十五話 研究所
「……趣味の悪い」
発展に犠牲はつきものだとよく言うが、これじゃ犠牲ではなく生贄じゃないか、と思わずにはいられない。しかも、見た目は小型にも関わらず、鮮やかな色を放つ炉心を持つ事から、実際は中型相当の個体なのだろう。見た事の無い色をしている辺り、あれが作られた温羅、と言ったところか。
自分達が作ったものを更に分解して何が楽しいのだろうか。プラモデルを作り、その後にバラすようなものだ。本来の用途や、どのようにして作られるのかが分からない以上、あくまでも素人の主観でしか話す事は出来ない。だが、彼らが行っている事は間違い無く、何らかの意味を持つ事なのだろう。
しかし、だ。長尾が亡くなった今、ここでの研究を一体何に使うつもりなのか。まさか、まだ例の計画を続けるつもりなのだろうか。
そんな事を考えながら、隠れていた機材から身を乗り出し、研究者達が何を話しているのか、それを聞こうとする。が、ここで記録をする事を思い出し、懐から端末を取り出すと、そのまま録画モードへと移行する。
ピッ
録画モードにした瞬間、そんな電子音が端末が鳴り響いた。そう、響いたのだ。ここは地下の閉鎖された空間、当然小さな物音であれ、反響すればその音量は何倍にも膨れ上がる。そして、それは今の状況でも同じ事。
「何の音だ!?」
「ヤバッ」
急いで元に戻そうと取り消しボタンを押す。よく考えれば、ここで元に戻す意味は一切無いのだが、潜入中という緊張感に煽られたのか、和沙の判断力は少し異常をきたしていた。
ピー
今度は短い音では無く、伸びた電子音が端末から流れる。これを流石に誤魔化すのは不可能だろう。当たり前だが、これに気づかない程ここの研究員は馬鹿ではない。
「あれは誰だ!!」
一斉に指を指された和沙へと向けられる視線。その視線に狼狽えながらも、それから逃げるようにして機材を飛び越し、逃げようとする。すると……
ガチン、と何かが外れる音がした。幸いにも、その音は和沙の前からではなく、後ろから聞こえたものだ。逃げようとした先に何かをされたわけでは無い。無いのだが……、研究員達にとっては絶望の始まりだった。
「おい、誰が拘束を外せと……ぶべっ!?」
まるで壁に肉でも叩きつけたかのような音が響き渡る。それもそうだ。何せ、研究員の一人が、拘束されている温羅に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたのだから。
バキバキと破壊音を出しながら、温羅が拘束を一つずつ壊していく。その状況に頭が追いつかないのか、ただ茫然と見ているだけの研究員達。
そのうちの一人が、壁に叩きつけられ、本来出るべきではない場所から血を流している同僚の姿を見て、ようやく我に返ったのか悲鳴を上げながら逃げようとする。が、そう判断するには少々遅かったようだ。
脱兎のように逃げ出した研究員を、自らも体液のような物を垂れ流しながら襲う温羅。それに対し、対抗する術など持たず、ただ襲われるだけの研究員は、そのまま腹を食いちぎられ、無惨に内蔵を晒して転げまわる羽目になる。
食う事が目的ではないのか、一通り鬱憤でも晴らすかのように食い散らかすと、次のターゲットへと目を向ける。その先にいたのは、眼鏡をかけた女性研究員。
「ひぃっ……!?」
彼女もまた、逃げ出そうとしたのか走りだしたが、どうやら向かう方向が違う。その先には、研究とは無縁のようにも思える、ゴテゴテとしたつくりの銃のような物が置いてあった。
こういった研究所ならば、緊急事態の対処方法の一つくらいは用意しているものだ。例えば専門の人間を雇う、そういった道具を使えるようにしておく、等。どうやらこの研究所では後者だった模様。この施設の事を知っている人間を最低限に絞り、情報漏洩を無くそうとしたのだろうか。だが、今回はそれが裏目に出る。
温羅と比べれば、人間の速度など大した事は無い。更に言えば、この温羅はパワーとリーチに優れる尻尾のような器官を持っている。攻撃手段には事欠かない。
女性職員が銃に辿り着く前に尻尾に絡み取られ、そのまま床へと叩きつけられる。一度だけならば、体のあちこちから出血するだけで済んだが、それで収まるとは思えない。
何度も何度も叩きつけられ、最初は重い衝撃音が響いていたが、回数を重ねる毎にまるで液体を叩きつけているような音へと変わっていく。ここまで来て、その様子を見た他の職員達も異常事態だと認識し、それぞれが思い思いの行動をとるが、そんな事はお構い無しとばかりに尻尾で持っていた職員を叩きつけた後、近くにあった巨大な培養槽のような機材に職員だった肉塊を投げつける。
ビタン、と音を立てて、ゆっくりとずり落ちていく肉塊はさながらホラーのよう。培養槽には傷一つ付かなかったが、その後の尻尾の攻撃は話が別のようで、大きく音を立てて表面のガラスが割れ、そこから液体が流れ出る。
隠れていた時は分からなかったが、この培養槽の中には、人造温羅が格納されていたようだ。それが培養液が無くなった事で目を覚まし、次々と自分達を閉じ込めていた入れ物の中から出てくる。
ほんの数分もせずに、この場は阿鼻叫喚の嵐となった。呆然とする和沙の目の前で、次々と研究員達が人造温羅によって物言わぬ肉塊へと変えられていく。
「これは帰ったら怒られるかなぁ……、怒られるよなぁ……」
自身が引き起こしたわけでは無いが、そもそもの発端は和沙が見つかった事にある。もっと隠密にやっていればこうはならなかったはずだ。
「はぁ、はぁ……た、助けて……」
涙か鼻水かも判別できない程、顔中液体塗れになった研究員が和沙に縋って来る。目の前にいるのは不審者だというのに、こうなればそれすら関係無い程切羽詰まっているのだろうか。それとも、助からないと頭のどこかでは分かっている為、そこにある何かに縋らずにはいられないのかもしれない。
出口に一番近いからか、和沙はなかなか狙われない。もしくは、研究員達に恨みでもあったのか、脇目もふらずに彼らへと飛び掛かっていくのが見える。和沙の足元にいる彼は、運よくその中から一番出口に近かったからこそこれまで逃れてきたのだろう。
本来であれば、彼を保護という形で助けるのが当然なのだろう。しかしながら、和沙としては目の前で暴虐の限りと尽くしている温羅達の気持ちも分からないでもない。無責任な人間達に好き放題に扱われ、挙句の果てには処分される。例えそれが仕事とはいえ、研究員達は食い散らかされても文句など言えない事をしてきたのだ。手を出すのであれば、その矛先が自身に向いた時でいい。
そう考えた和沙は、逃げる事の邪魔はしないが、助ける事もしない、といった態度で出口の傍に陣取っている。その様子を見て、和沙へと縋った研究員は一瞬絶望に染まった表情をするが、助けてはくれないものの、出口に行きやすいように避けたところを見て、即座に脇を通り抜けていく。
「……まぁ、一人くらいは証人として必要だしな」
その研究員の後ろ姿を横目で見ながら、未だに暴れ続けている温羅へと注意を向け続ける。しばし近くにいた研究員をおもちゃにしていた彼らだが、やがて飽きたのか、その視線を和沙へと向ける。
他の者達は皆、逃げ惑うばかりであったにも関わらず、ただ一人その様子を静観し続けていた和沙に疑問を持っているのか、少しの間考えるように見ていた温羅達だが、そんな事は必要無いと判断したのか、一斉に新たな獲物目掛けて襲い掛かる。
「そんじゃ、俺も手を出しますか……」
決して乗り気ではなく、渋々といった様子の和沙だが、彼個人の事情に温羅が配慮してくれるはずも無く、一斉に襲い掛かって来る敵を前に、小さく嘆息したかと思った次の瞬間、一番前、和沙に一番に襲い掛かった温羅が、左右に真っ二つになる。その骸の後ろには、数瞬前まで前にいたはずの和沙が、長刀を振りぬいた形でそこにいた。
体を真っ二つにされたのだ、当然中心にあった炉心も同じく二つに切り裂かれている。床に落ちると同時に塵になり始めた温羅の骸を背に、ゆっくりと和沙が前に歩き始める。
「さて、どうする?」
目の前の人間に、これまで感じた事の無い何かを感じ取ったのか、温羅達は一斉にその動きを止める。しかしながら、武器を構えているのが見える以上、敵対意識を持っているのには変わりないと判断したのか、それぞれが思い思いの動きをしながら、和沙へと襲い掛かって来る。
しかし、だ。いかに中型相当の力を持つ温羅だったとしても、彼らに戦闘経験は無い。故に、何度も死線をくぐってきた和沙の前では、どんな動きをしたところでその全ては無意味となる。まるでそれを教えるかのように、和沙は温羅の動きを全て見切り、なおかつ一体ずつその手にかけていく。
おそらく、この温羅達が全滅するのにそう時間はかからないだろう。どれだけ必死に阿足掻こうとも、目の前にいる本物の化け物には太刀打ち出来ないのだから……。
「あぁ、良かった。ちゃんと残ってたか」
その声が聞こえた瞬間、部屋の隅で膝を抱えて縮こまっていた男性研究員身体が小さく跳ねる。ゆっくりと顔を上げると、先ほど彼が縋っていた少年の姿があった。身の丈程もある刀を肩に乗せながら、安堵したような表情を浮かべている。
「き、みは……」
「いやぁ、残っててくれて助かったよ。まともな精神状態なら、何が何でも地上に出ようとするのかもしれないけど、こういう事態に慣れてないのかな? 俺としちゃあ、ここにいてくれて万々歳、ってやつだけど」
「き、君は!」
「あん?」
「君は一体何者だ!? それに、中にいた皆は……」
見た感じ、もともと気の強い方ではない男性研究員が、叫ぶようにして和沙にそう問いかける。だが、彼の反応は正しい。今回の件、直接の原因ではないが、発端となったのは和沙だ。あの場で和沙が自分の存在を気取られなければこんな事にはならなかった。
だが、それは彼らの行いの免罪符にはならない。むしろ、そんなおかしな実験をしていたからこそ、今回のような事故? が起きたのだから。
「俺は御巫織枝の使いっ走りだ。それと、中にいた連中だが……、さぁな。全員死んだんじゃないか? ぼろ雑巾みたいにされてたし」
「御巫様の……、それにぼろ雑巾って……」
「何だ、なんか文句あんのか?」
和沙の鋭い視線を受け、男性は首がもげそうな程の勢いで横に振る。どんな形であれ、命があるのは目の前の人物のお陰には変わりない。
「な、なら、急いであの扉を閉めないと……! あいつらが外に……!!」
「来ないぞ」
「……へ?」
「全部片づけた。閉めなくても奴さんが来る事は無い。どうしても気になる、ってんなら止めないが」
しばし間抜け面を晒していた男性だったが、和沙の言葉がどうしても信じられなかったのか、開いた扉の隙間から中を覗き込む。すると、扉の向こう側に充満していた死臭と、焦げ臭い匂いが混ざり合い、絶妙なハーモニーとなって男性の鼻腔を突く。
「う……おえぇぇぇ……」
流石に我慢できるようなものでは無かったのか、思わずその光景から目をそらし、部屋の隅に戻って嘔吐してしまう。
「あれだけやっておいて、今更こんなの大した事無いだろ」
「ひ、人と温羅を一緒にするな!!」
どうやらまだ悪態に対する文句を言うくらいの元気はあるらしい。それならば、と肩に担いだ刀を持ち直し、男性にゆっくりと歩み寄る。
「な、何だよ……」
「いやぁ、少しばかり話を聞こうと思ってね」
にやり、と半月状に吊り上がった口元を晒しながら、不気味な笑みを浮かべている。
この男性研究員は後に理解する事になる。助けてくれたからといって、決して味方というわけではないという事を。
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