第239話 なお、運命のヤバい糸とする
先生にこってり絞られたあと、教室を出た私を出迎えたのは志音……と、何故か知恵と菜華まで居た。志音までは想像してたけど、残りの二人については意外で、「え?」って声が出た。
「こいつら、お前のヤバい誘導の話を直接聞きたいって」
「は? ヤバくないが」
ヤバくないから。
私は自分の成績を守ろうとしただけ。そもそもあの光の柱で死ぬなんて有り得ないんだし、私が指示した内容で傷付く人なんていないんだから。
私はそのまま帰れる準備をしてきたんだけど、菜華が先生に注意されてギターを教室に置いてきたらしい。まぁあんな馬鹿デカい荷物持って来ようとしたら怒られるのも当然だけど。待っていたもらった手前、「じゃ、私は帰るから」とは言いにくい。さすがの私もそれくらい配慮できるので、校門ではなく校舎を目指して歩いた。
そして、教室へと戻る道すがら、いかに自分が合理的な判断をしたか語った。一頻り語り終えて視線を向けると、知恵はあんぐりと口を開けて感嘆の声を漏らした。
「すげぇ……一切反省してねぇ……」
「夢幻、先生にはなんて言われたんだ? 叱られてたんだろ?」
「今回の実習は本番を想定したものであること、あの場においても普通のバグが訪れないとも限らないこと、先輩二人に誤った認識を植え付けたこと、色々な方面から怒られた」
「全部正論じゃねぇか」
志音の呆れた声を無視しながら、エクセルを出て校舎へと向かう。実を言うと私も悪いことをしたのは分かっている。ただそれらと自分の成績を天秤にかけたときに、成績の方に傾いただけで。
そこで私は先生に聞かされた話を、というよりも先生がうっかりポロリしたっぽい話を三人に聞かせた。
「そういえば、こんなんじゃ合同演習が思いやられるって言ってた」
「……合同演習って、今回のじゃなくてか?」
「他にあるっぽいよ。他校の生徒に同じような粗相をしないようにって言われたし」
「粗相……夢幻はすぐに漏らすから、心配」
「その粗相じゃないから」
誰がお漏らし犬じゃ。
その認識は間違っている。すぐは漏らさない、必要に応じて漏らすだけ。言いがかりはやめていただきたい。
「他校といっても、この近くで似たような科、あった?」
「一番近いとこで
「詳しいじゃん、お前」
志音がそう言うと、知恵は困ったように笑った。そして、「学費が鬼のように高いんだ、あそこ」と続けた。
もうその一言で全てを察した。きっと彼女は中学時代に資料を取り寄せたのだろう。学費を人一倍気にしていそうな彼女のことだ。通える範囲にある学校であれば、検討していない方が不自然ともいえる。
「確か、高度情報技術科って名前じゃなくてデバッグ科って名前だったぞ」
「へぇ。まぁ、学校によってまちまちだしな、その辺」
「知恵がこの学校に来てくれて良かった。本当に。もうこれは運命としか言えない。こんな強靭な赤い糸で結ばれていただなんて」
「菜華うるさい」
本当にうるさい。一歩間違えば知恵が別の学校に行っていたかもしれないということを知った菜華は、目を潤ませながら知恵の手を取り、何度も頷いていた。歩きにくそう。赤い糸なんかよりも、アンタの握力のほうがよっぽど強靭だよ。
校舎に入って上履きに履き替えようとしたところで、知恵が「お前らはここで待っててくれ」と言って、菜華と二人で教室へと向かった。わざわざ教室まで行くのは面倒だから異論はないんだけど、二人して私のことを犬扱いしてる感じがする。
「あいつ……私を犬みたいに……」
「あたしも同じ扱い受けてるから安心しろ」
「アンタは犬でしょ」
「そうか?」
「うん。エクセルの演習室出るとき、待ってるの見て「やっぱり待ってた」って思ったし」
それを聞いた志音は賢い犬ってことだな、と言って笑った。
犬扱いされることをこんなに喜ぶ、いや、悦ぶなんて……。
「あの、ご褒美に足、踏もうか?」
「唐突な動物虐待やめろ」
私は志音の趣味に合わせてご褒美をあげようとしただけなのに……ひどい……。
最近は夕暮れが早くなった。その証拠にちょっと居残りして怒られたくらいで、空が赤く染まっている。私はぼんやりと茜色の空を見つめた。
「……お前、急に物思いに耽ってるような素振り見せてるけど、あたしの足踏んでるぞ」
「うん。念のため」
「どういう意味だよ……」
やめろとは言われたけど、やめるとは言っていない。私は空を見上げながら、志音の足をそっと踏んでいた。
「おーい! またせたな!」
「ううん。もういいの?」
「うん」
背後から知恵に話しかけられて、私は咄嗟に志音の足を踏むのをやめた。知恵は気付いていなかったようだけど、目ざとい変人には通用しなかったようだ。彼女は靴を履き替えながら言った。
「……今、志音の足を踏んでた?」
「……まぁ。うん」
「……なぜ?」
「えっと、なんとなく……?」
「お前なんとなくで足踏まれてんのかよ、やべぇな」
「うるせぇ、はっきりと意志持って調教されてるお前に言われたくない」
「はぁ!? ……はぁ!? ちげーし!」
志音ナイス。
私達の謎の営みに言及されると息苦しいので、ここは知恵に犠牲になってもらおう。私は一番乗りで校舎から出ると振り返った。
「知恵はどんな風に足を踏まれるのが好きなの?」
「足踏まれることが好きな前提で訊くんじゃねー!」
「夢幻、それは知恵に失礼。知恵が踏まれて嬉しいのは足じゃなくてせ」
「おいマジでやめろ!!」
知恵は菜華の脇腹をかなり強めに叩いて、強制的に黙らせた。私と志音は、菜華が言おうとしたことを考えながら視線を交錯させる。
ねぇ、”せ”から始まる体の部位ってなんだと思う? 私ね、背中しか思い付かないんだけど。あと、大穴でせせり。もし知恵が鶏ならせせりも有り。でも多分、人間なんだよね。
安易に触れちゃいけない話題だったことを悟った私は、今のやり取りのことを忘れたかのように、演習の話へと戻した。
「合同演習って、何をするんだと思う?」
「……さぁ。大勢じゃなきゃできない何か?」
「それもあるだろうが、単純に素性の知れないデバッカーとの作戦ってのが一つの目的だと思うぞ」
志音が言うと、なんだか説得力がある。一番プロのデバッカーのことをよく知ってるのはこいつだろうし。
「じゃあ内容的には普通のダイブなのかな」
「あたしらはちゃんとペアで配属されるか、それだけが気がかりだな」
「知恵、いいことを言った。その通り。二人でいることが大事」
「あたしが言ってんのは、二人で居た方がアームズを使いやすいだろってことだよ」
知恵達は噛み合っているのか噛み合っていないのか分からない会話を続けた。知恵が何を言っても「うんうん、分かってる。照れなくていい」という表情を浮かべる菜華に畏怖しつつ、会話が脱線しないように柵を設けた。
「わざわざ合同演習にするくらいだし、他校の生徒と組まされる確率は高いと思うけど」
「あたしも。今日の実習だって、もしかするとそれを想定しているかもしれないしな」
「つまり?」
「他校ってのが、あたしらと同じデバッカーの科とは限らないってことだ」
「あぁ……」
否定しきれない、可能性として十分考えられる。今日の実習の真の狙いは先生達には分からないことだけど、学校の方針として効率厨なところが結構あるし。
いつの間にか声が遠くなっていた知恵達に気付いて振り返ると、菜華がうんうんと友達の愚痴に耳を傾けるような穏やかな表情を浮かべて、知恵の腰を抱いているところだった。あのペアと関わることになる顔も知らない他校の生徒にこっそり同情しつつ、私は視線を進行方向へと戻した。
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