五十話 戦いを終えたら……脅迫?

 百鬼が完全に消滅した事を見届けた睦月達は、ようやく落ち着いたのか未だ肩を抑えながらではあるが、ゆっくりと立ち上がる和沙の元へと近寄っていく。


「和沙君……大丈夫?」

「……無理。おい、立花。ちょっと来い」

「何だい……?」


 チラリと視線を向けて辰巳を呼ぶ和沙。特に何かを考えているような様子ではない辰巳だったが、ここまでの事を考えると、和沙から罵詈雑言を投げられても仕方の無い事をしているはずだった。となれば、その口から出るのは、辰巳を非難する言葉かと思われたが……


「左腕、引っ張れ。ゆっくりだぞ。ゆっくりだかんな!!」

「お、おう……」


 左手を辰巳に持たせ、引っ張らせる和沙。どうやら肩が外れているらしい。義手に変えたのではなかったのか、と思うのが普通だが、そもそも義手なのは肩から先であり、接合部分を機械化はしているものの、そこを支える関節は生身のままだ。痛いものは痛い。


「ゆっくり……、ゆっくり……、んぎっ!?」


 小さくガコン、という音と共に、明らかにそうそうあげないであろう声を漏らしながら、肩を抑えて悶絶している和沙。ハメたらハメたで痛むのもまた、理不尽と言うべきか。いや、この場合、肩が外れる程の威力を持ったギミックが悪いのであって、体の構造が悪いわけでは無いはずだ。


「おぉう……、やっとはまった……」


 腕を回しながら状態を確認する。まだ痛むのか、その顔が時折しかめっ面になるものの、真っ当に動くところを見るに、治りはしたようだ。


「倒したからいいものの、少し無茶をし過ぎじゃないか? いくら相手があの百鬼とはいえ、あそこまでやる必要は……」

「お前、喧嘩売ってんのか? 誰のせいでこうなったと思ってんだ?」


 おそらくはそこまでクドクド言う気は無かったのだろう。しかし、辰巳が明らかに状況をよく見てなかった事が分かる言葉に、和沙の額に青筋が浮かんでいる。


「そもそもお前がつまんない理由で戻って来るからこうなったんだろうが。あのまま大人しく出てれば、巫女や守護隊に任せる事が出来たってのに……」

「けど、危ない場面には間に合った。一応、俺も仕事をした……のかな?」

「……」


 その言葉の真偽を確かめる為、非常に訝し気な目で睦月に視線を向ける和沙。その当人は、頬を掻きながら、少し言いづらそうにしている。


「ま、まぁ、そう、かな? 一応、助かった事は助かったわよ」

「そ、そうです! 立花先輩は私を助けてくれました!! 決して無駄ではなかったとも思います!」

「ほら、見ろ! ここまで来たのは無駄じゃなかった、って鴻川も分かっただろ? と言うか、鴻川もあれだけの力を持ってるのに、何で率先して戦わなかったんだ? 先輩達が戦ってて何も思わなかったのか?」

「大人の事情ってやつだ。それに、この街の人間がどこで何人死のうが俺には関係無い」

「そんな……! 力を持ってるなら、それに伴う責任があるはずだ。それを果たす気は無いのか!?」

「言ったろ、俺には関係無いって。……チッ、鬱陶しい」


 和沙が忌々し気に呟いている傍で、睦月の端末がけたたましく鳴り響く。それに気付いた彼女が、画面を見ると、そこには先ほどまで繋がらなかった祭祀局の文字が表示されている。どうやら、通信遮断は解けた様子だ。睦月が通信に出ようとした時、和沙がその手を掴み、彼女を止める。


「どうしたの?」


 和沙が静止に、大人しく従う睦月。彼女の傍にいた和沙は、口元に指を当て、ただ一言。


「俺はここにいなかった。そういう事で頼む」

「え? でも、百鬼は……」

「これは提案でもお願いでもない、交換条件だ。アンタはただ、ここに俺がいなかったという前提で話をすればいい。もしも迂闊に漏らす事があれば……後々後悔する事になる」

「……分かったわ」


 納得はしていない様子だが、一先ずは和沙の言葉通りに話す気にはなった模様。

 通信に出た睦月の耳元では、彼女達の事を心配する言葉が続々と流れ出てくる。当の本人は、怪我人はいれど、負傷者、そして死者は無しとの報告を行う。そして、肝心要の百鬼に関しては、どうやったか、の辺りはぼかして、撃退したという事にして告げる。その報告に、端末の向こうからはかなり沸き立った声が聞こえたものの、その歓声には一切目も暮れず、ただ睦月の目は和沙へと向けられていた。


「……では、通信終わります」


 一通りの報告が済んだのか、睦月が端末を仕舞い、和沙の傍へと戻って来る。いかにも、何か言いたそうな様子だ。そして、それは睦月に限った事ではない。この場にいる、和沙以外の全員の顔にそう表れている。


「で? どうだった?」

「……一応、和佐君の事は伏せたわ。今回の件は私達が上手く迎撃した、という話に落ち着いた。貴方の事を口にさせなかった理由、教えてくれるんでしょうね?」

「それはそれで面倒だな。さっきアイツにも言ったが、所謂大人の都合だ。これで納得出来ないんなら、後はもう敵になるしかない」

「敵って、何もそこまで……」

「まさか、忘れたとは言わんよな? そこのお友達が俺に近づいて何をしようとしていたか、って事」


 そう言いながら、後ろ指を指されたのは紫音だ。指差された本人は、その言葉の意味を理解したのか、ライフルを抱えながら、身を縮こまらせる。


「とはいえ、こっちとしても本局と、巫女とやりあうのは目的から離れてるからな。今んとこはそうならない事を祈ってる。さて、そっちはどうだ?」

「それは私達も同じだけど……、やっぱりそう簡単に納得は出来ないわ。貴方の目的は無理でも、何故今まで一般人を装ってたのかだけでも……」


 そう言う睦月の言葉を遮るようにして、和沙が端末を取り出す。一同は、その行動に一瞬疑問符を浮かべたが、端末が再生しだした音声に、一部の人間が凍り付く事となる。


『鈴音さんを味方に付ける為に、まずは和沙君を落とせって。でも、簡単には誘惑に乗ってくれないから、だったら恩を売ればいいやって。そう思って前の襲撃の時に捕まえた小型温羅を和沙君に襲わせて、それを助けてこちら側に引き込む作戦だったの!!』


 ちょうど良く切れた音声を前に、和沙は酷薄な笑みを浮かべる。端末から再生されたのは、彼女達――正確には紫音だが、ご丁寧に一部始終録音され、睦月の名もその中には入っていた。


「さて、いかがかな? マッチポンプの証拠を突き付けられた気分は? さぞ苦々しいものだろうよ。これをどこに持っていけばいいんだろうな? テレビ局? マスコミ? いやいや、今の時代、発達しきったネットが一番情報の拡大が早いプラットフォームだ。これを流せばどうなるか、まさか分からないはずが無いよな?」


 先程和沙は交換条件と言った。しかし、今この場で見せられたものは、到底先ほどのねつ造に釣り合うものではない。場合によっては、祭祀局本部局が揺るぎかねないものだ。音声の加工といった技術は、時代でもあり十分に発達している。だが、巫女が公に出る事は珍しくなく、そこから手に入れた肉声と流出した声を専門の技術を持った人物が照らし合わせれば、それが本物かどうかなど簡単に分かる事。そうなれば、巫女だけではなく、長尾、そしてその更に上である浄位の立場すらも危うくなる。


「で、どうする?」


 その声には、反抗など一切許さない一種の力があった。もはやこれは提案でもお願いでも、ましてや交換条件でもない。抵抗する意思すら奪う脅迫だ。


「……」


 流石の辰巳もいえ、ここまで言われれば状況を理解したのだろう。彼もまた、睦月達の方を見て絶句するしかない。琴葉も同様だ。今この場においての支配者は、和沙だという事が完全に決定した。


「……分かったわ。この場は貴方の言うようにします。でも、ちゃんと説明はしてよね?」

「覚えてたらな」


 そんな事を口ずさみながら、和沙はふらっと揺らめくと、蒼い軌跡を残しながら一瞬でその場から姿を消した。

 遠くから聞こえてくる、増援の声にも一切気を向けず、彼女達の意識は、ここから飛び去った和沙の跡へと向けられていた……。

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