第78話 雪辱? 否、それは報復

 結論から言うと、和佐の予想は当たった。それも最悪な形で。


「……っ!!」


 四方八方から飛来する小型のミサイルは、和佐に回避を強制するうえ、地面に着弾する事で、その機動力を生かしづらい地形へと変えていく。実際、和佐は何度も接近を試みるが、絶え間ない弾幕と、悪化の一途を辿る足場に苦戦し、思うように前へ進めない。


「厄介だな……」


 幸いな事に、一発一発の威力はそこまでではない。至近弾を受けたところで、ダメージは皆無であり、下がコンクリートと言うこともあり、砂埃によって視界が塞がれるということもない。精々、破片が少し痛い程度だ。

 しかしながら、和佐の突破力をもってしても、懐へ潜り込む事が難しいという事実は変わらない。言うなればミサイルの壁、だろうか。これほど潜り抜けるのも、乗り越えるのも難しい壁はそうそう無い。改めて、この大型温羅の脅威を再認識するが、だからと言って対抗手段が無いわけではない。


「ものはやりよう、ってな」


 この温羅が発射してくるミサイルだが、いきなり照準を定めて撃つのではなく、始めに広範囲に拡散してから、一気に収束するような軌道を取る。その為、着弾に伴う爆風があまり広がらず、視界を奪う事も無い。敵の姿が隠れないのは和沙にとっても好都合だが、同時に敵としても常に良好な視界が保てる、というわけだ。体格と手数で劣る和沙としては、これはあまり芳しくは無い状況である。

 しかし、だ。収束した後に着弾するせいで爆風が広がりにくいのなら、拡散した時点で爆発させれば、爆風に伴う煙によって、十分な煙幕が形成される。それを狙えばいい。問題は、どのようにして爆発させるかだが。

 再三放たれるミサイルにウンザリした表情を見せながらも、和佐が迫りこようとしている筒状の爆発物に向かって手を伸ばす。刹那、蒼い光が一筋伸びたかと思うと、次の瞬間には爆発したミサイルから誘爆し、放たれたそれの全てが次々と轟音を立てて空中で破壊されていく。


 迸る蒼雷を纏いながら、和佐が爆炎を睨みつけている。掌から放たれた雷は、果たしてどのようにしてミサイルを破壊せしめたのか。

 そもそも、和佐の体を纏う蒼雷「神立」は、蒼脈と呼ばれ、”通す”事に秀でている。極端に電気抵抗の高い物質でなければ、その蒼雷は一瞬で駆け巡り、内側から対象を焼き尽くす。しかし、用途はそれだけに留まらず、自身の体を巡らせて身体能力を強化したり、通常の電気エネルギーとして用いる事も可能だ。

 通す、というだけで凄まじい汎用性を持った能力である。目の前のミサイルを撃ち落とすのも、この能力一つあれば事足りる。

 目の前で爆散していったミサイルは、空気中の塵に”通された”雷によって破壊されていた。空気中を通す場合、コントロールが難しい為、その威力は強めの静電気ほどだ。しかしながら、温羅のミサイルにとっては、その静電気すら爆発の要因となる。

 目論見通り、爆炎によって視界が封じられる。しかし、それは向こうも同じだ。図体がでかく、簡単に動き回る事の出来ない大型温羅にとって、視界を塞がれるというのは致命的な状況に他ならない。敵が和沙のような機動力に秀でている相手ならば尚更だ。


 だが、流石は大型、対処手段の一つくらいはあったのだろう。

 正面の砲門の一つ、周りのものと比べると一回り小さなそれから、ボールのような物が射出される。放物線を描きながら飛行するそれは、未だ煙の晴れない場所まで到達すると、その場で爆発・・・・・いや、破裂した。おそらく中身は空気でも入っていたのだろう。意外と派手な破裂音が轟いたものの、その影響はミサイルの誘爆によって蔓延した煙を晴らすだけに留まった。本来の用途は、至近距離に近寄られた際の自衛手段なのだろう。威力自体は控え目で、尚且つ自爆しないよう、高圧縮されたエアーで攻撃するところがその辺りを物語っている。

 完全ではないが煙が晴れ、ある程度の視界は確保出来たようだ。温羅が目のような部分を動かして、和佐を探している。……が、既にそこには誰もいない。


「どこ見てる、間抜け」


 頭上から聞こえた声に、温羅の全神経がそちらに集中する。

 いつの間にか、和佐は温羅の上空に飛び上がり、そこからアプローチを仕掛けようとしていた。完全に意識が下に向いていた温羅の反応が一瞬遅れる。しかし、敵はまだ空中におり、地上にいた時よりも距離は縮まっているとはいえ、そこから一気に距離を詰める手段は無い。そう思うのが、普通の思考だ。


「このやり方はあんまり好きじゃないんだがな……、そぉらっ!!」


 逆手に持ち替えた長刀を、体の捻りだけで投擲する。投げつけられた刀は、まだ迎撃態勢の整っていない温羅の頭上へと飛来し、その無機質な外殻へと突き刺さった。

 刀の行方を見守っていた和沙は、突き立った長刀に手を伸ばす。すると次の瞬間、蒼い光が一瞬和沙を包み込み、次の瞬間には和沙毎消えていた。


「ぐっ……!!」


 かと思いきや、その姿は突き立った長刀の傍にあった。まるで超速度で移動してきたかのように温羅の外殻上を滑りながら、突き立った長刀を抜き放った和沙は、移動の影響か、その場で蹲っている。


「……くそ、早いだけの移動術なんざ、使い勝手が悪いだけだな」


 口を衝いて出た悪態は、今しがたやってみせた、曲芸じみた移動法に対するものだろうか。その口調から、あまり頻繁に使用したものじゃないらしい。

 しかし、これでようやく敵に取り付けた。いや、へばり付いたと言うべきか。言い方はどうあれ、後は和沙が足下に向かって雷を流せば終わり、なのだが。


「ん?」


 ポン、という非常に軽い音が耳に入る。その攻撃音にしては随分と間の抜けた音に、首を傾げる和沙だったが、その目に丸い物体が映った瞬間、考えるよりも先に回避行動を取った。

 パァン、と先ほども聞いた破裂音と共に、中に詰まっていた空気が和沙の体を押し返す。どうやら、先程の自衛用の空気爆弾のようだ。それが一つや二つだけではなく、見える範囲で数十個程が和沙に向かって撃ち出されている。


「あぁ、そうか……。機械じゃないんだから、別にどこからでも出せるよな! 別にギミックなんかがあるわけじゃないもんな!!」


 いや、例の杭を撃ち出す温羅を見れば、そうとは限らない。しかしながら、今の和沙にはそれを考えるだけの余裕は無い。

 着弾するまで周囲に影響を与えなかったミサイルとは違い、これは和沙の近くに飛んでくるだけで自爆する。つまり回避行動がミサイルのものよりも大きめになる。大型温羅の上とはいえ、行動が出来るスペースは限られている。ご丁寧に、空気爆弾の動きも和沙にダメージを与えるのではなく、自身の頭上から落とそうとするかのようなものだ。このまま続けていれば、やがてはこの場から退く羽目になるだろう。


「……冗談じゃない」


 苦労してここまで登ってきたのだ。退くにしても、ただでは退かない。

 次々と撃ち出される空気の爆弾を避けながら、和佐が一歩、また一歩と端へ追いやられる。そして、駄目押しの形で正面から向かってきた攻撃を避ける為に、跳んだ。

 再度空中へと身を躍らせる。このまま重力に任せて落ちていけば、再び温羅の頭上へと舞い戻る事が出来るが、それを許してくれる程甘くはないだろう。


「……」


 眼下の敵へと鋭い視線を送る。距離が離れた以上、空気爆弾での迎撃は必要無いと判断したのか、和佐へと向けられる砲門からは、ミサイルの先端が覗いている。


「上……等……!!」


 先ほどと同じように、逆手に持ち替えた長刀を投げる。着弾したそれは、再び先と同じように温羅の外殻に突き刺さるが、その後が違った。

 両腕を交差するようにして構えた和沙が、重力に逆らわず、そのまま落ちてくる。当然、迎撃をしようと温羅がミサイルを撃ち出す。

 ミサイルを使うにしては距離が近かったのか、密度はそこまでではない。まばらに発せられたミサイル一つ一つに視線を向けた和沙は、事もあろうかそれを受け止めた。

 いや、違う。爆炎によって遮られたその先が見えた。そして、撒かれた煙の中に和沙の姿がある。その手には結界が張られていた。

 両手に結界を張り、それで上手くミサイルをいなしている。単に受け止めるのではなく、軌道をずらし、爆風によるダメージも防ぐ。やってる事は分かりやすいが、その普通ならばそんな方法は考えつかない。いかれている。真っ当な人間ならば、そうとしか表現のしようがないだろう。

 しかし、その戦法は確実にこの温羅に対しては有効なものだった。まさかミサイルを手の結界だけで防ぐなど、温羅にとても予想外なものだったのだろう。驚愕からか、ただミサイルを連射するしかない温羅目掛けて、和佐は落下して行く。

 果たして、その時はやってくる。

 決して無傷ではなかったが、先程跳び発ったその場所が眼前に迫る。だが、和佐の狙いは奴の頭の上に陣取る事ではない。

 その目は、ついさっき外殻に打ち込んだ愛刀を見ていた。

 もはや空気爆弾で迎撃するという判断すら出来ないのか、自身にダメージが出るのも御構い無しに至近距離でミサイルを放ってくる。飛んできたミサイルを、事もあろうに素手で捕らえると体の捻りで投げ返す。

 着弾、そして爆発。広がる爆炎に紛れながら、一気に距離を詰める。そして……


「これで……終いだ!!」


 踵落としの要領で、長刀の柄頭を蹴り落とし、その刀身が更に深く沈むと同時に、蒼い光が温羅の体を貫いていく。

 移動要塞と化していた大型温羅の体が、ゆっくりと横向きに倒れて行く。その背から飛び降りた和佐は、目の前の敵が力尽きて行く様子を感情の無い目で見つめていた。

 あれほどの激戦を繰り広げた相手にも関わらず、散る時は呆気ないものだ。それは、温羅だけではなく人間も同じだろうが。

 消えかけているその姿を最後まで眺める事すらせず、背中を向けて歩き出そうとした。が、次の瞬間には、再び振り返って刀を振り抜いていた。

 背後で起こる爆発。しかし、爆風はそこまで大きくはない。


「脳天貫かれたんなら、大人しく死んどけ。潔く散るのも礼儀だろ」


 そんな言葉を投げかけられ、力無く地に伏す。言葉通り、悪足掻きだったのか、その一発を最後に、大型温羅は沈黙した。

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