第53話 激震 後

 七瀬が日向を抱えてようやく警備隊の拠点に辿り着いた時、拠点内は混乱状態に陥っていた。しかし、前線から戻ってきた七瀬と日向を見た一部の者が二人に駆け寄ってくる。


「七瀬さん!!」

「……先生」


 その人物とは菫だった。彼女は七瀬達の姿を見るや否や、現在進行中だった仕事を放り出して二人を迎えてくれた。……仕事を放り出すのはどうかとは思うが、現状を考えると無理も無いだろう。


「先生、日向を……!」

「……! 救急隊員! 早く!!」


 菫の指示でやって来た救急隊員が、日向を担架へと運び、そのまま救急車へと連れて行く。その様子を見送った七瀬は、ここに来て緊張の糸が切れたのか、その場にへたりこんでしまう。


「……何があったの?」


 七瀬は、その発言に思わずは耳を疑ってしまう。あれだけの事が起きていながら、菫達は何も把握していないからだ。


「言いたい事は分かるわ。けどね、こちらもいつも全て把握しているとは限らないの。今回のような観測班が何も出来ない状況だと、尚更ね」

「観測班が? それってどういう……」


 そこまで言い、気が付く。そういえば、和佐がこれまで大型が襲来してきた際、通信が出来なくなっていた。正確には、ある一定の距離までは何とか繋がるものの、遠距離の通信や、観測班のレーダーには映らなかった。和沙曰く、何らかのジャマーが発信されているのだろう、とも。

 今回は二体の大型が出現している。おそらく、これまでの通信妨害よりも一際強力なものになっているはずだ。であれば、遠距離からの探知は無意味以外の何物でもない。菫達が状況を理解出来ていないのも仕方の無い話だろう。

 七瀬は、現在の状況を掻い摘んで説明する。七瀬によって語られるその内容に、菫を始めとした、周囲の者達は愕然としていた。

 大型がいる、というのは通信や観測班の探知が効かない以上、予想はしていたのだろう。しかし、二体の出現に関しては、誰一人として想像していなかったようだ。そもそも、その状況を目の前にした七瀬ですら、一瞬自分の見ている光景が信じられなかったのだ。直接見ていない者にとっては、聞いたところで実感すら湧かないだろう。


「大型が、二体……」


 深刻な表情を浮かべながら、呟く菫。周りにいる者達も彼女と同じような顔をしているが、七瀬にとってはそんなこと、どうでもよかった。


「はい、ですので、すぐに戻らないといけません」

「待ちなさい」


 言うや否や立ち上がった七瀬に、菫が止める。

「あなたに大須賀さんを連れて行くように藤枝さんが指示したのよね?」

「そうです。先輩はまだ戦闘中ですので、早く行かないと……」

「残念だけど、それは無理よ」

「……どういう事ですか?」


 理解が出来ない。言われた事が、ではなく、目の前にいる人間が理解出来ない。そう言いたげな顔をしている。しかし、七瀬の抗議とも非難ともとれる視線を受けながらも、菫が冷静な口調で告げる。


「水窪さん、あなたには、このままここで待機していてもらいます」

「な……!? どういう事ですか!?」

「あなたは藤枝さんがどういう意図であなたを大須賀さんと共に撤退させたのか、分からないの?」

「それは……」


 分からないはずがない。何せ、本人の口から直接聞いているのだから。しかし、先程菫にした説明の中に、その事は含めなかった。こうなると分かっていたからだ。


「あなたなら分かっているはずです。藤枝さんの意図、そしてあなたがどうするべきかも」

「……」

「幸い、大型はある程度活動した後、何故か撤退する事が確認されています。足止め次第では、ここまで来ることは無いでしょう」

「……見殺しにしろ、と言う事ですか?」

「……」


 菫は答えない。が、それは暗にそうしろと言っているのと同義だ。直接言わない分、なお質が悪い。


「必要な事よ、割り切りなさい」

「そんな……、簡単に!!」

「貴女をここで失う訳にはいかないの。藤枝さんがそう決断した以上、納得は出来なくても、理解はしなさい。……こんな事を言うのも心苦しいけど、貴女がいるのはこういう世界よ」

「……っ!?」


 七瀬が何かを堪えるように、唇を噛み締める。菫の言っている事は正論だ。組織を、佐曇の巫女隊を残すには、今大型を足止めしている二人を見捨てるしかない。


「……支部長は、何と?」

「現場の指揮は任されてるわ。だから、ここで何があっても全て私の責任よ。……貴女はよくやったわ。もう、休みなさい」


 菫はそれだけ言うと、七瀬の前から踵を返す。今の一言は、ある意味では七瀬を救うものだったが、彼女が欲しいのはその一言ではなかったのだ。どんな結末になろうとも、ただ一言、戦いに戻れ、と言って欲しかった。

 その場で呆然としながら座り込んでいた七瀬の元に、菫と入れ替わるように鈴音がやって来た。たまたま近くにいたのだろうか? いや、候補生の中には、こうして本隊に上がった時の事を考えて実際に隔離区域のすぐ近くまで来る者も少なくはない。彼女もその一人だったと言うだけだ。


「先輩、兄さんは……」


 開口一番、兄の安否を気にかける鈴音だが、七瀬の姿を見て、察してしまった。


「……ごめんなさい」

「先輩……?」


 絞り出すように漏れたその謝罪は誰に向けたものか。それは誰にも分からない。


「先輩、顔を上げてください」


 まるで幼子にするように、視線を合わせるようにその場にしゃがんだ鈴音の穏やかな声が、七瀬に届く。その声に導かれて上を向いたその顔は、今にも決壊しそうなほど悲しみに歪んでいいる。


「先輩のせいではありません。いえ、誰も悪くはないんです」

「……ですが、私は……」

「私は諦めてはいません」

「……え?」

「だから、ここで待つんです。帰ってきたら、ちゃんと迎えてあげられるように。そう、考えられませんか? 二人を犠牲にするのではなく、迎える為にここで待つ、と」

「それは……」

「理想論かもしれません。もしかしたら、もう手遅れかも。ですが、何故でしょうね、私は兄さんが何気なくひょっこりと帰ってくるような気がするんです」

「……信じてるんですね、和佐君の事」

「兄ですから。とは言っても、まだそうなってあまり時間は経ってませんけど、あの人の事はもう大体分かりますから」


 兄が佳境に追いやられているというのに、この少女は帰ってくると信じている。無理をしている様子ではない。おそらく、本気でそう思っているのだ。七瀬に足りないのはこういう部分だろう。


「そう、ですね……、私一人で焦っていても仕方がありませんね。ごめんなさい、鈴音さん。私は少し周りが見えていなかったようです」

「そうです、どっしりと構えて待ってましょう」


 鈴音の言葉で、ようやく自身が今最もすべき事を理解したのか、先程まで見せていた悲痛な表情はもう見られなかった。

 その様子を笑顔で見守っていた鈴音だが、七瀬に背を向け、隔離区域の方へと向けた表情は、決して明るいものではなかった。


「だから……、絶対に帰って来てください、兄さん」

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