第70話 不和の兆し
前回の襲撃から、二週間が経った今日この頃。そろそろ残暑が和らぎ、秋を感じさせる涼しげな風が残った熱気を吹き飛ばす。
そんな中、恒例の奉仕活動中面々は、十月初めに行われる秋祭りの準備を手伝いながら、談笑に興じていた。
「うぎぎ……、毎年思うけど、この飾りちょっと細か過ぎない!?」
「全体的な大きさが小さいせいでもありますね。ですが、そもそも先輩が大雑把過ぎるのが原因かと思いますが?」
「大雑把? 大雑把だとぅ!? 私のこの会心の出来を見ても同じ事が言えるか!?」
凪がズイ、と目の前に掲げた飾りに対し、七瀬は苦笑いを返すしかない。崩れている、とまではいかないが、それでもところどころズレたり、歪んでいたりしている。こういった作業では、本人の性格が出る事が多い。大雑把という表現は、実に的を射ている。
「ここ、違いますよ。あと、ここも」
「ワッツ!?」
いくつかの指摘を受け、本気で驚いているところを見ると、ワザとではないのが分かる。
「先輩は不器用なんですか?」
「そんなはずは……、そんなはずは……! だって私、特技のところに家事、って書くくらい炊事洗濯掃除その他諸々が得意なのよ! こんな……、こんなものに苦戦するなんて……」
「料理が得意、というのは以前から言ってましたが、先輩の作るものって、結構大味ですよね? そうでないものもありますけど、大概が質より量、みたいな感じで……」
「でも、ご飯ってお腹いっぱい食べるのが一番でしょ?」
「なんという母親思考……。しかも、どちらかというと、おかんと表現した方がいい方のタイプですね……」
「誰がおかんよ!!」
コントのようなやり取りが飛び交う中、その一方で、ひたすら続く細かな作業を光を失った目で手元を見つめながら、行なっている人物が一人。
「葵ちゃん、そこ逆じゃないかな?」
「……はっ!? ご、ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいと思うけど……。これだけ同じ作業が続くと、そうなるのも仕方無いわよね」
虚ろな目で続けていた葵だったが、鈴音の言葉で我に返る。七瀬や葵は、趣味の関係上こういった単純作業を得意としているのだが、流石に現実ではそう上手くいかないらしい。というよりも、単純作業の合間に入ってくる細かい作業のせいで、いちいち神経を使うせいか、無心なって続ける事が出来ない事が、葵の精神をすり減らしている。
「……」
片やその性格が災いして作業に四苦八苦し、片や無心で出来る単純作業よりも厄介な、合間合間に混じってくる細かな動作に辛酸を舐めさせられている傍ら、先程からただ黙々と作業を進めている者がいた。
「あんた、こういうの得意だったの?」
「……仕組みと手順さえ理解すれば、後は手が勝手に動いてくれる。余計な事を考えすぎなんだよ」
「む……、否定出来ないのが辛いところね。まぁ、私、思慮深い女ですから。常に色んな事を考えて行動してますから」
「雑念塗れじゃあ、世話無いな」
「私の頭ん中は妄想だらけってか!?」
「先輩、雑念と妄想は違いますよ……。あ、ですが、余計な事と考えれば一緒ですね」
「それつまり、余計な事考えてないで手を動かせ、って事?」
「驚いた、皮肉の意図が理解出来るなんてな。これは霊長の進化の一種と呼ぶに相応しい」
「あん? どういう意味よ?」
「考える動物から、理解する動物になった、って事だ。具体的に言うと、猿からチンパンジーだな」
「猿!? 言うに事欠いて、私を猿!? 上等よ、表に出なさい。猿を侮った事、後悔させてやるわ!!」
「断る。そんな下らない事に気を取られてる間に、どれだけ作業が進むと思ってる。ほら、口を動かすのもそれくらいにして、さっさと作業に戻れ」
「むきぃやぁあああああ!!」
「あ、壊れた」
以前のツッコミが生温いと思える程の煽り口撃を受け、頭から蒸気でも吹き出しそうな勢いで、顔を真っ赤にしている隊長を尻目に、和佐の手はそれこそ口を開いている時でさえ、一度も止まらずに作業を続けていた。
和佐の目の前には、祭りで使用する飾りが山のように積み上げられている。この調子だと、かなり作業期間を短縮出来るだろう。……隊長がまともに働けば、の話だが。
「葵ちゃんと鈴音ちゃんはどれだけ出来たの?」
日向が下級生二人を気遣ったのか、二人の手元を覗き込んでいる。おそらく手先の器用さからか、二人の目の前にある飾りには、かなり差が出ている。勿論、何でもそつなくこなす鈴音の方が多い。とはいえ、葵も真面目にやっている方で、ここにいる面子の中では下から二番目の量だが、それも時間内に終わる速度でのものだ。
しかし、全員が全員順調とは限らない。
事実、今もまだ手元の未完成品をどうにか完成に漕ぎつけようと、格闘している一人の少女。本来であれば、最も経験が長い筈の凪の完成品の数は、時間内で終わる量には到底思えない。
「ぐぐぐ……、終わらないぃ~……」
「先輩……、去年も作ってた筈ですよね……?」
「そうよ! 去年作ったのに、何でまた今年も作らなきゃ駄目なのよ!?」
「なんでも、素材が傷みやすいそうです。そのせいか、毎年作らなければいけない、と自治体の方も仰ってました」
「どんな素材使ったら、たった一年で駄目になんのよ。生ものでも使ってるって言うの?」
「確か、芋がらとか、そういった感じの物だったような……、なんにしろ、あまり長く持つ物ではないそうです。だからこうしてこの時期になると、毎年お祭りに向けて作り出すそうです」
「ぬぐぐぐ……、もう無理ぃ!!」
「まだまだ規定の数には届いていませんよ。頑張ってください」
「て、手伝ってくれてもいいのよ……?」
「あ、私、この後用事があるので無理です」
「薄情者!!」
無情な答えを返してきた七瀬から他の者達へと視線を移す。が、凪の目を見る前に、軒並み目を逸らしていく。誰一人として目を合わせてくれないという事実に、口を尖らせ、しょんぼりとした表情を見せる。
「はぁ……」
そんな凪の様子を見かねたのか、ただ一人、彼女のまだ未着手の山へと手を伸ばす人物がいた。
「がずざぁ~……」
「泣くな、鬱陶しい」
涙を鼻水を流しながら和佐に縋りつくその姿は、少なくとも年長者としてのそれではない。そんな醜態を晒していると知ってか知らずか、それでも和沙に縋りつこうとする凪を、片手で抑えながら、彼女の作業の残りに手を付ける。
「兄さんの作業は大丈夫なんですか?」
「もう終わった」
「え……あれ?」
見れば、あれだけ積まれていた素材がごっそりと無くなり、その反対側には完成品が山のようになっていた。彼女達が雑談をしている間にも、一人で黙々と作業を続けた結果がこれなのだろう。他のメンバーもそれなりに進んではいるが、それでも和沙の速度には遠く及ばない。
「なるほど、これが引きこもりの底力……。伊達に暇つぶしばかりしてるわけじゃないのね!」
「一人でやるか?」
「ごめんなさいもう言いませんから、お願いだから手伝って!!」
「だったらとっとと手を動かせ」
「……これではどちらが年上だか分かりませんね」
「案外、和佐先輩の方が年上だったりして」
「ちょっと、私の唯一のアドバンテージが無くなるじゃない!」
「口じゃなくて手を動かせ」
「はい……」
この場において、年長者である、という事以外に凪が胸を張れる事が無くなってしまった。まぁ、普段からそうだと言われると元も子もないのだが……。
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