第26話 蒼雷 前

 巨大なアンコウの出現に、思わず狼狽えていた一同だったが、凪の一喝によりすぐさま我に返る。


「七瀬と風見は距離を取りなさい! 仍美と日向は触手を引きつけて!!」


 矢継ぎ早に凪が支持を飛ばす。それに従ってそれぞれが動くが、これまでの戦いで洸力と体力を消費し過ぎたのか、動きが鈍い。


「凪先輩! 和佐先輩は!?」

「今はこっち!!」


 助ける助けない以前に、そちらに力を割く余裕が無い。アンコウ型の温羅は、出てきてからすぐに激しい攻撃を繰り出してきた。


「こんのぉぉ!!」


 日向が触手を弾き返す。が、先程と比べると、その数は倍以上になっている。到底一人で押し返せる数ではない。


「日向先輩! 無理はダメです!」


 仍美が日向のカバーに入る。そこを触手が追撃しようとする……が、大量の弾丸を撃ち込まれ、その場で硬直する。


「お姉ちゃん!」

「うぅぅぅ……、かーたーいー!!」


 二人が一旦離れるまで、風見の銃は火を吹き続ける。


「風見、ナイス! こっちを見ろ!!」


 凪が触手と風見の間に入り、襲いかかろうとしていた触手を全て耐え凌ぐ。


「凪ちゃんもかたーい!」

「私は貞操はアイアンメイデンの女よ!!」

「アイアンメイデンは拷問器具です……」


 凪に殺到する触手を、七瀬が冷静に撃ち抜いていく。しかし、その威力は数を射る毎に弱くなっていく。


「そろそろマズイですね……」


 洸力が底を尽き掛けている。完全に無くなっても、それで死ぬ事は無い。が、足下に結界を張れなくなり、水中に真っ逆さまな事、御装が解除される事を考えると、もはや死んだも同然だ。


「打開策は!?」

「それを考えるのは先輩の役目です!」

「タンクで指揮官なんて出来るわけないじゃない! ここからどうしろって言うのよ!?」

「かっこいい、一撃が強力、などの理由でそれを選んだのは先輩自身です! 諦めてください!!」

「遠距離武器にしときゃよかったあああ!!」


 絶叫出来る分、まだ力が有り余っているのだろう。凪の盾は崩れるような兆しは見えない。むしろ、消耗が激しいのは、先輩達よりも経験の少ない中等部組だ。


「もう無理! 疲れて動けない?!」

「お姉ちゃん、もう少しだから頑張って!!」

「もう少しって、何時何分何秒地球が何回回った時?!?」

「あぁもう! 少しは頑張ってると思ったのに!!」


 風見の言わんとすることも分からないでも無い。が、大型の猛攻が弱まる事は無い。このままだと、先に倒れるのは凪達だ。


「こうなったら……、賭けの一発!!」


 七瀬の矢に光が集中する。おそらく、これが彼女の全力であり、最後の一発だ。打開の道を探るため、自身を犠牲にしようというのだ。


「七瀬ちゃん!!」


 しかし、彼女の覚悟は無駄と化す。

 七瀬の背後に大きな水柱が立った。


「あぁもう!! 背後をとら……れ……」


 凪が水柱の立った場所を見て唖然としている。先に視線を向けていた日向も同じだ。


「どうしたんです……か……」


 七瀬が息を飲む。

 水柱の立った場所、その中心で和佐が四肢を水面に付き、蹲っていたからだ。


「あの馬鹿、自力で……、っ!! 和佐!!」


 いっぱい食わされた事を忘れていなかったのか、和佐の姿を見た瞬間、触手が一斉に向かう。


「ゲホッ、ゴホッ……、舐めるなよ、海産物風情が!!」


 触手が和佐を叩き潰そうとしたその瞬間、和佐の周囲に蒼い光が立ち上り、そして……


「―――――――!!」


 和佐目掛けて放たれていた触手が、全て爆散した。

 流石の大型も、この一撃には怯まざるを得ないのか、巨体をその場でのたうち回らせる。

 ようやく息を整えた和佐がゆらり?と立ち上がる。蒼い光はまだ消えておらず、むしろ和佐の周囲を迸っている。

 それはただの光ではない。

 雷光だ。

 蒼い雷が和佐の周りを走っていた。

 まるでその光に呼応するかのように、垂れ下がった前髪の奥で蒼い瞳が爛々と輝いている。


「あんた、それ……」

「離れてろ。多分、久し振りになるから、どうなるか分からないぞ」


 これだけの威力を持つ力がを制御しきれるとは限らない。取り戻しはしたが、使い方まで思い出したわけではない。間違って味方に向かわないとも限らないので、和佐は近くまで来ていた凪達に離れるように告げる。

 珍しく、大人しく退いた凪に、和佐は少々疑問を浮かべる。しかし、彼女達の足下を見て納得する。


「前言撤回だ。あんたらは先に本土に戻ってあの中型をどうにかしてくれ。早いとこ対処しないと、あれはどんどん奥に行くぞ」

「そんなにやばいの? あそこまで行ったとはいえ、攻撃はしてこなかったけど……」

「あれは多分、運搬専門の温羅だ。中に小型が詰められている可能性がある」


 先の嫌な予感はあれだったのだ。おそらく、あの中型は攻撃能力こそ無いもの、高速で移動する手段、もしくは空間跳躍などを使用する特殊な温羅だ。攻撃能力が無い、というだけで無視される可能性は高いが、逆に言えば、小型の運搬程度なら問題無く行えるうえ、中型であの能力だ、大型が持つとどれほど脅威になるか計り知れない。

 和佐の言葉を聞き、凪がようやくその危険性に気づいたのか、険しい視線で中型を睨みつける。


「それに、そろそろ洸力切れだろ? ここで沈まれちゃ、こっちの戦闘の邪魔になる。頼むから先に戻っててくれ」


 気遣い、というわけではない。先も言った、まだ思い出しきれていない力を使う事への危険性と、洸力切れになった味方のせいで、こちらが窮地に追い込まれる事も十分に考えられる。


「分かった。復活直後で悪いけど、頼んだわよ」

「軽く言ってくれる……」


 他のみんなを連れて退却していく凪を尻目に、和佐は目の前の大型と対峙する。あの蒼い雷があるとはいえ、油断など微塵も出来ない。


「行くぞ……」


 全身に雷を迸らせながら、和佐が低く構える。それに応えるようにして、温羅の触手が鎌首をもたげ、そして……


 一際大きな雷光が、周囲に轟音を響かせながら、温羅へと襲い掛かった。

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