第105話 死中に活を求む

 完全に外殻が固まるのにかかる時間は、この温羅の外殻の性質にもよるが、この大きさであれば一日はゆうにかかると思われる。なら、猶予はまだある。


「早めに決めるよ!!」

「なら、ちゃんと役割を果たして下さい」


 相も変わらず皮肉たっぷりな相方の言葉に、挑戦的な笑みを返す美月。そして、その笑みに違わず、期待に答えるのが美月という少女だ。

 動きづらいのか、少々動作が鈍重なところを突き、美月が隙を作る為に一気に接近……したと思いきや、その足は即座にその場から飛び退く事になる。


「なっ!?」


 こればかりは持ち前のセンスが成せる技だろう。完全に死角となる場所から美月へと延びる一筋の鈍い光、それに視線も向けず、ただ悪寒がした、そんな根拠の無い理由だが、その場から勢いよく後ろに飛び退いた。

 一瞬前まで、美月がいた場所に何かが突き刺さる。土埃に混じり、上手く視界に捉えられないが、何やら棒状の物が地面に突き立てられている。

 土埃が晴れ、ソレが完全に見えるようになると、美月の背筋は冷や水でもかけられたかのような悪寒が支配する。

 針だ。それも、直径二十センチはありそうな、ほとんど杭と言っても過言ではない大きさの。


「何あれ!?」

「形態の変化……。気を付けてください、おそらく、より攻撃的な状態になったと思われます。貫かれれば、痛いじゃすみませんよ」

「見れば分かるよ!!」


 おそらく、あの棘は美月のトンファーでの防御など軽く貫いてくる。下手に防御すれば、そのまま武器ごとお陀仏になりかねない。これまでのような真正面から受け止めるのは危険極まりないということだ。


「回避メインでいかないマズイかな……」


 そんな事を言っていると、早速棘による攻撃が美月を襲う。それも、一本だけではない。おそらく腹部に生えているであろう棘の実に三割程度が美月に向けられている。密度で言えばかなりのものだが、幸いにもそれらを一点に集中させている為か、その場から緊急回避を行う事で避ける事は出来た。

 しかし、これまではあくまで自分の体をぶつける等、直接攻撃がほとんどだったが、いきなりこうも攻撃手段が変わるとなると、下手な行動は出来ない。場合によっては、自滅に繋がるかもしれないのだ。

 眼鏡の少女も、何とか隙を伺うものの、棘の鎧に阻まれているうえ、こころなしか先ほどよりも機敏に動いている気がしてなかなか踏み込めない様子だ。

 しかし、だからと言って攻め込まなければ勝つ事はおろか、耐える事すら難しい。ならば、美月が作った隙を何としても突いていきたいところだが……


「こん、のっ!!」


 次から次へと放たれる棘に、苦戦しながらもなんとかいなしていた美月だが、徐々に限界が見え始める。当初は完全に相手の攻撃を回避する事に徹していたのだが、時間が経つごとに難しくなり、今では至近距離に放たれたものはトンファーを使って軌道をずらすなどで何とか対応している状態だ。そのおかげか、この戦いが始まった頃は新品同然だったトンファーは傷だらけになっていた。

 また、先程とは比べ物にならない攻撃を受け、確実に体力を消耗していっている。このままでは、そう長くもたない事は誰の目から見ても明らかだった。


「さっちゃん!! まだ!?」

「まだも何も……! 隙なんてどこにあるんですか!!」


 相方の危機に、思わず声を荒げてしまう。だが、そんな事など関係無いと言うかのように、温羅の攻撃は激しさを増していく。もちろん、それに合わせて美月にかかる負担も大きくなる。限界は、すぐ目の前まで迫っていた。

 一瞬、美月の足下が大きくぐらつく。正面から受け続けていた衝撃は、その体を支える足へと確実にダメージを蓄積させていた。そのダメージが、ここに来て彼女の体勢を大きく崩す事となった。


「美月!!」


 少女の悲鳴が聞こえる。しかしながら、そのまま沈む程彼女も甘くはない。最後に一度、大きな攻撃を加え、温羅もまた、体勢を崩さずにはいられない状態にしてやる。そう考えたのだろう。

 前のめりに足が崩れたのを利用し、残った力を振り絞り前に大きく踏み出す。相棒程の火力は無いが、膂力だけならそこまで大きな差は無い。故に、その賭けへと打って出た。

 その大きな体故か、自身の懐に潜り込もうとした美月が見えず、温羅からの迎撃は無い、一瞬だけではあるが、そう思われた。しかし……


「ッ!?」


 一瞬、何が起きたか分からなかった。温羅の懐に潜り込んだと思われた美月の体が、横薙ぎに吹き飛ばされている。完全に不意を打った行動であったためか、ノーガードでそれを受けた彼女は、地面に二、三度転がった後に停止し、その場から起き上がれなくなっていた。


「マズイ……!!」


 すぐさま彼女を助けるべく、傍らへと駆け寄ろうとした、が向けられた止まれ、を意味する掌を視界に入れ、すぐさま前に出るのをやめた。


「大、丈夫……だから、まずは、そいつをなんとか……」

「大丈夫って……そんな体で……」


 出血こそしていないものの、かなり鈍い音が鳴り響いた。それこそ、骨がどうにかなるレベルのものだ。そんな状態でいながら、あの少女は目の前の敵を優先しろ、と言う。

 当の温羅はというと、これまで様子を窺っていた少女には一切目もくれず、いままで散々自分を翻弄し続けた美月にトドメを刺さんとするかのように、ゆっくりと歩を進めている。

 今なら接近しても迎撃を受ける可能性は低い。だが、攻撃に失敗すれば、今度こそ美月の命は無いだろう。

 支援は期待出来ない。皆、それぞれ自身の事で手一杯だ。であるなら、彼女が取る手段はただ一つ。


「……ごめんなさい美月。あなたにはいつも辛い役目を押し付ける」


 ボソリ、と呟き、視線を向けた先では今にも棘を突き刺し、美月にトドメを刺そうとする温羅の姿。

 十中八九、間に合わないだろう。

 だが、その攻撃を繰り出す瞬間だけは、大きな隙が出来る。ならば、そこを突けばいい。

 ……結果的に、自分達のリーダーがそれで命を落とそうとも、ここで敵を倒さなければ、更に多くの人が死んでしまう……自分にそう言い聞かせながら、少女は拳を握った。

 同時に、温羅が束ねた棘を振り上げる。チャンスは一瞬、そしてたった一度だけ。

 この一瞬に全てを叩き込むべく、大きく一歩を踏み込んだ。それに連動するかのように、温羅の棘が振り下ろされる。


 間に合うか、否か。考える必要など、無かった。

 誰が見ても、結果など明らかだ。

 踏み込み、距離を詰めなければならない少女。対して、ただ振り下ろすだけの温羅。


 果たして、彼女の全てを籠めた拳の一撃が……


 届く事はなかった

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