第79話 協調性

「……終わったぞ」


 和佐がそう口にしながら、背後に転がっている瓦礫の一つへと視線を向ける。その影から、いつでも飛び出せるように準備をしていた凪が姿を見せる。


「……」


 塵と化し、風に乗って消え去った温羅を目の前にしているが、何故か賞賛や労いの言葉は無い。それどころか、彼女の目は、これまで見た事が無いほどの険しさを宿している。


「何だその顔。そんなに手柄が立てられなかった事が不満なのか?」

「……あんた、それ本気で言ってる?」

「俺は冗談が嫌いだ」


 怒気を孕んだ言葉を前にしても、和佐の態度が変わる事は無い。あくまで普段通り、むしろあれだけの戦いを終えて、何故ここまで平静でいられるのか。その様子に、凪は言いしれようの無い恐怖を感じていた。和佐自身に、ではない。そんな和佐を形成した過去の出来事に、だ。

 しかし、今凪の胸中では、そんな恐怖すら塗り替える感情が渦巻いている。怒り、だ。


「一つ聞かせてもらうわ。……何で一人で突っ込んだの?」

「逆に聞こう。その質問に対し、どう返答したらお前は納得する?」

「さぁ? いや、今なら何を言われても納得出来ない自信があるわ。例え、誰かの為、なんて言われてもね」

「……イマイチ言いたい事が分からん。一人で突っ込んだ理由? そっちの方が楽だろ? それ以外に何がある」

「楽って……アンタねぇ!」



 和佐の言葉が琴線に触ったのか、今まで目だけだったいかりの色が、今は表情全体に出ている。それほどまでに怒りを露わにする凪を、和佐は見たことはなかった。


「アンタ、周りがちゃんと見えてるの!? 一人で突っ込むのは結構、一人で敵を倒しちゃうのも構わないわ。けど、それはアンタ一人しかいない時に限られるもんよ!! 昔はどうだったか知らないけど、今はチームよ。お互いがお互いを気にしないとその後がどうなるか分かってんの!?」

「……」

「アンタがもし一人で突っ込んで、万が一にもやられてみなさい。そうなると、次は私が一人で戦う事になる。二人でやれば撃退出来たかもしれない敵を、私だけで、それもやられれば、今度はあの子達だけで戦わないといけないのよ? この時点で私達の負けよ。そうならない為に、こうして二人一組を作ってるの。何も全幅の信頼を置け、なんて言う気は無いわ。でもね、小さくても戦力の一つとして扱う事は出来るんじゃないの!?」


 和佐は、凪の怒気とその中に少しだけある哀情の入り混じった言葉を遮ろうとはしなかった。だが、その言葉に頷く事もない。ただ黙って、感情を感じさせない瞳を向けながら、黙って聞いていた。


「ねぇ、そんなに私達は頼りない? アンタが一人で命懸けにならなきゃいけないほど、私達は弱いの!?」

「……はぁ」


 その溜息は、疲労から来るものか、それとも落胆の意味を持ったものか。或いはその両方という可能性もある。

 溜息を吐き、少しばかりが開く。その間、凪は和沙の言葉を待ち続けた。彼女の口にした、自分達への不信、そして和沙への不和、それが杞憂だったと思いたい一心で。


「……言葉が悪かったな。楽だ、とは言っても、お前らが楽なんじゃあない。邪魔者がいなくて、俺が楽なんだ」


 しかし、その口から出た言葉は、凪の求めていた答えとは異なり、彼女の心を深く抉るものであった。

「そもそも、誰かの為? はっ、冗談じゃない。俺が誰かの、何かの為に命を懸けている? そんな滑稽な話があってたまるか! ……俺は自身の責任を果たしているだけだ。この状況を作り出した元凶、その一人としてのな」

「……どういう……事?」


 和佐の明確な非難を受け、意気消沈しているところに追い打ちをかけるようにして、思いもよらない言葉を耳にした凪は、顔面蒼白になりながら、息も絶え絶えになりながら問いかける。


「おかしいとは思わなかったのか? この短期間で襲来する異常な数の温羅。それも、小型や、大した能力も持たない中型じゃない。れっきとした戦闘に特化した中型、そして……大型。これらは全てある出来事を境にして出現し始めている。さて、その出来事とは、一体何だったかな?」


 まるでクイズでも出すかのように問いかける和沙の口元には、薄く笑みが浮かんでいる。が、その目は一切笑っていない。問いかけている、と言うよりも、それはまるで記憶の底に沈んだ出来事を、無理やりにでも引き摺り上げようとしているかにも見える。


「ま…さか…」

「思い出したか? なら言ってみろ、お前らをそてまでに無いほど危険に晒し、風美と仍美の二人を結果的に死に追いやったのは誰だ?」

「……ッ!!」


 気付いた、気付いてしまった。ここ最近の高頻度の温羅の襲撃。その元凶となった人物が誰なのか。

 もはや考えるまでもない。今、凪の目の前で薄く笑みを浮かべている少年が全ての元凶だったのだ。


「やはりと言うか、何と言うか……」


 全てを悟った凪に睨みつけられながらも、和佐はその反応が返ってくる事が分かっていたかのように振る舞う。いや、実際分かっていたのだろう。だからこそ、まるで、否、仲間の仇を見るような目で睨まれても、怯みもしなければ、反論すらしない。


「結構、やはり人はそうでないと」


 しかし、その反応に嬉しそうな表情を浮かべる和佐に、凪は戸惑いを覚えずにはいられない。目の前の少年は、仲間の仇だ。経緯がどうあれ、結果だけを見ればそういう事になる。

 しかし、しかし、だ、果たして本当にそうなのか? もしも、和佐があの温羅達を招いた原因だったとしても、彼は奴らを率先して倒そうとはしたが、擁護するような事は一度たりとも行なっていない。むしろ、温羅への確実に息の根を止める戦い方を見ていると、和佐は温羅に対し並々ならぬ感情を抱いているようにも見える。それこそ、先程凪が和佐に向けた視線以上のものを……。


「遅れて申し訳ありません!!」


 その場で考え込んでいた凪の耳に届いたのは、別働隊として中型と小型の対処に当たっていた四人の内の一人、七瀬の声だった。


「数が想定以上だったもので、少々時間が……、何です? この空気」


 後ろに、残りの三人を引き連れて来た七瀬が、二人の間に流れる異様な空気に気付く。


「……何でも無いわ」


 和佐が口を開くよりも早く、凪が七瀬に答えながら、踵を返す。その様子を変に思った七瀬達が、その背中を見つめているが、当の本人は何も語らず、また和佐がその原因を口にする事は無かった。

 結局、既に大型が討伐されている為、これ以上ここにいても仕方がないという事で、報告だけ行って戻る事になった。とはいえ、何があるか分からない以上、報告が完全に終わるまでメンバーはその場に待機だ。報告はものの数分で終わるのがほとんどなので、その間を待つぐらいならなんて事はない、そう思っていたのだが……。


「ん?……」

「どうかしましたか?」


 端末の画面を睨みつけながら、凪が低い声で唸っている。少しの間、七瀬がその様子を見守っていたが、流石に見かねたのか、声をかける。


「いやねぇ、繋がんないのよ」

「繋がらない? それは大型出現時のノイズと一緒で?」

「いんや。大型が出てる時は、遮断されてる、って感じなんだけど、今はそもそも電波が飛んでない感じがするのよねぇ……。壊れたかな?」

「少々お待ちを、こちらでも確認してみます。……ダメですね、繋がらないと言うよりも、回線が届いていないようです」

「つまり、どういうこと?」

「電波が出る部分を押さえつけられている、と考えて下さい。二台が同時に故障……、あり得ない話ではありませんが、滅多にある事ではないはずですが……」


 七瀬が和佐へと視線を向ける。すると、それを見越していたかのように、和佐も自身の端末の画面を見せる。その画面に表示されているものは、凪達の端末に表示されているものと同じだった。


「和佐君の物も駄目、と……。これは端末側の異常ではありませんね……」

「とりあえず、警備隊の所に戻るわよ。連絡が出来ない以上、あまり長居するのもあれだし……和佐?」


 凪が、何故か上を向いて空を見ている和佐に気付く。同じように見てみるものの、そこにはいつも通りの空が広がっている。雲一つ無い快晴だ。

 未だに空を見続ける和佐を疑問に思いながらも、帰るよう促そうとした、その時。


『――――――』


 何かが、響いた。

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