第63話 歓迎会そのに

「それじゃ、新しいメンバーの健闘を祈って、カンパーイ!」


『かんぱーい』


 少女達の華やかさが漲った声が響き渡る。そこは、以前和佐の歓迎会を行ったファミレスの一角。流石に、今回は貸切とはいかず、他にも客が入っていたが、彼女達に微笑ましげな瞳を向けている。


「んぐっ、ん、ん、ん……、ぷはぁ?っ! この一杯の為に生きてるって気がするわね!」

「凪先輩、おじさん臭いですよ」

「流石の私でも、今に先輩を擁護出来ません」

「いい飲みっぷりだと思いますよ」

「……」


 女子会とは思えぬその光景に、近くで見ていた人は苦笑いを漏らすしかない。ちなみに、和佐は不在だ。女性陣だけで話したい、というのもあったが、当の本人がいつの間にか姿を消していた為だ。

 そんな事情もあり、図らずも女子会になった訳だが、いかんせん先陣を切る人物が貞淑とは正反対の性格故か、その光景は混沌と化す。それを防ぐ事が出来るか否かは、七瀬にかかっている。


「ほら、あんたも飲みなさい!」

「え、ちょっ!?」


 一人黙々と軽めの食事を摘んでいた葵に絡むそれは、居酒屋で部下に絡む上司と同じ構図になっている。


「み、水窪先輩、助けて下さい!」

「ごめんなさい。そうなった先輩を止める事は、私には出来ないんです……」

「そんなぁ……」

「うへへへ、よいではないか、よいではないかぁ」

「先輩、まだ昼間なので、あまりハメを外しすぎないで下さいね」


 七瀬がそれとなく、目だけを動かして店内を見回す。客には、自分達と同じ学校の生徒もおり、その中には男子生徒も混じっている。先程から彼らの視線がこちらに集中しており、不快ではないが、あまり痴態を晒す訳にはいかない。


「むぅ、何よこのワガママ山脈。その年でこれはずるいでしょ!」

「ひゃっ!?」


 凪に胸をわしづかみにされた葵が小さく悲鳴を上げる。その光景を、周りの席に座っている客、主に男性客が羨ましそうに見ていた。


「あぁ、言ってるそばから……」


 七瀬は頭を抱えている。新人も入った事もあり、少しは隊長らしいところを見せるかと期待していたのだろうが、良くも悪くもいつも通りを貫き通すようだ。それが、七瀬の胃にダメージを与えているとも知らずに。


「鈴音ちゃんって、凪先輩のあんな姿を見ても驚かないんだね」

「まぁ、それなりに付き合いはありますから。それに、兄さんが家でよく愚痴を言ってましたので。先輩の絡みが鬱陶しい、とか」

「ん? 何? 呼んだ?」

「さぁ、どうでしょう。そういえば、候補生の間では、本隊の隊長である凪さんの人気って結構高いんですよ。ですので、出来ればもう少し凛々しい姿を見せていただきたい、なんて。あ、写真撮ってもいいですか? 他の候補生の子達に自慢したいので」

「え、そう? しょうがないわねぇ、ちょっとだけよ?」

「ふふふ、ありがとうございます」


 どうやら、家で和沙が話す内容から密かに情報を得ていたようで、凪の扱いが妙に上手い。おだてられて、調子に乗った凪がようやく葵から離れる。瞳に涙を浮かべながら、赤く上気した顔で床の一点を見つめている。こういったスキンシップの経験が無かったのか、頭が混乱しているようだ。


「大丈夫ですか? 気を付けてくださいね、あの人、いつも……ではありませんが、大体があの様子ですので。普段は和沙君がターゲットを引いてくれるのですが……」


 残念ながら、今現在その引き付け役はいない。下手に話しかけると絡まれるのがオチだが、葵に関しては、そこにいるだけで凪の気を引いてしまうらしい。難儀な体質……、いや、体か。


「うぅ……、家に帰りたい……。帰って布団の中でずっとゲームしてたい……」

「私も同じ気持ちですが、もう少し頑張って下さい。慣れれば、あまり気になりませんから」

「こんな体してる以上、あんまり期待出来ないと思うんですけどぉ……。大きくても困るだけだし、男の人にもよく凝視されるし、無くなってくれないかなぁ……」


 恨めしそうに自身の胸を見下ろしている葵だが、彼女は気づいていない。その胸が引き寄せる物は、男性の視線だけではなく、女性からも羨望の眼差しを受ける事もある事に。


「そんなに気にする事でもないと思うんだけどなぁ。私や七瀬ちゃんには無いものだし。むしろ、それは立派な個性だよ!」

「色んな意味で立派、な個性ですけどね」


 日向は好意的に捉えているものの、七瀬の目は少しばかり剣呑としている。持つ者は持たざる者の悩みを理解出来ない、というのはよく言うが、その逆もまた然りだ。別段、七瀬の体が貧相なわけではないが。


「一先ず、新人の歓迎はこの辺りにしておきましょうか」

「歓迎……?」


 色々と発散したのか、唐突に冷静になった凪が話題を変えようとするも、その言葉に疑問を覚えずにはいられない一同。


「何よ?」

「いえ、何も」


 半目で睨んでくる凪に、七瀬はそっぽを向く。何というか、相変わらずの光景だ。


「コホン、取り敢えず、歓迎会はここまで。ここからは、今後の方針を決めていくわよ」

「和佐先輩は? いないけどいいんですか?」

「大丈夫でしょ、ほっといても。あんまりいる意味は無いと思うわ。さっきもこっちから話すまで何にも言わなかったでしょ? あれ多分、何言われても従う、って事だと思うのよ」

「……随分とあの人の事を熟知してるんですね」

「あくまで推測よ。最近の和佐は何考えてるか分かんないけど、こっちの言うことには従うと思うから、ほっといていいわよ」

「では、そうしましょう。で、具体的にどうするのですか?」

「しばらくは二人の育成と、戦闘に慣れさせる事がメインよ」

「一応、シミュレータで何度か温羅と戦ってはいますが……」

「あれ凄いわよね。ホログラムなのに、触れた触れられたの判定が自動で瞬時に行われるから、最初ビックリしたわ。けど、シミュレータも実戦やってる身としては、違う事が多過ぎるのよ。少なくとも、動きはもっとトリッキーよ」

「加えて、シミュレータでは本来の動きが出来ない人が多いと思います。神戸さんはその筆頭ですね」

「そうでした……。私、遠距離が得意なんですけど、シミュレータだと狭い屋内がほとんどなんで……」

「私はそうでもありませんが、それでもやっぱり制限される事が多かったです」

「そういう事。実戦だと、もっと制限される事も多いから、出来る限り早めに二人には慣れて欲しいのよ。だから、しばらく二人は七瀬か日向、どちらかと一緒に動いてもらうわ。鈴音は日向、葵は七瀬とコンビを組んでちょうだい」

「はい」


 葵は了承したようだが、鈴音からの返事が無い。何か気になる事でもあるのだろうか。


「あの、私は兄さんと組むべきだと思うんですけど……」

「ほほう、日向が嫌だと?」

「そんなっ、酷い!!」


 もはや定着しつつある凪の意地の悪い笑みに合わせるように、日向がショックを受けている。……これほど大根役者という呼び名が似合う雑な演技はなかなか無いだろうが。


「ち、違います! ただ、兄さんの方がレンジも立ち回りも似ていると思ったので……」

「まぁ、そうねぇ……」


 凪が顎に手をやって、何か考え込むような仕草をしている。


「こう言っちゃなんだけど、今の和佐は参考にならないわよ? この間の大型との戦闘時も、訳分かんない動きしてたし、アレに付いて行ける、って言うなら考えるけど」

「少し離れた場所の監視カメラに、少し写っていたのを確認しましたが、流石にあの動きは常人では不可能です。私達を一般的と表現したとしても、です」

「そんなに凄かったんですか……?」

「大型の足を全部斬り落として達磨にした状態から、更に端っこから削いでいくんだもの。見てる方も寒気がしたわよ」

「なにそれこわい」

「でしょ? 日向は見てないから分からないかもしれないけど、あれは見ない方が良いわよ。正直、私もちょっと後悔してるから」

「……日向さん、よろしくお願いします」

「よろしくね、鈴音ちゃん!」


 ベテランと言っても差し支えない先輩方が口を揃えて言うのだ。ここは大人しく日向と組んだ方が良いだろう。鈴音は、寸前まで持っていた兄への未練をすっぱりと捨て?日向に頭を下げた。


「うんうん、話の分かる子は好きよ、私」

「凪先輩は、そういう性癖の方だったんですか?」

「違うわよ! 変な事言って場を混乱させないでくれる!?」

「これは失礼しました」

「まったくもう……」


 本当に失礼だと思っているのか、そう疑いたくもなる七瀬の態度を前にして、凪は思わず嘆息する。


「取り敢えず、当面は実戦でも訓練でもこの組み合わせでやってもらうからそのつもりで」


『はーい』


 場がそうさせるのだろうか、話している内容に反して、彼女達の返事は実に和気藹々としたものだった。


「さて、残るはあの馬鹿だけね……」

 どこに行ったのかも分からない、残り一人のメンバーに思いを馳せながら、重々しく呟いた。

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