二十一話 従巫女

「二人共、お疲れ」

「はぁ……」


 睦月の労いの言葉を耳にし、鈴音の肩が落ちる。どうやら、想像以上に緊張していたようだ、口から漏れた溜息の重さが、緊張の度合いを物語っている。


「……」


 あからさまに開放された感を醸し出している鈴音とは違い、和佐は未だ閉ざされた門を見続けている。それも、これまで外では一度として崩していない、人畜無害の仮面を取っ払った状態で、だ。


「どうしたの和沙君? あ、もしかして……、織枝様がタイプだったとか?」

「……」


 目の付け所が鈴音と似たり寄ったりなところを面白がるべきか、それとも憂うべきか非常に悩ましい、といった表情を浮かべている。そんな和沙の様子を目ざとく察したのか、睦月ははから笑いを浮かべながら誤魔化すように手を振っている。


「あ、あはは……。ごめんね、怒った?」

「……いえ。ただ、鈴音と同じだな、って思っただけです」

「同じ……?」

「な、なんでもないんです!!」


 疑問符を浮かべながら睦月が鈴音を見ると、慌てたように鈴音が否定する。まさか、自分に気があるのではないか、と以前和沙に聞いていたなんて、口が裂けても言えないだろう。


「それで……これからなんだけど。鈴音ちゃんにはちょっと付き合ってもらいたい事があるの。とは言っても、そんなに時間はかからないから、和沙君はちょっとそこらで時間を潰しててくれるかな?」

「……? いいですけど」

「ごめんね。それじゃ、鈴音ちゃん、行きましょうか」

「え? あ、はい!」


 睦月に連れられ、鈴音がその場から離れる。どこへ向かうのかは、睦月以外知らず、その後ろ姿を眺めている和沙にもどうでもいい事だった。ただ、一点を除けば、の話だが。


「……何か用?」


 和沙が振り向くと、そこにはいつの間にいたのか、琴葉が立っていた。その目は未だ軟化する様子は見られず、ただジッと厳しい視線を和沙へと向けている。


「お気になさらず。ただ見張っているだけですから」

「見張ってるって……。別に何もする気は無いよ?」

「あなたにその気があるか無いかの話ではありません。あなたがここにいる事自体が問題なんです。ですので、ここにいる間は私があなたを見張っておきます」

「は、はぁ……」


 もはや何も言葉が浮かばない。正義感が強いのは結構だが、先程織枝に言われた事を忘れたのだろうか? それとも、彼女の言葉に反してなお、やるべき事と思っているのか。


「……面倒な」

「何か言いました?」

「いや、何でも無いよ」


 どうやら一挙手一投足に至るまで和沙を監視するつもりのようだ。流石にそれは敵わないとばかりに、その場を離れようとする和沙だったが、ぴったりと琴葉が付いてきている。

 どうやら、この少女を離すのは少々骨が折れそうだ、と覚悟を決める和沙だった。




「さて、この本局における巫女隊の構成は以前教えた通りだけど、それ以外にも特殊な制度があるの。……もしかして、聞いてたりする?」

「いえ、巫女に関する事は以前の訓練以降は何も。その制度とは?」


 睦月の半歩後ろを歩きながら、鈴音が聞き返す。思えば、ここに来てから、巫女の組織構成やら指揮系統やらを教えてもらった事は一度も無い。一度で覚えるのは無理と判断されたのか、それとも別の理由があるのか。


「守護隊の小隊は分かるよね? その小隊をいくつか巫女に割り当てられ、中隊として扱う制度があるの。またの名を従巫女って言うんだけど」

「従巫女……」


 初めて耳にする言葉に、鈴音は一瞬考え込む。しかし、よくよく考えてみれば、肩書きは守護隊であっても、本来は巫女候補生。付き従う巫女、という意味で従巫女と呼ばれているとすると、しっくりくる。


「その従巫女を貴女に付けるのだけど、いきなり他のメンバーと同じように、二つも三つも小隊を任せると大変だから、最初は一つだけ。後々増やしていくかもしれないけど、それは試験運用次第ね」

「従巫女……小隊……むぅ」


 難しそうに唸る鈴音を見て、睦月は小さく笑みを作る。


「そんなに難しく考えなくていいわよ。ただ、常に巫女隊全員が揃って動くわけじゃ無く、こうして守護隊を付けて、分散して戦う事もあるって事だけ覚えてて」

「分かりました。が、頑張ります……」


 どこか自信無さげに見えるのは、今後実戦で指揮をする可能性があるからか。

 思えば、鈴音は候補生を纏める事はあれど、これまで実戦での指揮経験は無い。流石にいきなり上手く動かせとは言われないだろうが、それでも慣れない事に緊張するのは仕方の無い話だ。


「でもまぁ、安心して良いわよ。貴女の担当する小隊は……」


 睦月がとある扉の前で止まる。ゆっくりと、その扉を開き、鈴音は中にいる者との対面を果たす。


「彼女達だから」


 中にいたのは、四人の少女達。それも、ただの少女ではない。


「やっほ~、私だよ~」


 呑気にひらひらと手を振り、これまた気の抜けそうな笑みを浮かべるその少女は、ひとしきり振り終わると、その手を額に当て、まるで軍の敬礼のようなポーズをとる。


「第八小隊~、これより巫女鴻川鈴音の指揮下に入ります~」


 どうやら、どんな場面でもその特徴的な口調は直らないようだ。相も変わらず聞けば気が抜けそうになる声は、これまで鈴音が抱いていた緊張を一瞬で霧散させた。


「日和ちゃんを小隊長とした第八小隊、彼女達が貴女の担当する小隊よ」


 そこにいたのは、つい先日、その戦いぶりを直接目にした、友人が小隊長を務める小隊だった。




「先日の話は私も軽く聞いてるわ。鈴音ちゃん、まだ許可が下りてないのに戦闘を行ったそうね?」

「あー……、いえ、戦闘・・はしてません。ただ、見学してただけです」

「……本当に?」

「はい。あの一件で、彼女達の戦闘力の高さを存分に見せてもらいました」

「そう、なら良かった。八田さんが心配してたから。まだ正式に実践配備されていない巫女が戦闘で傷物にでもなったらーって」

「傷物って……」


 鈴音はそう言うが、実際充にとっては気が気でなかっただろう。未だ鈴音に対する周囲の認識は、あくまで客人であり、戦闘要員ではない。万が一、今の状態で下手に怪我でもされれば、本局の沽券に関わる問題になってくる。ひっそりと彼女を引き込みたい本局としては、あまり事を荒立てたくないのが本音だろう。


「とはいえ、これで正式に貴女も戦闘に参加する事が可能になりました。でも、あくまで彼女達が一緒にいる時か、私達巫女隊のメンバーの誰かが一緒に行動している時のみの話よ。単独での行動は厳禁。それがどのような状況であっても、よ」

「分かりました」


 もとより、鈴音は自身にそこまで実力があるとは思っていない。天至型との戦いを生き延び、その先にも訓練で多少の実力は身に着いたとは思ってはいるものの、あくまでそれは常識の範疇内で、だ。どこぞの誰かさんのように、単騎で大型を討伐する事など不可能なうえ、中型すら一人で太刀打ち出来るかどうかすら怪しい。

 兄とは違い、自身のみの力で戦うのではなく、仲間と共に戦う事でスタートラインに立つ。それが鈴音が現状目指している方向性だ。


「んふふ~、これでようやく一緒に戦えるね~」

「そうね。言っておくけど、私隊長の経験は無いから、何でもかんでもこっちに振らないでね。あくまで私と日和の役割は折半……いや、日和の方が経験値は高いから、そっち比重多めで」

「えぇ~」


 不満の声をあげる日和。鈴音が自分達の上に立つ、という事で負担が一気に減ると思っていたのだろう。いかんせん、担当の巫女が経験不足という事で、立場は変われどやる事自体は大して変わらない。むしろ、鈴音が入った分、多少重くなる可能性もある。それを考慮したうえでの抗議の声だろうか。


「仲が良くて、お姉さん助かるわ。瑠璃ちゃんなんかは、全然守護隊の事を考えずに一人で突っ走るから、そこを矯正するのに随分時間が掛かったの……」

「大変だったんですね……」

「悪い子じゃないし、頭も良い方だからこっちの言う事はすぐに理解はしてくれたんだけど……ね」


 マイペースで突き進む瑠璃の事を思い出したのか、睦月が遠い目であらぬ方向を見ている。どれほど大変だったかは、押して図るべきだろう。


「癖が強いもんね~、あの人~」

「貴女も大概よ」

「そんなことないよ~」

「ほんとにそう思ってるの……?」

「えへへ~」


 笑って誤魔化そうとしているのか、それとも本気でそう思っているのかは分からない。訝し気な視線を向けられているにも関わらず、それを嬉しそうな表情で返す彼女は、将来必ず大物になるに違い無いだろう。


「さて、紹介も終わったし、そろそろ戻りましょうか。和沙君も待ちくたびれてるでしょうし」

「ん~? 何の話~?」

「兄さんを一人で待たせてるの。ていうか、完全に存在を忘れてたわ。そういえば、朝食を摂らずに来たので、もしかしたら空腹で倒れてる可能性もありますね」

「それはあまり待たせると悪いわね……。じゃあ、戻りましょうか。貴女達はどうする? 要件はこれだけだから、あとは好きにしてもいいけど……」

「はい! 私、鈴音さんのお兄さん見たいです!」

「別にそんな物珍しいものを見るような感じで言われても……。普通の兄さんですよ?」

「でも、鈴音さんのお兄さんよね? もうそれだけですごい特別な感じがする!」

「……」


 梢は随分とミーハーな性格のようだ。しかしながら、なかなか核心を付いているのも侮れない。


「あの子、そこまで言われる程何かしてたっけ?」

「してない……と思います。多分……」


 単に鈴音の身内だから、という事で盛り上がっているだけな節もある。兄の存在を今の今まで知らなかったのだから、十中八九そうだろう。


「はぁ……。仕方ないですね……」


 漏れた溜息が、鈴音の脱力さを思い知らせてくる。これから一緒に戦う仲間である以上、蔑ろには出来ない。だが、だからと言って簡単に和沙に会わせるのもどうかと思う。そんなニュアンスを含んだ溜息だった。

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