十話 実力

「はあああああ!!」


 大剣が空を切る。薙ぎによって発生した突風が鈴音のすぐ傍を駆け抜けていくが、攻撃能力の無いそれを流し、大剣を振り抜いた隙に一気に懐に踏み込むと、そのまま胴目掛けて刀を走らせる。


「甘い!!」


 が、強引に軌道を修正された大剣が上から襲い掛かって来るのを横に飛んで避ける。すると、今度はその勢いのまま、紅葉の後方に回り、死角からの攻撃を試みる。しかし、これもまた、鈴音の動きをしっかり見ていた紅葉が大剣の柄で捌く。刀を弾かれたのを確認すると、鈴音はすぐさま距離を取る。紅葉の大剣が届かず、それでいて自身の踏み込み一つで懐に潜り込める絶妙な距離だ。

 紅葉が鈴音の実力を見る為に始めたこの模擬戦だが、先程からこのようなやり取りが続き、鈴音は決め手となる一撃を繰り出せずにいた。

 武器が大剣、と言う事で騙されがちだが、紅葉のポジションは佐曇で言うところの凪に近い。敵の攻撃を受け止めるのが主な役割だが、武器が大剣である以上、攻撃力にも秀でている。その分、敵の攻撃を全て受け止められるような圧倒的な防御力は無い為、受けきれない攻撃に関しては工夫が必要となる。彼女はそれを上手く使い、四方から、時には死角からも襲い掛かる鈴音の攻撃を全て対応している。

 とはいえ、その動きを完全に捉えられているか、と言われるとそうでもない。

 太刀という武器と鈴音の戦闘スタイルの都合上、彼女には明確な強みというものが無い。その為、安定して攻める事は出来るが、一度対応され始めたら一気に不利になるのだ。

 それをどうにかしたい、と和沙に相談したところ、ならば攻撃パターンを常に変え続けろ、との教えを受けた。最初は意味が分からなかった鈴音だったが、実際にやってみると常に頭を使って動いている彼女に非常にマッチしたものであったため、それを今まで磨き続けて来た。

 とはいえ、その戦い方はそもそもチームプレイを前提としたものだ。こうして単独で戦うにはやはり決め手に欠ける。その辺りも踏まえた訓練も行ってはいたのだが、時彦の支持で神前市に引っ越す事になり、保留状態になっていた。


「ふぅー……」


 紅葉が息を吐く。その目には先ほどとは比べ物にならない程の闘志が宿っている。対する鈴音も、紅葉の向ける視線を落ち着いて受け流し、一撃でも叩き込めるよう、隙を探していた。だが……


「そこまでよ、紅葉ちゃん」


 未だ二人に割って入った睦月は、どこか怒っているような気がした。いや、実際怒っているのだろう。手加減すると言っておきながら、紅葉の動きは本気で鈴音を倒そうというものだった。始めこそ二人共様子見がてら軽い打ち合いが続いたものの、それは徐々にエスカレートしていき、今に至っている。


「流石にやりすぎ。入って来たばかりの新人に向ける目じゃなくなってるわよ」

「む……そうか? いや、意外とやるものだからつい……な?」

「その、分かるだろ? みたいに言わないでくれるかしら? 貴女の立場なら、エスカレートする前に止めるべきなの。鈴音ちゃんの間合いの取り方が上手いからそこまで大した事にはなってないけど、これがガンガン攻めてくる子だと、貴女本気で迎撃しかねないでしょ?」

「そう、だな……。いや、すまん。少し熱が入ったんだ。もう少し抑えるべきだった」

「まぁ、あの子が予想外に強くて驚いた、ってのは分かるけどね。あんまり新人に無理はさせない事」

「肝に銘じよう」


 果たして本当に分かっているのか。全く表情を変えない紅葉に不安を覚えるのは、睦月だけでは無いはずだ。


「……」


 しかし、気のせいだろうか? 先程から一度も口を開いていない瑠璃の視線が、鈴音へと突き刺さっている。それこそ、穴が空く程、ただジッと見つめている。


「えっと、その……」


 反応に困っていた鈴音だったが、その様子を見て瑠璃の足が動く。視線と同じく真っ直ぐに鈴音へと向かっている。そして、目と鼻の先まで来ると同時にその足が止まり、自身とほぼ同じ高さから目をジッと見られ、少し居心地の悪さを感じている鈴音。


「な、なんでしょうか……?」

「……それ」

「……え?」


 瑠璃が指差したのは、鈴音の握っている刀だ。特に変哲も無い普通の刀であり、瑠璃が興味を持つような物ではない……はずだ。


「あの……この刀が何か?」

「刀じゃない。さっきの戦い方、誰かに習ったの?」

「あ、あぁ……そういう事ですか……。えっと……確かに教えてくれた人はいるんですが……」

「??」


 何故か言いづらそうな鈴音を見て、瑠璃は首を傾げている。

 それもそのはず。細かい部分に関しては自分や仲間達と共に考えたとはいえ、根本的な戦法に関しては兄から教えてもらったものだ。そしてその兄を、彼女達は重要視しておらず、むしろ妹にくっついている、金魚の糞程度にしか考えていなかった。兄の行動を阻害しない為にも、出来る事ならばこの場は何とか誤魔化すべきだろう。


「……一応、向こうでは攪乱の役目を担っておりまして、どう動けばいいか、などは他のメンバーと一緒に考えたものなんです。ですので、明確にこれと言った人に指導してもらった事はありません」


 嘘は言ってはいない。和沙から教わったのは、あくまで大まかな方針だけだ。細かい指導などは受けてはいない。と言うより、スタイルが違うからと言って何も教えてはくれなかった。

 あくまで個人プレイの兄と、チームプレイの自身では色々異なる点が多い。下手に教わって変な癖が付くより事を考えると、結果的には良かったのかもしれない。……その時の和沙の言葉がめんどくさい、でなければ尚良かったのだが。


「ふ~ん……」


 納得した、とは言い難い瑠璃の表情だったが、理解はしたのか、それ以上言及してくる事はなかった。しかし、口は動かずとも、瑠璃の体が動く。


「じゃあ、次は私とやろ」

「え??」

「瑠璃ちゃん、あまり鈴音ちゃんを困らせちゃ駄目よ」


 唐突な提案に、目が点になっていた鈴音に助け船を出すべく、睦月が二人の間に割って入る。だが、好奇心に煽られ、どこか爛々と輝く瞳が鈴音へと向けられ、簡単にはノーと言えない雰囲気を纏っている瑠璃に、ただ困惑した表情を向ける事しか出来ない。

 このまま押されれば、承諾してしまいそうな状態ではあったが、流石に見過ごす事が出来なかったのだろう。隊長の頼もしい声が聞こえて来た。


「そこまでだ、瑠璃。睦月も言ってるだろう。あまり新人を困らせるな」

「紅葉さんだけずるい。私もやりたい」

「ずるいと言われてもなぁ、そういう目的で戦ったわけじゃないんだ。ここは大人しく引っ込めろ」

「むぅ……」


 流石に隊長に言われれば引っ込まざるを得ないのか、剥き出しにしていた好奇心が鳴りを潜める。しかし、それでも隠し切れず、鈴音に期待の目を向けてくる辺り、この瑠璃と言う少女の本質が垣間見える。


「すまないな。こいつは強い奴に目が無くてな、こうやって目ぼしい相手に絡む悪癖があるんだ」

「あ、あはは……」


 乾いた笑いを漏らす鈴音。未だ好奇の視線に晒されている彼女を見て、何やら良からぬ事を思い浮かべる人間がいた。


「おやおや、これはこれは、よく見た中に随分と可憐な花が咲いていると思いきや……まさか君がいたとは!!」


 浮かべていた笑みが一瞬で強張る。その声は、実に嬉しそうに、それでいて最大の親愛を籠めたものを、この訓練場一杯に響かせていた。

 見ると、入り口からゆっくりとした足取りで件の人物が鈴音へと向かってくる。一歩一歩、踏みしめる毎に、違う意味で鈴音の表情が強張っていく。以前会った時もそうだったが、どうやらこの人物とは生理的に合わないらしい。


「おや? どうしてそんなに表情を固くしてるんだい? もしかして……緊張してる?」

「……」


 鈴音は答えない。ただ、無表情に件の少女を下から見上げている。

 彼女のその性格を否定する気は無いが、自身に向けられた場合には全力で拒絶する。そう言いたげな様子だ。


「櫨谷……貴様、今まで何をしていた?」


 心なしか、紅葉の口調にも怒気が混じっている気がする。肩が小さく震えているのは、決して外の気温のせいではないだろう。


「いやぁ、ごめんごめん。今日は寒いからって、なかなかハニー達が放してくれなくてね」

「今日は鴻川に各々の役割を説明する、と事前に伝えていた筈だが……?」

「そう、それを思い出したからこそ、ボクとの別れを惜しむ彼女達を振り切ってまでやって来たのさ☆」

「……」


 表現の仕方は数あれど、シンプルに言うならこれしか無いだろう。鬱陶しい。

 いちいち言葉の端々を強調したり、何かを喋る度にウインクするなど、その行動はどこぞのアイドルでも気取っているのだろうか? しかしながら、ただただ鬱陶しい事この上ない。


「ボクの事をどうこう言ってくれるのは、色んな意味で嬉しいんだけどさ、それを言うなら紫音君がいないみたいだけど?」

「真砂はいつものだ」

「なるほど、撮影か。なら仕方が無いね。彼女にとってはアレも大事な役目だ。そして寒さに震える麗らかな少女を温めるのもまた、ボクの役目で……」

「もういい、櫨谷、もう口を開くな」

「これは手厳しい事で」


 非常に表情が険しくなった紅葉が鈴音へと向き直る。


「一先ず、だ。実力は見た、そのうえでお前のポジションはある程度理解したつもりだ。それを踏まえて、これから私達各々の役割を覚えてもらう」

「チームプレイである以上、自分の事だけやってればいい、という事はないからね。他のメンバーの役割も理解して、そのうえで上手く立ち回る事が重要だからこうして説明をするの。分かった?」

「分かってます。去年の戦いでそれを痛感しましたから」

「去年の戦い……ね」


 彼女達の耳にも入ってるだろう。昨年、佐曇市に襲来した超大型、通称「天至型」の話は。


「チームワークの重要性を理解しているのなら、それに越した事は無い。それで、役割についてだが……」

「まずはボクのポジションから説明しようか」

「……あぁそうだな」


 ふぁさ、と前髪を掻き上げた明に、もはや何も言うまい、と紅葉が完全に対応を投げている。いやまぁ、やる事をやろうとしているので、別におかしくはないのだが、やはり彼女イコール奇怪な言動という印象が張り付いているのだろう。誰もツッコミを入れない事に少し違和感すら感じる。


「その不審者を見るような目でボクを見るのはよしてくれ。ボクはただ、君の為を思って名乗りを上げたに過ぎないんだ。分かって……くれるね?」


 無駄に憂いを帯びた表情がさらに鬱陶しさを加速させる。しかながら、このようなやり取りを続けたところで不毛だと言う事に気付いた……気づいてしまったのか、鈴音が小さな溜息を吐く。


「……では、お願いします」

「おぉ! 任せてくれたまえ!!」


 何を任せろと言うのか。

 そんな鈴音の心中を知ってか知らずか、明が先ほどまで紅葉と鈴音が剣を交えていた訓練場の中心へと立つ。


「それではお見せしよう、ボクの華麗な姿を!!」

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