第54話 別離
「はぁ、はぁ……」
乱れた呼吸が集中力を奪う。なんとか整えようとするも、何らかのアクションを取ろうとした瞬間、攻撃され、そちらの対処に手間を取られ、息つく暇も無い。
長刀を持つ手はまだ硬く握り締められているが、持ち上げるだけの腕力が残っていないのか、腕がだらんと垂れ下がっている。
七瀬を見送ってからどれだけ経ったか。体感時間では、半日は戦っていたと錯覚するほど疲労しているが、実際にはまだ一時間も経過していない。
「っ!?」
まるで周囲を囲うように次々と射出される杭に囲まれないように逃げるのが精一杯だ。持ち前のスピードも、最早見る影も無い。
辺りに転がった瓦礫の合間を抜けながら、温羅へと視線を向け、反撃の機会を窺うものの、この程度で見つかるならば、そもそもここまで苦戦していない。
「ちっ!!」
囲い込む事をやめたのか、今度はまるで後を追うようにして杭を立て続けに撃ち込んでくる。足下に転がる瓦礫の欠片に忌々しげな視線を向けながらも、その隙間を縫い、時には大きな瓦礫を盾にして温羅の攻撃を捌いていく。
しかしながら、人間には限界と言うものが存在する。
攻撃を捌き、躱していく和佐だったが、その間にもその体には至近弾による破片が掠め、着いた傷や、かすり傷が増えていく。むしろ、これだけ消耗していながら、まだ直撃していない事が奇跡と言える。いや、もしかすると、あの温羅は和佐を嬲って遊んでいるのかもしれない。
「クソッ、キリがない!!」
まるで横殴りの豪雨のように降り注ぐ杭は、少しづつ、しかし確実に和佐の体力と精神、そして洸力を削っていく。
このままでは、いずれその攻撃量に押し潰されるだろう。こうなると、結界など一時の気休めにしかならない。それどころか、動く事を止めた瞬間に貫かれる事だろう。
「一か、八か……」
おそらく、後には引けない決死の特攻になるだろう。しかし、今の状況ではジリ貧になるばかりで、事態は決して好転しない。ならば、確率の低い博打ではあるが、一か八か吶喊を決行した方が活路は開ける。
これまでの戦いから、大型は一定時間戦闘を行うと、撤退する事が分かっているが、この大型に関してはその素振りを一切見せない。推測だが、ここで確実に和佐を仕留める気なのだろう。
そうなったとしても、例えこの場で倒れようとも、せめて一矢報いれば、この大型の今後の活動は阻害出来る。
「決死の覚悟で一矢報いる、ねぇ……」
七瀬に偉そうに言った手前、何としても生き延びる覚悟を決めていた和佐だったが、現状ではそれも難しそうだ。
既に生き残るという意識は陽炎のように揺らいでいる。であるならば、せめて一撃くらいは奴にぶち込む。そう、固く、何よりも固く心に決めた和佐は、障害物の影から身を乗り出した。
その瞬間、温羅の意識が和沙を捉える。今にも攻撃を放ってきそうな様子に、一瞬、警戒を強めるも、もはや時間の問題だとでも言うのか、杭が放たれる事はなかった。
「余裕だな……!!」
果たして、見せた余裕が命取りになるかは、和佐に懸かっている。眼前の敵を見据えながら、刀を構える。それに対し、まるで真正面から受けて立つ、とでも言いたげな温羅の様子に、少しばかり活路を見出した。
今出せる全速力ならば、温羅の認識外に一気に離脱し、そこから不意打ちを仕掛ける事が出来る。
成功するかどうかは五分だろう。それでも、決死の神風アタックを仕掛けるよりかは遥かにマシだ。
「ふぅ……」
腹の奥底に溜めた空気を一気に、ゆっくりと吐き出す。今使える洸力のほとんどを足へと回す。肉体の強化としてはそこまで期待は持てないが、それでも無いよりかはいい。
肉薄した際に狙う部分は砲門、その一点に照準を合わせる。ただ一点、ただ一か所に狙いを定め、それと同時に、吐き出し切った息を止める。そして……
「ッ!!」
生きていた頃は、仍美に次ぐ速さを持っていた和沙だったが、いまここに至っては断言してもいいだろう。今だけは、且つての仍美よりも速い。そう言い切れる程のスピードで、地上を疾走する。
ヒット&アウェイを徹底するように指示された時から、踏み込む速度だけは誰よりも速くあろうとし、訓練を続けてきた。しかし、ここに来て、とうとう踏み込みだけではなく、機動力そのものが最速である、という事実を得た。こうなった和沙はそう簡単には止まらない。
温羅に和沙のスピードが捉えられているのかは分からない。しかし、攻撃の為の動作は取っていない。
「今なら……!!」
弧を描くような軌道で、一度温羅の正面から外れ、側面へと回る。一拍置いて、その巨体を和沙の方へ向けようと鈍重な動きでその場で旋回するも、遅すぎる。
二百メートルはあろうかと言う距離を、たった数歩で半分まで詰める。刀をいつでも振り下ろせるように上段に構えると、その体勢のまま距離を詰め、肉薄しようと、再び一歩を踏み出した。
ここまで上手く行くとは思っていなかった。
だからこそ、この温羅が持つ、一部の特性が完全に頭の中から抜けていた。
あと数歩のところまで迫る和沙。しかし、最後の一歩、それを踏み込んだ場所が悪かった。
次の瞬間、和佐を襲う閃光と轟音、そして爆風。
洸力によって強化された状態での突進に合わせられたその爆発は、容赦無く和沙の最後の希望を毟り取っていく。
全身を穿とうと飛来する瓦礫の弾丸に、防ぐ余裕すらなく全身を撃ち抜かれていく。
「がっ、はぁ……!!」
爆風によって吹き飛ばされた事が功を奏したのか、幸い、瓦礫の弾丸や爆発自体のダメージはそこまで大きくはない。しかし、ノーガードで爆風を受けた和沙に、空中で体勢を整えるなど曲芸じみた動きを取る事など不可能だった。
受け身すら取れずに地面に叩きつけられ、辛うじて残っていた肺の中の空気が全て吐き出される。呼吸困難と酸欠による意識の混濁のせいか、仰向けになって空を見上げるその瞳に光は無い。
「……っ、……っ」
何とか空気を吸おうと、喘ごうとするが、声一つ出ない。その様子は、まな板の上の魚のようで、それよりも酷かった。
ゆっくりと、無防備な状態の和沙に近づいて来る温羅。その影が迫っている事は、和佐の目にも映っているだろうが、そこに意識を向ける余裕は無い。されるがまま、の状態だ。
和沙をここまで追いやったあの爆発は、例の爆発する杭だろう。風美の時は、着弾よりも少し遅れて爆発したせいで、衝撃によって導火線に火が入るものだと思われたが、どうやら任意で爆破する事が可能だったようだ。
好機だと思っていたものが、全て罠だと気づいた頃には、全てが遅かった。
温羅の下部にある小さな砲門の一部がゆっくりと和沙に向けられる。そこに装填されているのは、本来であれば複数運用を前提とした小型の杭だ。大型に比べると、小さく見えるが、それでも人一人を殺すには十分過ぎる大きさをしている。
その先端が覗く筒が、ゆっくりと和沙の中心へと向けられ、そして……
「ごっ……、ふっ……」
静かに、その身体に突き立てられた。
一瞬、何が起こったのか分からない様子の和沙だったが、自らの腹部から延びるそれを見て、ようやく何がどうなったのかを認識する。
「あぁ、くそ……。こん、な……、あっさり、と、かよ……ごふっ」
喉元から上がってきた血液が、口から漏れ出る。
もはや、口元を拭う力すら出せず、一度杭に伸ばされた手は、そのまま力無く地面へと落ちた。
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