四十五話 激戦、そして増援?
黒い軌跡が走る。金属音とは思えない程の甲高い音を立て、睦月の体が大きく後退する。それに対し追い打ちをかけんとばかりに黒い巨体が間合いへと踏み込むも、睦月の遥か後方から放たれた銃弾によってその動きは阻まれる。その動きが止まった瞬間、まるでその場に釘付けにするかのように弾丸が飛来し、傷は付かないものの、動きにくいのか、射線から逃れようと横に飛び退こうとするが、その先を睦月が封鎖し、上手く動きを制限する事に成功する。
その合間に息を整える為か、睦月が少し下がり、それを援護するかのように紫音のライフルが火を噴く。流石に守護隊に支給されている物とは違い、巫女隊である紫音が使うライフルでならそれなりのダメージが与えられているが、それでも所詮はそれなり、だ。決め手になるような一撃ではない。
「相変わらず硬い……」
睦月の呟きを証明するかのように、温羅は激しい銃撃をその身に受けながらも、ゆっくりと前へと踏み出してきている。ここまでのダメージの蓄積はあるだろうが、そんな事もお構いなしにジリジリと歩を進めてきている。百鬼にとって、この程度の攻撃、鬱陶しいくらいにしか感じないのだろう。
紫音もそうだが、睦月にも決め手と呼べる攻撃手段は無い。故に、この状況が最善ではあるのだが、これがいつまでも保てるとは思えない。だからこそ、どこかで決定的な一打を入れる必要があるのだが……。
「……くっ」
隙が無い、これに限る。万が一見つかったとしても、あの装甲のような外殻を傷つけるのは至難の業だろう。紫音ならば可能だろうが、その為には今以上に動きを止める必要がある。だが、そんな事はこの面子しかいない時点で不可能と言える。
和沙と辰巳が上手く脱出し、増援を呼ぶ事が出来たならば、ワンチャンス出来るだろうが、それまでもつかどうかが問題だ。百鬼の強さは力と速さだけではなく、その対応力も挙げられる。前に行った攻撃が通用しなくなる、なんてのもよくあり、その事を瑠璃が愚痴っていた事を思い出す。となれば、ここまで持てる技のほとんどを繰り出した睦月に百鬼を翻弄するだけの手段は無い。後はただ、耐え忍ぶだけだ。
「筑紫ヶ丘先輩!!」
「ッ!?」
ほんの一瞬、本当に一瞬だった。
睦月が少し思考に入った瞬間、そこを綻びと判断したのか、百鬼が目にもとまらぬスピードで睦月の懐へと踏み込んできた。考え込んでいたため、反応が少し遅れたものの辛うじて防ぐ事は出来たが、それはこれまで彼女達が維持してきた防衛網を崩すには十分過ぎる程の隙となっていた。
「しまっ……」
気付いた時には遅かった。睦月を無理やり討ち取るような事はせず、体勢を崩した彼女の脇を通り抜け、最も防御が薄いと思われる場所、つまり琴葉に向かって一直線に進んでいく。その速度は、到底彼女に対応できるものではなく、一瞬で刀の間合いまで詰め寄られると、そのまま黒い凶刃が琴葉目掛けて振り下ろされた。
「……っ!!」
武器を盾にしようとするも、それで防げれば睦月はあそこまで苦労はしていない。ライフルごとまるで豆腐のように切り裂かれる事を覚悟していた琴葉だったが、その刃が血に濡れる事はなかった。
「なっ……!?」
不意に琴葉へと飛び掛かった影により、彼女の体は少しではあるが横に吹き飛び、それによって百鬼の攻撃を受ける事は無かった。そして、彼女に体当たりをしたその影の正体は……
「立花先輩!?」
そう、自分にも何か出来る事があるだろうと、和沙を置いてまでここまで戻ってきた立花辰巳その人だ。
辰巳は琴葉へと突進したが、彼女を突き飛ばすのではなく抱き着くような形になった為、二人抱き合って地面に転がる形となった。
「大丈夫かい?」
「……はい」
茫然としながらも、自身が辰巳の腕の中にいる事を認識した琴葉の顔が茹でたタコのように真っ赤になる。そんな彼女の変わりように笑いながらも、辰巳は間に合った事に安堵する。が……
「ラブコメってる暇あるんだったら、さっさと逃げて!!」
遠くから聞こえる紫音の声に我に返った二人は、今まさに目の前まで迫っている百鬼を目にし、急いでその場から逃げ出した。九死に一生と言うべきか、ギリギリのところで睦月が間に入りそれ以上の攻めが来る事は無かったが、それでも危険な状態には変わりは無い。睦月が受け止めた刀を弾きながら叫ぶ。
「立花君、どうして戻ってきたの!!」
問いかけているのではない。その口調はどこか責めているようにも聞こえる。しかし、辰巳は睦月の言葉の意図が理解出来なかったのか、真っ直ぐな目で彼女の背中を見る。
「俺だけ逃げるなんて、そんなの嫌です! 俺も戦います!!」
その目を背中に受け、睦月は複雑な表情を浮かべる。
正直なところ、こうして戻ってきたのは悪手以外の何物でも無い。ただでさえ自分の事で手一杯な状態なうえ、そこに一般人の保護という仕事まで入って来るのだ。邪魔としか言い様が無いだろう。
しかしながら、今しがた辰巳は琴葉を寸前のところで救い出すという働きを見せた。邪険にも出来ないというのが本心だろう。しかし、本人は勇ましく戦うなどと言っているが、一体どのような手段で戦うつもりだったのだろうか。
「……とにかく、貴方の言いたい事は分かったから、危ない事はしないで。このまま帰れとも言わないから、せめて大人しくしておいて」
「そ、そうですか……」
明らかに気を落としている辰巳に、すかさず傍にいた琴葉がフォローに入る。
「だ、大丈夫ですよ! ほら、私を助けてくれましたし……また何か手を貸してもらう事も……」
「一般人に助力を頼まないで」
「ごめんなさい……」
溜息を吐きながらも、再び百鬼に向き直る睦月。このままでは増えたのが人手ではなく心労だけではないのだろうか。そう思いながらも、睦月は注意を解く事は無い。
しかし、逆に考えれば辰巳がここにいるという事は少なくとも和沙は無事に避難出来たという事。そこから増援が来るまで粘れば睦月達の勝ちだ。
「まぁ、もてば、の話しなんだけどね……」
先ほどよりも更に力を増した百鬼を前に、睦月は自嘲気味に笑みを浮かべた……。
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