第24話 蒼光 後



 普段の街中とは異なり、足場は悪いものの、開けた海の上では、中型程度ならそうそう遅れはとらない。

 大型の後ろにいる一体を残し、二体の中型を連携であっという間に倒した凪達は、全く攻撃をしてこない残り一体に疑問を浮かべながらも、大型の攻略へと取り掛かる。


「あぁもう! 鬱陶しい!!」


 イカのような姿の温羅が繰り出す、四方八方からの触手攻撃に凪達前衛メンバーは苦戦を強いられる。


「……っ!? 矢が……!!」


 触手はその多さにも関わらず、お互いに一切干渉せずに攻撃と防御を行なっている。その動きは時に機械的に、時に生物的に、時に融解してまるで軟体生物のように。


「温羅ってのは、一体どういう物質でで出来てんのよ!?」

「攻撃が当たらないよ?!」

「くっ……、近づけません!」


 風見と仍美も、それぞれ攻撃を加えようとするが思い通りにいかないのか、動きが雑になってきている。


「させないよ!」


 そんな二人をカバーするように立ち回る日向。以前戦った大型ほど理不尽ではないが、あちらと比べると厄介さで勝っている。

 致命的なダメージを受けることは無いが、こちらの攻撃も一切通らない。


「全く、この戦い方、あんまり楽じゃない、のよ!!」


 凪が悪態を吐きながら、襲いかかってくる触手を薙ぎ払う。

 この水上歩行、便利ではあるものの、大きな問題がある。それは、常時洸力を消費するという事だ。

 当然、長時間浮いていると消費が激しくなり、最悪戦う事はおろか、御装を維持する事すら難しくなってくる。

 そんな事情もあり、この水上歩行を使用しての戦闘は渋っていたのだが、今はこれに頼るしか無い。


「触手に穴を作ってください! そこを狙撃します!」


 七瀬が煌めく矢を番ながら叫ぶ。一撃に賭けるつもりだろうが、それが上手くいくほど、この敵は甘くない。


「七瀬ちゃん!!」

「く……っ!? このぉっ!!」


 大きくしなった触手が七瀬目掛けて振り下ろされる。攻撃圏外にいたと思っていた七瀬は、避ける動作が一瞬遅れ、止むを得ず溜めた矢を触手に向かって放つ。


「一本目!! でも……」


 たかだか一本破壊したところで、あの温羅の周りにはまだまだ触手が蠢いている。


「全く……、タコパが捗りそうね!!」

「あれ、イカじゃないの?」

「じゃあ、ゲソ焼きかな?」

「どっちでもいいです!!」


 風見と日向のボケを一掃しながら、七瀬が続けて矢を放つ。が、やはり届かない。それどころか、むしろ気を引く要因になったようだ。


「七瀬、気をつけなさい! 狙いはあんたよ!!」

「大丈夫です! 見えて……」


 前方から迫る触手を後ろに飛んで回避する。が、その行動が間違いだった。


「七瀬ちゃん!!」


 七瀬の背後から水飛沫を上げて飛び出したのは一本の触手。高く上げられたそれは、一目見ただけで正面から受けてはいけないものだと分かる。


「しまっ……」


 着水直後で体勢が崩れている七瀬を押し潰すかのように、触手が大きくその身を倒す。


「その一本、貰ったあああああ!!」


 触手が振り降ろされた。そう思った時、触手の背後から黒い影が飛び込んでくる。その影は、今にも七瀬を押しつぶそうとする触手を根本が斬り落とした。


「和沙君!?」

「うおっとぉ!?」


 触手を両断するほどの勢いで着水した和沙は、危うくまた水の中にダイブするか否かのところまで体勢を崩すが、何とか持ち直した。


「あっぶな~……、ま~たダイビングを楽しむところだった……」

「和沙君、助かりました」

「ん? あぁ、無事で何より、ってところか? まぁ、そうも言ってられないんだろうけどさ」


 和佐の視線が目の前の大型に向けられる……、が、すぐにその背後にいる中型に移った。


「なぁ、何してるんだ、あれ?」


 何故か攻撃を仕掛けようとしないばかりか、一切動かない中型を指差しながら、傍にいた七瀬に問いかけるも、彼女も首を横に振るばかり。


「さっきからあんな感じなのよ。ちょっと不気味よね」


 凪が一度体勢を整える為か、和佐達の元まで下がってきた。息も荒れているうえに、若干移動に精細を欠いている。やはり長時間洸力を消費し続けるのは、色んな意味で辛いのだろう。


「攻撃をしてこないうえ、特に動きも見られない。放っておいても問題無いだろう、と結論を出したのですが……」

「いやぁな予感がする」


 和佐が顔を歪めて呟く。その予感には一定の信頼性がある……わけではないが、何故か和沙はその予感を無視出来ずにいる。


「なぁ、七瀬」

「何ですか?」

「あの中型からは目を離さないように出来るか?」

「この状況で二体を同時に見ろ、と? しかも片方は厄介極まりない大型ですよ?」

「出来るだろ。でなきゃ頼まないさ」

「……はぁ。分かりました。出来る限り目を離さないようにします」

「頼んだぞ!」


 七瀬の返事を聞くや否や、和佐が飛び出す。目指すは目前の大型温羅。やはりというか、和佐の接近を察知した温羅が、触手を駆使して行く手を阻む。

 それを、水面を走るのではなく、ウサギのように跳ねて移動しながら一本一本を上手く避けていく。その曲芸地味た動きに、温羅が戸惑ったのか、一瞬、その動きが止まった。


「本体! ……は無理か。とりあえず、その辺の足でも切ってやろ」


 動きを止めた足の近くに寄り、長刀を横一閃。意外と抵抗なくすんなりと刃が通る。

 しかし、その攻撃で我に返ったのか、再度温羅が攻撃を再開する。しかも、今度は和佐の独特な動きに合わせるようにして。

 縦に叩きつけられた触手の衝撃から逃れようと、横に大きく跳躍する。が、それが温羅の狙い。ちょうど着水点になる場所へ、触手が置かれる。これでは着水は困難なうえ、あの触手を除去しても次の攻撃を受けかねない。

 ならどうするか?


「考えたな! っと」


 刀を水中の中に突っ込んだ。結界を刃先に展開し、水の抵抗を受ける事で強引にブレーキをかける。

 当然だが、温羅の触手は空振り、あおの後の和佐を追撃するも、珍しく一撃離脱を心がけた和佐の追い討ちは叶わなかった。


「……あんた、何ちゅう戦い方してんのよ」


 合流した凪が呆れたような声を出す。いや、事実呆れているのだろう。


「凄いね! ピョンピョンしてたよ!」


 風見も興奮しているのか、少々食い気味に和佐に詰め寄ってくる。

 無理も無い。他のメンバーと違い、和佐は水上歩行ではなく、一歩一歩跳躍して移動しているのだ。おまけに、着水と離水の際、通常の足下への結界だけではなく、水の抵抗を受けるための結界まで展開している。着水している時だけとはいえ、結界の展開、打ち消しを毎度やっていれば、その消耗は通常とは比べ物にならない。

 常人の発想ではない。その場にいた誰もが思っただろう。


「俺にはこっちの方が合ってる。出来る事も限られてるから、足元に集中出来るしな」

「はぁ?……。だからってそっちにいくとは思わなかったわ。おまけに、止まる時凄い強引だし」

「バランス崩して沈むんだよ。こうでもしないと上手く動けない」

「そういうのはいいから、こっちを手伝ってください!!」

「おっとそうだった……。和佐、もっかい接近出来る?」

「やれと言うならやるけどさ……、勝算は?」

「五分」

「無茶を言う……」


 そうは言いながらも、吶喊の準備を行うあたり、和佐もまた凪を信じているのだろう。日向や風見、仍美が触手を引き付けているが、それでも半分は残っている。


「まぁ、半分程度ならどうにでもなるか」


 足に力が込められ、次の瞬間、まるで爆発でも起きたかのような水飛沫が上がる。飛び出した和佐は、水面スレスレをまるで滑走かと見紛うような動きで跳躍し、徐々に温羅との距離を詰めていく。

 その和佐を捕らえようと、両サイドから触手が襲いかかる。が、和佐はそちらに目を向けていない。いや、向ける必要がないのだ。

 和佐の脇を、光を纏った複数の矢がすり抜けていき、和佐を抑えようとしていた触手を的確に撃ち抜いた。


「和佐! 今よ!!」

「合点承知ぃ!!」


 これまで以上も速度で触手をくぐり抜ける。温羅が対応しようとするも、その速度にはついていけず、懐に潜り込む事を許してしまう。

 温羅の胴体を目前に捉えた和佐は、その勢いのまま、長刀を横に薙いだ。刃が身を捉え、鈍い音を立てて斬り裂いていく。が……

 斬ったのは、触手だった。

 土壇場で自分の身体と和佐の間に滑り込ませたのだろう。たった二本であったが、その効果は絶大だった。

 和佐の追撃は無い。このままでは危険と判断したのか、温羅から距離を取ろうとしている。が、一度懐に潜り込んだ者をそう簡単に逃すほど、この大型は甘くない。

 周囲の触手が一斉に和佐を取り囲み、退路を塞ぐ。そして、後は触手を振り降ろすだけ。

 まさに絶体絶命の状態。しかし和佐はというと……

 笑っていた。


「つまり、囮ってことだろ? ホント、うちの隊長は意地が悪い」


 そう、初めから和佐は決めに行っていなかった。正確には、あの一刀で決まればそれで良かったが、そう簡単にはいかないと分かっていた。否、知っていた。

 和佐には、温羅から伸びる触手の約半数が集中している。そして、もう半分は日向達が請け負っている。つまり、今本体はガラ空きということだ。

 更に、この部隊には和佐を遥かに超える火力を持った人物がいる。それは……


「ぶちかませ! 隊長!!」


 温羅が急いで触手を引き戻すも、全てが遅い。先程和佐が刀を薙いだ場所には、今、凪がおり、その右手には後は射出するだけの杭打ち機があった。


「往生しなさい! このゲソぉぉぉぉぉ!!」

「うわぁ、語呂がわるーい……」


 日向の珍しい密かなツッコミも、凪の一撃による轟音に掻き消される。

 水中で水の抵抗に固定されていることもあり、衝撃を殺しきれずにまともに受ける。その場から後退はしなかったものの、杭を受けた場所が陥没どころか、激しく抉られている。

 そんな一撃を受ければ、ただでは済まない。和佐を囲んでいた触手は力を失ったようにその場に倒れ込み、次々に水の中に落ちる。

 大きな水飛沫を浴び、一同の姿がずぶ濡れになっていくが、今はそんな事誰も気に留めない。


「見たかぁ!! これが私の力よぉ!!」

「さも一人でやったように言うのはやめろ。全員が力を合わせた結果だろ」

「分かってるってばぁ。けど、トドメは私が刺したんだから、その余韻くらいには浸らせてよ」


 和佐が呆れたように首を横に振る。しかし、これだけ喜ぶのも無理はない。精鋭ぞろいと言われる本局ですら、大規模な部隊を編成し、それでもなお犠牲を出した大型相手に、たった六人で勝利を収めたのだ。これで勝鬨を上げるな、と言う方が無理だろう。


「あー! 凪ちゃんだけずるいー!」

「ふふ、お見事です、先輩」

「凄かったですよ! ドーンって! ズガーンって!」

「ねぇ、日向。その語彙力の無さはどうなのですか……?」


 激戦の後だが、一転して場が明るくなる。これも普段の努力の結果と言うべきか。


「それじゃ、凱旋といきますか!」


 凪が声を上げると、元気が有り余っている後輩二人がそれに続く。意気揚々と帰ろうとする一同。

 しかし、その喜びもつかの間。そこに冷や水をぶっかけるように、端末がけたたましくアラーム音を響かせる。


『皆さん、無事ですか!?』


 聞こえてきたのは、いつもの観測官だ。心なしか、声に焦りがにじみ出ている。


「えぇ、問題無いわ。むしろ、大型を倒して今から帰るとこ……」

『本土に上陸されます! すぐさまあの中型を叩いて下さい!!』

「中型……しまった!!」


 今の今まですっかり忘れていた。あの大型の背後には、もう一体中型がいた。攻撃してこないから、と後回しにしていた結果、どうやら完全に見逃していたようだ。

 地上へと視線を向けると、確かに先ほどまでは大型の近くで待機していたはずの中型が、いつの間にか本土に上陸している。何故かそこから動こうとはしないが、それでも敵は敵だ。


「和沙!」


 すぐさま凪が指示を飛ばす。この中で最も機動力があるのは仍美だが、海上では和沙になる。


「了解!」


 先ほどと同じく、足に力を溜め、水の抵抗を利用して水面を跳躍する。地上までは、五百メートルも離れていない。近づくだけならそう難しくはない。そう、思っていた。


「っ! 和佐先輩!!」


 日向の声が和沙の耳に届く。しかし、それは悲鳴のような声に近く、そしてすぐに彼女の声の原因が分かった。

 和佐の横で、海面から触手が伸びている。

 それは先ほどまで戦っていた大型のものと酷似している。いや、そのものだ。


「しまっ!?」


 回避行動など取る余裕もなく、出来る事と言えば体の正面を向けてガードするだけ。完全なる不意打ち。ガード無しで受ければ、最悪死もありうる。

 だが、無慈悲にも、触手は大きくしなりを見せ、次の瞬間には和沙のガードの上から触手の一撃を叩き込んだ。


「がっ……!!」


 防御など知ったことか、とでも言わんばかりの一撃。ガードをしていても、そのダメージは計り知れない。勢いよく水面に叩きつけられた和沙は、そのまま上に乗りかかった触手の重みで水中へと引きずり込まれていく。


「まずい!!」


 凪が駆け付けようとするが、その前に立ちはだかる様に水中から出てきたのは何本もの触手達。


「なんでよ!! さっきので仕留めたはずでしょ!?」


 そうだ。先程の凪の一撃、あれは間違いなくあの温羅の中心を貫いていた。ただし、海面に出ている部分の、だが。


「!!」


 凪達の背後の水面がが大きく盛り上がる。海面から出ていたのはあくまでカモフラージュに過ぎない。凪達の目の前では、それを情け容赦なく証明されていく。

 水中から出てきたのは、海面から出ていたイカを二回りはあろうかと思われるほどの、アンコウ型の温羅だった。

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