原因だったのだ。息子の体を蝕み、その形を自身と同様のモノにしようなどと、まともではない。しかし、これのお陰で洸珠の適正を持った事を考えれば、必ずしもデメリットだけではないということだ。
「つまり、巫女の心臓を男性に移植すれば、男性が巫女の適正を持つのも可能、だと?」
「短絡的過ぎるな。血縁であり、母親側の血に先祖返りを起こしていた俺でさえこうなんだ。一般の人間に施せばどうなるか、アンタはもう結果を見てるだろう?」
時彦の視線が机上の端末へと向けられる。良くても内臓の機能は失われ、最悪の場合は破裂すら起きかねない。パスを繋ぐ事も、精製・制御機関を移植する事も根本では同じだ。異物を身体に入れる。身体が拒絶反応を起こすには、十分過ぎる。
「か、身体の事なんぞどうでもいいわ! それより、あの天至型はどう言う事だ! お前が二百年前に倒した筈の奴が、何故今になって現れている!?」
「はぁ……」
重い、重い溜息が口から漏れ出る。戦った本人がここにいる、それだけで答えが出ているようなものだが、この小太りの市長は、本気でその事に気付いていない様子だ。
「倒した、って言うけどな、アンタらの祖先はそれを確認したのか? ただ遠くから見て、消えたから倒した、って勝手に思ってるだけだろ。実際、アレはこうして姿を現した。……風美と仍美が死んだのは、俺が奴を仕留めきれなかったのが原因だ」
「どういう事よ?」
風美と仍美、その名前に巫女隊の一部が反応する。かつて勇敢にも大型にたった二人で挑み、そして散っていった双子の少女。それが和沙のせいだ、とは凪は昨日聞いたが、その大元の原因は、和佐があの天至型を倒せなかった事に起因すると言われ、思わず首を傾げざるを得なかった。
「簡単な事だ。これまでこの街に出てきた大型は、全て黒鯨の眷属……。こう言えば理解出来るだろ?」
「アンタがあの天至型を倒し切れなかったから、大型が現れて……、そう言う事だったのね」
「そうだ。……間接的とは言え、俺が殺したのも同然。それで? 友人を、仲間を殺されたお前らはどうする? 俺はあの二人の仇と言ってもいい。討つか、それとも半目するだけか、お前らの自由だ」
「……!」
自らを風美と仍美の仇とまで言った和佐の表情は、未だ酷薄な笑みを浮かべている。……その目は一切笑っていなかったが。
「だ、だとするなら、今までの大型も、今回の天至型もお前のせいと言う事か! だったらお前がどうにかしろ!!」
「当然、アレは俺が落とす。アレは俺にとっても仇だ。むしろ、ここで仕留めなければ、死んでも死にきれん」
市長が喚くが、それに対しても毅然とした態度た態度で返す和佐。しかし、市長を見る目はどことなく屠殺場に送られる豚を見る目にも似ている。
「あぁ、黒鯨を落とすのは俺の役目だ、キッチリ果たす……が、その後の事は知らん。奴を倒した後はお前らの役目だ。そこまでは俺の仕事じゃないし、義理も無い」
「何……!?」
「あぁ、後処理も含めてだが、俺が言ってるのはもっと後の話だ。亡霊は疾く消え去るのみ……。やる事さえ終われば、俺がここに留まる道理は無い。潔く消えてやる。……そもそも、もう保たんしな」
身勝手とも取れる言い分ではあるが、本来であれば、彼の存在はとうの昔に朽ち果てているものだ。責任を果たせば潔く消える、これは至極真っ当な話だろう。最後に呟いた一言を聞き取れた者が、この場に何人いたか不明だが。
「さて、これが俺の秘めていたものだ。お前らは話せと、聞かせろなどと
まるでそこにいる人々を見下すような口調で言葉を並べた和佐は、そのままその場にいる面々の顔を見回し、小さく鼻で笑った。
かつて英雄と呼ばれ、今では神格化までされている人物、ミカナギ様改め、御巫千里。それが、こんな人物だなどと、一体誰が想像しただろうか? 少なくとも、ここにいる者達の殆どが、その事実を信じる事が出来ていない。
その姿は、ここにいる者達の目に、どれほど自分本位、利己的に映ったのだろうか。彼の本心は、ここにいる者の中では誰一人として分からないだろう。
御巫千里の歩んできた過去、その悲惨さを知らなければ……
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